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オールダンニュー・グレートウォー 作者:屋鳥 吾更

第1章 自在剣篇

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11.鐵人形と踊れ

 2021年8月14日土曜日。神奈川県川崎市、『エコービル』B5F――訓練施設。
 午後13時25分。

 バジルは昼食を終え、なぜかHarderに休憩を命じられたので、今は芝生の上で仰向けに寝転がっている。食後すぐに横になると太りやすい――そんなものは迷信だと言わんばかりの、実に見事な大の字だ。
 そして彼のすぐ横では、謎の半透明の瓶をひたすら積み上げる少女型ロボット。

「さっきから積んでるソレって……」

「ああ、これぇ? あと5分たったらわかるよー」

 ――彼女がそう言ったので、バジルは徒に芝生を転げ回る。
 5分経過するまでただ、ゴロゴロ―ゴロゴロ――ゴロゴロ――ゴロゴロ――ゴロゴロ。

「よしっ、(13時)30分になったなぁ。ジルくん、採血するよぉ?」

「さ、採血ですか……」

「何、さっきもしたじゃんよー? それにボクも、だいぶ慣れてるし」

 採血という言葉にかなりの警戒を見せるバジルに対して、再び背部から変なもの――白いナース帽らしきものを取り出して頭に乗せたHarderは、自信に満ち満ちている。
 彼女の物言いから、何度か採血をした経験があると思われる。だが、もしそんな事実があったとしても、バジルの不安を取り除くことは到底叶わなかった。

「だ、大体、法律に係るんじゃないのか⁉」

「だいじょぶだって。ほら、ナースなボクに身を委ねなよぉ?」

「いやっ! 『ナースな』って言葉がもうヤブ医者臭するよぅ⁉」

 必死に抵抗するバジルだったが、もはや言い訳すらしなくなった機巧少女に両腕を拘束されてしまい、結局は逃避手段を絶たれてしまう。

 ついに逃れられないと悟り、バジルは座り込んで素直に右腕を差し出した。少女は、自身の強固な膝を台座に見立て、その上にか細く真っ白い右腕を乗せてやる。

「それじゃあ、始めるよぉー」

 少女は本物の医師のごとき手早い動きで、二の腕にゴム紐を巻き血管を浮かせると、ヒジの部分にすっと注射針を差し込んだ。彼女の一挙一動には迷いが全く垣間見えず、また先ほどの注射に至っては、バジルが一切の痛みを感じないほど器用にやってのけた。
 機巧少女の仕事にたいへん感心したバジルは、恍惚の表情で、

「なんだか、Harderが美少女ナースに見えてきたよ……」

「そうかい。褒めてるのかわかんないけど、まぁ何よりだね」

 その言葉だけで顔色の変化は全くうかがえないが、なんとなく照れているようにも見える、白く形の整った少女の顔。見た目が完全にロボットなのだが、微かに感じた歓喜の雰囲気に、バジルは自慢げな表情で鼻を鳴らした。

「ちなみに聞くけど、俺の血液は一体何に使うの?」

「そうだねぇ……ボク個人としてはまだ、ジルくんに教えたくないんだけど。取りあえず、今教えられることは、君の血液が同志への輸血に使用されることくらいかなぁ」

 バジルの陳腐な質問に対するHarderの回答は、綺麗な部分を全て省いたような、とにかく淡泊なものだった。しかし彼女が言わないのならまだ自分には必要ない、そう自分に言い聞かせて、バジルはそれ以上の言及をしない。

「――よし、これでいいよぉ。お疲れさん」

「俺こそ、痛くないようにして貰って、ありがとう」

 二人は穏やかな調子で言葉を交える。
 すると急に少女は立ち上がり、なぜかロボットのくせに柔軟体操を始めた。

「……その調子だと、訓練はまだある、みたいな?」

「一応、ボクは作戦部の準エースだしぃ、当然だよねーっ」

「……はあ」

 大きく嘆息すると、訓練はすぐに始まった。

          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ボクはね、擬態・創造兵器――通称『クリエイター』の訓練教官を、今年で2年任されているのだよ。この兵器は、自然現象の一部を兵器の部品につくり変えて利用できることが最大の特長でね。それは風だったり土だったり……とにかく自然環境からの恩恵で作動する仕組みになっているんだよぉ」

