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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

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94 私達もあそこから

 その頃、アヤはフライングアイを肩に乗せて、エリアREFの通路を急いでいた。
 自分の部屋に戻るために。
 大切な聞き耳頭巾のショール。
 これを取りに帰るために。

 芝生広場での出来事の後、アヤは取り残されてしまった。
 ンドペキとスゥが群集に揉まれながら、回廊を移動していくのが見えていた。
 しかし、アヤは人だまりに取り残されてしまったのだ。
 ンドペキとスゥと行動をともにしなければ。
 そう思うが、動こうにも動けなかった。

 ようやく身動きができるようになって、イコマと合流した。
 フライングアイは別次元への移行はできない。
 どうする。

 アヤはほとんど悩まなかった。
 決めたのだ。
 私の家族はンドペキとスゥなんだと。

 イコマと別れることは辛かったが、それはいずれ訪れること。
 それが今。
「おじさん」
「アヤちゃん」
「お別れね」
「そうだね」
「これまで……」
 後の言葉は続かなかった。

 なにを言えばいいのかわからなかった。
 しかし、涙は見せられなかった。
 スジーウォンが近づいてくるのが見えたから。


 スジーウォンが隊を纏めようとしていた。
 通信は使えない。
 隊員を探して、辺りを走り回っていたのだ。

 アヤは、スジーウォンに断った。フライングアイと共に、建物の奥へ向かうと。
 すなわち、アンドロの次元に移行するつもりだと。
 スジーウォンは止めもしなかったが、後から行くとも言わなかった。
 考えがあるのだろう。
 隊長次席としての。


 政府建物も停電のおかげで、廊下は薄暗い。
 行けどもいけども、何の変化もなかった。
 次元移行のゲートがあるはずなのに。
 相変わらず白い壁と天井が続いているだけ。
 ところどころ、ンドペキ達が破壊した跡が残るばかりで、一向にゲートを通過する気配はなかった。


 もう無駄だ。
 ゲートは閉じたに違いない。
 そう思うと無性に悲しくなった。

「どうすれば……」
「アヤちゃん」
「はい……」
 しかし、イコマからも答は聞けなかった。

 アヤは涙が流れていることを感じた。
 ゴーグルの中でもそれとわかるほど、次から次へと。


 一旦、戻るしかないのか。
 どこへ?
 隊に合流するか。
 でも、ンドペキのいない隊には……。

 少なくとも、見知った人がいる。
 それだけでも心強いとは思う。
 しかし……。


 考えがまとまらなかった。
 なにをすればいいのか、全くわからなかった。
 周囲には、同じように呆然としている多くの市民がいた。
 頭を抱えている者もいれば、泣き叫んでいる者もいる。
 誰も、他人のことなど考えてはいない。
 目を血走らせ、ただただ走り回っている者もいた。

「ここだ!」
 と、叫ぶ声があった。
「避難通路だ! ここから地下へ行けるぞ!」
 人並みがどっと動いた。

 政府建物には多くの避難通路が用意されている。そのことを思い出した。
 辺りの市民にしても、ほっとしたことだろう。
 もうひとつの避難先が目と鼻の先にあることがわかったわけだから。
「おじさん」
「ああ」
 イコマは短く応えただけで、行こうとも、行くなとも言わなかった。


 アヤは迷った。
 地下へ避難するべきか。
 スジーウォンの元へ戻るべきか。
 あるいは、ここでンドペキが戻ってくるのを待つべきか。

 迷いは一瞬。
 アヤは決めた。
「まずは地下へ」
「うん」
「聞き耳頭巾を」
「あっ、そうか」
 あれを手にしてから考えても、遅くはないだろう。
 久しぶりに被ってみるのもいいかもしれない。


 私の宝物。
 もう絶対に手放さないと決めたもの。
 奈津おばあさんの形見の品。

「ううっ」
「どうしたんだい」
「なんだか、泣けてきた」
「いろいろあったからねえ」
「うん。いろいろ……」

 そう、いろいろなことがあった。
 始まりは、あの頭巾を引き継いだ京都の山奥の村での出来事……。
 あの殺人事件から六百年。
「なぜか、思い出してしまって……」
「そうだね……」


 イコマの養女として、半ば押しかけるように大阪へ向かった日のこと。
 失踪したユウお姉さんの行方を捜して、木々の声を聞いて回った夜のこと。
 光の女神となったユウお姉さんに会いに、金沢へ向かったあの日のこと。
 イコマが突然、家に帰ってきた朝のこと。
 そしてマトとなり、六百年が過ぎ、家族であるイコマやユウを忘れ、ついに再会を果たした数ヶ月前のこと。

 おじさんが見せてくれたコンフェッションボックスの情景。
 大阪福島のマンション。
 おじさんの事務所兼住まい。
 窓から見える大阪の景色。
 一緒に食べた晩ご飯。
 クリスマスの夜……。
 誕生日のプレゼント……。
 いつも座っていた椅子……。
 私の家……。


 涙が止まらなかった。
 それでもアヤは、フライングアイを肩に乗せ、
「私達もあそこから」と、言った。
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