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シリウス(ワンピース二次)
作者:久☆蘭
要するに、帆船が反転する行動そのものを書きたかったのだということです。専門用語、一杯ですが飛ばして読んでも一向にかまいません。ようするに、このたしぎは、帆船の真ん中の一番高いマストのてっぺんに立っている、という事です。
 シリウスの光が、船上を照らしていた。
 船は、星の示す航路をひたすら追いかけていく。
 たとえば、故郷に残してきた恋人が待ちわびる場所へ、ひたすら急ぐように。
 南風を受けやすいように、ヤードを少し回転させる。
 満天の星空の海に、フォア、メイン、ミズン、スパンカー。
 全てのマストに帆が広げられ、
 月の光を受けて青白く輝いて見える。
 そして、月の光にきらめく海上を滑るように、さらに加速していく。

「……それで、今、速度はどれくらいなんだ」
 低く、そしてどことなく甘さを含んだ声だった。
「は、はい。現在、当艦は、平均速度10.2ノットで航行しています」
 いきなりの質問に、たまたま近くで作業していた女子訓練生は、ちょっとどぎまぎしながら答えた。
「これから、角岬を目標として航海し、そのあとバル=バラッソに向かう予定です」
「夜間航海で10.2ノットか。
 さすが、キング・オブ・イーストブルーの名を持つ船だ。速いな」
「当艦は夜が明け次第、天候さえ良ければ、帆をフルに展帆します。
 最高船速13ノットが出ればいいのですが」
 少佐の記章をつけた男からは、染みついた煙草の匂いがした。
「たしぎ君だったね。第三班の班長さんか。
 訓練航海はどんなもんだね」
「はい。今のところは順調です」
 無難な返答だった。
「何が、順調なのかな。航海か?それとも、キミの単位取得がか?」
 すべて無難にこなせれば、それでいい。
 そんな優等生的な考えを見透かした、意地悪な質問。
「スモーカー。なに新兵いじめしてんの。
 士官学校の航海実習生なんて、そんなもんだわ。
 たしぎ候補生、こういう意地悪な上官もいるから、当たり障りのない答えではなくて、ある程度明確な意図を表明する
練習をしておくことね。
 将来、士官となって、部下を指揮する立場にあるものは、部下が迷ってしまうような、中途半端な言動はよくないわ」
「はっ。ヒナ艦長。ご指導、有り難うございます」
「ミズンマストの天辺に立つ資格を持つ優等生が、そんな事では困るわよ。
 スモーカー、ヒナ、寒いからコーヒーが飲みたくってよ。つきあいなさい」
 いくら天候が良い航海とはいえ、10ノットを超えるレース中の船上で、艦長の10センチのピンヒールは僅かにもよろける
気配がない。
 たしぎは、その事に多少尊敬の念を抱いて、二人の背中を見送ると、自分の仕事に戻った。