「へえ、やはり純地球生まれは伊達じゃないのか」

「特にボクがお勧めするのはぁ……この『Collage₋Knife(コラージュ・ナイフ)』だーっ!」

 少女が背部から取り出してバジルに向かって突き出したのは、一見なんの変哲もないように見える細長い柄だった。本体の色は地味めなグレーで、形状は包丁の柄と酷似している。

 Harderの説明によると――ナイフの柄の穴が開いたほうを上にして握り、風や土砂、水、植物の蔓などへ向けたのち、柄の側面を2度擦る。その決められた動作によって、自然の恵みが剣柄の延長へと変えられ、非常に高い切れ味を誇る強靭な刃に再構成されるのだ。

「……といってもぉ、ゲームみたいな属性があるわけじゃなくってね。どの恩恵で刀身を創ろうが、誕生した刃が持っている特性に差異はないよ。違うのは目視で確認できるか、確認できないか――それぐらいかなぁ」

 ひととおりの説明を終えた少女は、バジルに使い方を見せるため、右方向に向かって勢いよく腕を振った。するとロボットアームの延長線上にある剣柄に、半透明の気体が徐々に集合していき――数秒後、柄の先には何も見えなくなった。
 彼女が言うには、ナイフの刀身が完全に形成されると、溢れた成分は乖離する。そのため、風で形づくられた刀身は完成すると目視で確認ができなくなるらしい。

「うーん……実演にも実戦にも、風は向いてなさそうだな」

「そう思うんならぁ、足元の芝を使いなよー。どうせ植え替えるしぃ」

 少女の指示を受けて、バジルは彼女から渡されたグレーの柄を右手で握り直すと、眼下で生い茂る芝生の中に思い切り突っ込んだ。
 そして先ほどの操作説明を思い出し、親指で柄の側面を2度素早く擦る。――すると静かな駆動音が鳴り始め、周囲の物体を吸収するような勢いで芝を取り込んでいく。

「お、おぉ……なんか、めっちゃ気持ちいいんだけど!」

 ひどく稚拙な歓声に応えるよう、バジルの右手の柄には薄緑色の刀身が宿っていた。
 若い緑の中に、先ほど散布した赤黒い血液も混在する刃は、全ての素材を型にはめて整形したようにたいへん美しく綺麗な造形をしている。

「そんじゃあいっちょ、ボクと殺陣をしようじゃないか。戦闘訓練も兼ねてね」

「あっ、ああ……よし、手合わせ願おうっ!」

 意気軒昂に少女の誘いを受けたバジル。清涼感溢れる笑顔のバジルだが、その額と両頬には不自然な量の汗が滲んでいる。恐らく冷や汗だろうが、決して拭い取らなかった。

 広大な芝生の中央に、一定間隔を空けて佇む少年と少女型ロボット。二人とも見た目が同じ細長い柄を利き手のほうに携行し、それぞれが一歩ずつ中心に近寄っていく。

「そんじゃあ、ボクはオーソドックスに」と呟いて、少女は右手の柄に風の刃を宿す。対する少年は、薄緑と濃い紅の刀身を眼前の少女に向けて、深く前傾姿勢をとる。
 そして次の瞬間、クラウチングスタートの要領で前方に走り出した。

「おるぁっ――!」

 力強いかけ声と共に右斜め上から刀身を振り下ろすが、踏み込みが甘かったせいか、俊敏な足さばきで後退した機巧少女には届かなかった。空虚には刀身から飛散した黒い雫が、剣戟の軌跡として残っている。
 最初の一撃を避けられた少年は若干体勢を崩してしまうが、前に出した左脚で地面を思いきり踏みしめて、上体を約80度右へ旋回させる。

 そこから繰り出される、続けざまの第二撃。
 右肩甲骨を一瞬だけ見せた少年は、胴体と一緒に右旋回させた右腕を巻き戻し、機巧少女に向かってバックハンドによる剣戟を見舞った。

「――へえぇ、ド素人のわりに良くやるもんだ」

「今まではHarderより二回りも大きい猛獣を相手にしていたからなっ」

 少年の渾身の斬撃は、鋭い音と共に透明の刃で受け止められてしまったが――少女は面食らったように驚いた顔で、少年の素人離れした立ち回りに感心している。
 しかし現状、刀身を擦り合わせるだけの力任せな状態が、徒に続いていた。
 恐らく機巧少女は、少年への情けで次のアクションを待ってやっているのだろうが、勿論彼女には一部の隙も見受けられない。
 一度少年はバックステップからの追撃を狙ったのだが、あまりに陳腐な攻撃ゆえ、機巧少女にすぐ気付かれてしまうだろう。そのため即却下した。

