ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  暗黒魚類 作者:雨宮雨彦
 この夜は遅くまで起きて、正子はラジオに耳を傾けていましたが、真夜中ごろ新しいニュースが入りました。なんとあの魚たちがダム湖からすべて姿を消してしまったというのです。ついさっきまでは何匹もいて、浅くなってしまったダム湖の水面をまるで煮えたぎるナベのように波立たせていたのですが、気がつくと静かになり、波も魚たちの影ももうすっかり見えないのでした。警察官や自衛隊員たちもあっけにとられていたに違いありません。サーチライトを動かし続けたのですが、何も見つけることはできませんでした。

 真相が明らかになったのは日が高く昇り、ダム湖の水がさらに減ってからのことでした。もう湖底の泥の上を人が歩けるほどになっていたのですが、その泥の中央に大きな穴が開いているのが発見されたのです。それこそ汽車のトンネルほどのサイズがあり、泥の中央に、まるであくびをする巨人のように大きく口を開いていました。穴の内部にはまだ水が残っているのですが、にごっているせいで見通すことはまったくできませんでした。でも、この中をあの魚たちが通っていったのは明らかではありませんか。この穴は地底湖につながっていて、そもそも魚たちはこの穴を通ってダム湖へとやってきていたのでしょう。

 このニュースを聞き、新三郎はあきれた声で言ったものでした。「なんのことはない。やつらは地の底からやってきて、食事をして腹がいっぱいになったからまた帰っていった、というだけのことでさあね」

 まったくその通りなので、正子は何も言う気になりませんでした。

 でも地底アユたちは、その後も地底でおとなしくしていてくれるつもりはないようでした。まだまだ被害が続いたのです。付近の河や湖だけでなく、40キロ以上離れた海岸にまで地底アユが姿を現したのには、誰もがひどく驚きました。淡水だけでなく、海水にも適応できることが証明されたわけです。さらに驚くべきは、地底アユのいる洞窟はまるで都会の地下鉄線路のようにして、あちこちの水系とつながっているということです。人間が知らないだけで、あらゆる河や湖の底にはチクワのように大きな穴がぽこぽこと口を開け、トンネルが縦横無尽につながっているのに違いありません。そうとでも考えないと、地底アユたちがまるで忍者のようにあちこちに出没できる理由が説明できません。

 でもここで、地底アユたちがもたらした被害について詳しくお話しするのはやめておきましょう。ただ一ついえるのは、正子にとって少しばかり心が安らいだのは、花火大会の夜以降、一人の犠牲者も出ていないということでした。地底アユたちは養殖場を襲い、ハマチやタイを根こそぎにするようになったのです。人間よりもそういった魚たちのほうが味がよく、襲うのも容易だと考えるようになったのかもしれません。

 驚くべきことは、川や湖からも遠い場所にあったマスの養殖池までが同じように襲われたことで、数百メートルの距離なら地底アユたちは土の上をはって歩くことができたのです。彼らが通ったあとは地面が掘り返され、まるで大型のトラクターが走ったかのような眺めでした。

 正子だけでなくお父さんも相当悩み、警察に真相を話してしまおうかという気持ちになり、そのたびに下田先生からとめられるということを繰り返していました。

「あんたたち一家に責任があるとは私は思わないし」と下田先生は言ったものでした。「もし何がしかの責任があったとしても、もう何百年も昔のことだ。とっくに時効になっているよ」

 その後、下田先生は東京へ帰っていきましたが、絶えず連絡は取っていました。その間も地底アユによる被害はポツポツと出ていたのですが、その神出鬼没ぶりには警察も自衛隊も手を焼いていたのです。でもとうとう、地底アユにも最後の日がやってきたようでした。

 だけど正確には警察や自衛隊が退治したのではなく、地底アユたちが勝手に死んでしまったというべきかもしれません。ある川の河口に近いあたりでしたが、ある日おなかを上に向け、プカプカと浮いている姿が発見されたのです。おそるおそるボートがこぎ寄せられましたが、みな完全に死んでいて、足でけろうがオールでつつこうが、ピクリともしませんでした。すぐに数がかぞえられ、20匹いることが確認されました。

 これまでの事件を目撃した人々の証言から、地底アユは全部で20匹存在するのだということがわかっていました。ということは、あまりにあっけない幕切れですが、巨大な地底アユたちはこれですべて死んでしまったということになります。

 もちろん新聞はこのニュースを大きく取り上げ、日本中がほっと安心することになりました。怪物たちはみな死んでしまったのです。

 でも正子やお父さんたちはまだ安心できませんでした。氷室の下のあの地底湖で、あの20匹とは別のもっと小さい地底アユたちを見ていたからです。20匹が死んでも、小さい地底アユたちがいずれ大きく成長して、また同じ災害を引き起こすかもしれないではありませんか。

 死体で見つかった20匹はもちろん引き上げられ、解剖用メスの代わりに大きな包丁を手にした学者たちの手で解剖が行われましたが、暑い季節で腐敗が進んでいたこともあって、死因はよくわかりませんでした。病気を持っていたようにも毒物を食べたようにも、何かの敵に襲われたようにも見えなかったのです。それでも怪物が死んだことは確かでしたから、死因が何であれ、それで十分ではないかというのが日本中の人々の気持ちだったようです。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。