 コツコツコツ。
 ヒナ少佐のヒールの音が、居住区に降りる階段に響く。
「なんで、あなたが航海実習なんかについてきたの?
 青田刈りのつもり?」
「いや、ただの物見遊山なんだがね。海軍本部から正式な配属辞令が降りるまで、何もしないのもアレだろう。
 たまたま今回、おまえさんがこの船の艦長代理を拝命したって聞いたんで、オレも一応、昔航海実習したし、その、あれだ。ま、ノスタルジーというやつだ」
「さっき、たしぎちゃんにしてあげた忠告、あれ、あなたにもそのまましてあげる」
 スモーカー少佐は、ウォーマーに置かれたポットから二つのカップにコーヒーを注ぎ、先に席についていた艦長の前に置いた。
「ところで、ミズンマストの天辺に立つ、って、怖くないか?」
「馴れたら、そうでもなくってよ。でも、最初のうちは、足がすくむわね。
でも、舳先のヤードの先端に立つほどではないわ」
「オレは、メインマストの下から2番目だったからな。
 女はとにかく、テストの点数だけは良いから、どうしても上の方にいくな。
 それにしても、たしぎって奴、けっこうな度胸じゃないか。
 スタートの時の登檣礼の時も、あんなところに立って、堂々としていた」
 士官学校対抗のヨットレースの開会式。
 全員がマストに昇り、帆を張るヤードに等間隔に並んで、手放しで直立し、敬礼する。
それを登檣礼(とうしょうれい)といい、帆船にとっては、最上級の敬礼である。
 スモーカーは、剃刀で葉巻の口を切った。
「あれ、ズルしてるわ」
「え?」
「あの子、かなり目が悪いはずよ。だから、マストの天辺にいても、高さが判らないのよ。
 多分、規定の視力に達していないわね」
「視力検査があっただろう」
「海軍が採用している視力検査表のパターンは3つ。
 優等生なら、簡単に暗記してしまうわね。
 でも、従来、本部の高級将校の推薦があれば、多少の瑕疵には目をつぶってきたのだから、推薦学生でなくても、一度入ってしまったら、本人の資質と志が優れていれば大した問題ではないわ。
 教官たちの間では、とっくに周知の事なんだけれども、根が真面目なお嬢さんだから、眼鏡が必要な事がバレると退学させられるとでも思っているんでしょうね。
とにかく、勉強熱心だし、黒板に書いたことも、あらかじめの予習で頭に入っているものだから、当てられてもすらすらと答えてしまって、視力が悪いという事を感じさせないの。
 それで、本当のところを告白させようと思って、職員しかやらないワッチ(見張り)当直を、優等生だからっていう理由で、彼女
にも割り振ってみたんだけど、しっぽ見せない。
 でも、いつまでも眼鏡無しでは、このまま仕事を続けていく事はできないし、海技免許の取得は怪しいわね。
 あれは検査表によらない検査だから」
 艦長は、マニキュアの剥がれを点検するように、自分の指を触りながら云った。
「そうだ。免許といえば、スモーカー。昇進試験のときの補講テキスト、返して」
「え?返しただろう」
 スモーカーはゆっくりと煙を吐き出しながら云った。
「ヒナ、受け取っていないわ」
「え? あ……試験場に忘れてきたか」

 ワッチ(見張り)の時間になり、たしぎはマストの見張り台に立った。
 まだ暗い海だから、眼鏡をかけても大丈夫。
 胸ポケットから、そっと眼鏡を取りだした。
 見下ろせば、左舷に赤い灯火、右舷に緑の灯火。
 船の姿勢を示す重要な光だ。
 洋上を見晴らせば、他に灯火はない。
 この船に追いつく速度の艦船は、他にはやはり無いのだろう。
 キング・オブ・イーストブルー。
 イーストブルー最速のフリゲート艦にして、士官学校の象徴たる練習船。
 あこがれの海軍士官学校に入る事はできた。
 なんとか、首席のあたりの一団にとりついている。
 でも、本当に求める道は、洋上にあるのだろうか?
 何を求めて海軍に入ったのだろう。
 たしぎは記憶を呼び起こした。
 そう、強い奴を捜して来た。
 剣の道を一応究め、近隣に、相手になる強い奴がいなかった。
 もしや海軍には居るのではないかと思った。
 気が付けば、当たり障りのない成績で卒業して、
 そこそこの地位の役職につけばいいと思っている自分がいた。
 明快な意志と、ヒナ少佐は云った。
 明快な意志を忘れていた自分が居た。
 水平線が大きな弧を描き、空がほんのりと紅を帯びる。
 このまま、航海士官の道を歩むべきなのだろうか。
 航海士官。士官学校出身者には、もっともスタンダードなエリートコース。
 航海士官を経て、順調に海上での資格を上げていき、最終的に海軍提督となる事。
 それが士官学校生の夢。

 でも、と、たしぎはつぶやいた。
 風に、唇が震えた。
 十字架の形に、空の星を辿った。
 月は西に傾いていたが、まだ空から船を照らしていた。
 ふと、下を見た。
 マストの高さに、ふと恐怖を覚え、足がすくむ。
 たしぎは視線を外した。