 少年は何度も脳内で、クリエイター兵器の特性を反芻していた。きっとそこに突破口があるはずだと信じてやまない、素直な彼が今唯一できる作戦だった。

「一度でも連撃が成功しただけ、ジョーデキだと思うけどねぇ……」

 少年と剣を交えるほうの腕は激しく震えているが、機巧少女は余裕綽々たる甘い声音でそう呟く。
 本日が初めての戦闘(訓練)なのにも関わらず、大凡の基礎的な戦術を使いこなせていた少年。彼を称賛したい気持ちもありながら、やはり実際の戦場に立たせるのははばかられる。そんな複雑な心境で、機巧少女は逡巡する少年に鎌をかける。

「ボクは駄々甘だから指摘しないけど……ジルくん、戦場で制止するのは自殺行為だよ。早く次のアクションをとらないと、ボクもこれ以上は待てないから……」

「――くそっ……」

 機巧少女の寛容な態度が、少年には屈辱でしかなかった。
 彼女の期待を裏切らず、且つ斬新で自分らしさに満ち溢れたアクション……限界まで自分の脳に負担をかけながらも、少年は一心に思案する。


『そう、これはあくまで訓練だ。基礎的な能力を鍛えるための剣術指南である。
そこで只今、自分が悩んでいることはなんだ? 今は素人だが、自分はずっと素人でいても良い人間では、決してない。自分に要求されているのは、即戦力となり得る戦闘技術を身に着けることであって、実はそうではないのだ。只今の自分に求められているのは――Harderの度肝を抜くような、実に破天荒なアクションである。』


 ――数秒間の長かった黙考に終止符を打ち、バジルは一旦バックステップで後退する。そして自分の左手の掌に、先端が少し欠けた赤緑のナイフを躊躇なく突き刺した。

「――――っ⁉ ……これでいい」

 鬼気迫る表情で一度嘆息すると、バジルは冷静なトーンで、

「なあHarder。ナイフの素材を解体するには、どうしたらいい?」

「え、あぁ……『Dissolve(解散)』と口にすれば、いぃんだけどー……」

 バジルの質問に、機巧少女は戸惑いながらもはっきりと方法を述べる。
 その直後、バジルは少女の言葉に従って『Dissolve』と、俯きながら小さく唱えた。すると瞬く間に緑と紅色の刀身は砕け散って、完全に消滅してしまった。

「生憎、この色が俺の色なんだよな」

 ようやく打開策を見出したのかバジルは感慨深くそう言って、グレーの柄だけで寂しくなったナイフを左手の掌に宛がう。胸の前で水平に構えた左手からは、もはや漆に近い黒色にまで変色したおぞましい血液が、絶え間なく流れ落ちる。

 バジルが柄の側面を親指で優しく撫でると――間もなく、血液の刃は誕生した。

「は、え……いやいや、なんで⁉ 人間の血だなんて、自然の要素皆無じゃないか……」

「でも、できちゃったものは仕方がないだろ。――覚悟しなっ」

 ひどくテンプレ染みた台詞を吐き出して、バジルは機巧少女に飛びかかる。
 心身を驚愕と疑心に支配された彼女は、いまだその場で佇んでいる。しかしバジルの猛進に躊躇は一切見られず、切先を先頭にして芝生を駆け抜けた。

「修理が必要ないレベルで、くたばれーっ!」

「――――⁉」


 ……だが寸でのところで、刀身と化していた血液成分は『Dissolve』の言葉のとおり解散してしまった。
 そのためHarderの胸に押し当てられたのは、生々しい冷気と温さを帯びた柄の先端だ。

「ほ、本当に一本取られたぁ、なんて思ったけど……」

「もう少し、練習が必要ってことね……」

 向かい合った二人は、それぞれ感想と反省を述べて、同時に苦笑いを浮かべた。
 今回のバジルの偉業は、のちのコラージュ・ナイフ研究の糧となるかもしれない……。
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