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  暗黒魚類 作者:雨宮雨彦
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 地底アユの一件は、これで落着したようでした。でもなぜか下田先生は口が重く、洞窟の中で起こったことをきちんと話してくれないことが正子は不満でした。正子自身は、弾丸とピストルを見つけた後のことはまるでカスミがかかったようにぼんやりとし、なぜかほとんど思い出すことができなかったのです。

 正子も、努力して思い出そうとはしたのです。でもだめでした。そのことでいささかすねた気持ちになり、口をとがらせたりもしたのですが、この件については自分よりも下田先生のほうがもっと頭を悩ませ、納得できないでいるに違いないということには彼女も思い至らなかったようです。その後も下田先生は考え続けました。あのとき自分の隣にいてピストルを使い、地底アユを一撃で倒してしまったのは一体誰だったのでしょう。

 下へ向けた懐中電灯の光の中に浮かび上がったのは、気を失っていたとはいえ確かに正子でした。では正子がピストルを使ったのでしょうか。しかしそれはありそうもないことです。ただの中学生にすぎない女の子が知っているはずのないことばかりだからです。弾そうを引き抜いて弾丸を込め、遊底を動かして弾丸を薬室へと移動させるのです。それだけでなく、正しく狙いをつけて引き金を引かなくてはなりません。一見簡単そうに見えますが、訓練を受けた身でないと実際には不可能なことでしょう。しかも普通の場合ではなく、あのように緊迫した状況だったのです。

 地底アユの死を見届け、軽く頬をたたいて正子の目を覚まさせ、下田先生はハシゴを昇って地上へと出ることができました。正子も元気でした。日が暮れる前には家へと送り届けることができたのです。その日、下田先生は正子の家に宿泊し、夜遅くまでお父さんと話し込んでいました。でももう困難は過去のものとなったのです。お父さんの表情に浮かぶ安堵の色を見て、正子もほっとし、下田先生とともに地下でおこなったことを少しばかり誇らしくさえ感じられるようになりました。

 もう翌日には正子が住む町を離れ、下田先生は東京へと帰っていったのですが、町を出る直前、羽田家の墓所をこっそりと訪れたことを下田先生は誰にも話しませんでした。墓石に名など刻まれてはいませんが、幼なじみである戦友がここに葬られていることをすでに聞かされていたからです。

 8月の終わりですがまだ暑く、丘の上にある墓所には太陽の光が強く降りそそいでいます。木々にはセミたちがとまり、遠慮なく鳴き声を上げています。気候の暖かいこのあたりでは、もちろん東京とはセミの種類が異なっているということに下田先生は気がついていました。下田先生もふるさとはこの町であり、ここで生まれて育ったのです。戦後、成人してからは東京へと出ていったのですが。

 羽田和夫が葬られている墓石に下田先生は軽く手をつき、もたれかかりました。このあたりも子供時代の遊び場であり、よく二人でセミやカブトムシを捕まえたものでした。

 何分間かじっと体を動かすことさえしませんでしたが、額の汗をふいて墓石に背中を向け、下田先生は歩き始めることができました。彼の心は穏やかで、もう悩みも当惑も感じられませんでした。もちろん下田先生は自分を科学者であると考えていたし、実際もう何年間も地質学者として働いてきたのです。でも今回の出来事を眺め、思いをめぐらせることに不安を感じることはありませんでした。科学者としてもちろん幽霊など信じてはいないし、これからも信じることはないでしょう。だけど、あの洞窟の中で自分は古い友人に出会ったのだと、この瞬間の下田先生は納得できていたのです。
(終)
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