 完全に夜が明け切らぬ頃、たしぎはマストから降りてきた。
 士官と、数名の候補生が整列していた。
 ヒナ艦長は、彼らの前に立った。
 「さきほど、この海域にあるバリンガー島の漁村が海賊の襲撃にあっているとの緊急連絡が、海軍支部より入った。
 至近の海軍艦隊が到着するまで六時間を要しますが、当艦が全速で帆走すれば、二時間ほどで到着できる位置にある。
 したがって、一時的にレースより離脱し、ウェアリングにて艦を反転後、バリンガー島に向かう。
 総員、戦闘態勢を整えながら待機、候補生第一班はウェアリング要員として配置に就くこと。
 当艦は実習船であり、戦闘艦ではない。
 候補生諸君は、住民の負傷者の救助を最優先に行動すること。
 あくまで、後続する艦隊が到着するまで、住民の救助と、海賊からの保護を目的とする。
 避けられる戦闘は回避せよ。
 また、候補生のなかで、白兵戦に参加できる技量の者がいれば申し出なさい。
 スモーカー少佐の指揮下に入ってもらう」
 艦長の指示は、艦内放送を通じて、全艦に伝えられた。
「第一班、集合」
 候補生の一団が甲板に整列した。
「ただ今より、当艦は、ウェアリングにて反転行動を行う。
 解散命令後、各員配置につけ」
 操帆教官が声を張り上げる。
「解散」
 一同は駆け足で配置に急ぐ。
「スパンカーマスト、配置良し」
「スパンカーセイル、畳帆用意」
「スパンカーセイル、畳帆開始」
 最後尾のマストに掛かる縦帆のロープが外され、するすると下ろされる。
「ミズンマスト、配置良し」
 
 白兵戦……
 慌ただしく人が往来するデッキの中ほどで、たしぎの頭は白くなった。
 人を……斬る。
 軍に所属するという事は、そういう事である。
 鍛えるだけを目的とした武術ではない。
 守り、そして、攻めるための武術。
 相手は、防具をつけたライバルではない。
 自ら申し出るべきか否か……。
 理性では、ここで少しでも軍功を稼いでいたほうが良いとはわかっている。
 でも……。
「たしぎ候補生、ぼやっとしない」
 艦長が立っていた。
「スパンカーセイル、畳帆完了しました」
「ミズンヤード、引き込み用意。
 一航士、ミズンヤードの回転にあわせて、面舵12度、用意」
 艦長は、たしぎの側に立ったまま指示を飛ばした。
「ミズンヤード、引き込み用意」
 繰帆教官が復唱する。
「あなた、剣術師範の資格をもっているわね。選択武術でも、剣術の成績はとても優秀。
 今日はスモーカー少佐の指揮下にはいりなさい」
「でも、実戦の訓練は受けてません」
「ミズンヤードを旋回」
「ミズンヤード、旋回開始」
 たしぎの頭ごしに、船の反転作業は慌ただしく進行する。
「あなたの仕事は何?
 海軍士官候補生は、何のために存在するの?
 あなたは、海軍旗に正義のために命を預けたのではなかったの?
 今が、正義のために命をかける時ではないの?」
 艦長は操舵席を向いた。
「一航士、面舵切れ」
 たしぎに背を向けた艦長の背中の、将校服に刺繍された「正義」の文字がたしぎにせまってきた。

『わたしは……、何?
 正しい心の強さを信じて来たはずなのに、何を迷うの?』
たしぎは、旋回行動により、大きく揺れる船上を、自室に向かい駆けだした。

「ミズンヤード旋回行動完了。
 続いて、メインマスト旋回の配置につけ」
「メインヤード、フォアヤード旋回用意」

 たとえば、この戦いで自分が死ぬ事になったとしても、そして、海の泡のように、その存在さえ忘れられる事に成ったとしても、迷いと、躊躇と、慢心と、そんなつまらない心の垢に埋もれてしまい、海路を漂う亡霊のように中途半端で、万事無難に過ぎれば良しなんていう士官になるよりはずっといい。
 たしぎは心を決めて、走り出した。
 船室に急ぐ。

「たしぎ、俺についてこい」
 刀を携えて自室から飛び出てきた彼女に、スモーカーはすれ違いざまに命令した。
「これば演習ではない。眼鏡を忘れるな」
「はい!!」
 きっぱりとした声だった。

 月明かりの下で見た、足下の高さ。
 恐怖を感じたのは、不安定な心ゆえの事なのか。

「スパンカーセイル、展帆!!」

 デッキに戻ると、順風に帆がふくらみ、船は求める先へ急ぐ。
 たしぎは、制服の裾で眼鏡を拭いた。
 
これは某巨大掲示板の該当スレに掲載したものを、作者自身がこちらに転載致しました。
スレ自体は流れておりますが、念のため、あとがきに加えておきます。
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