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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

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90 役立たずなんだ!

「チョットマ!」
「ンドペキ!」
 まさしくチョットマの声だった。

 スカートを翻し、若草色の髪をなびかせて走ってくるチョットマ。
 よかった。無事で。
 そう思ったのも束の間、チョットマは二十メートルほど手前でピタリと立ち止まった。
 そしてもうひとり、パリサイドがチョットマを守ろうとするかのように、すぐ後ろに立った。

 チョットマ……。
 ンドペキは言葉を呑み込んだ。
 ひどくやつれていた。
 顔色は悪く、こわばった表情。
 充血した目を見開き、唇にも血の気がない。


「チョットマ、無事でよかった」
 ンドペキはそう言ったが、チョットマは突っ立ったまま。
「あ」
 チョットマの手から血が滴り落ちていた。
「怪我を」

 チョットマは何も言わず、思いつめた顔で見つめ返してくるだけ。
「大丈夫か」
 近寄ろうとすると、チョットマはそれを拒むかのように後ずさった。


「どうした……」
 後ずさったチョットマに代わって、前に出てきたパリサイド。
 カイロスの広場でチョットマを守っていたパリサイドだろう。

 どうしたんだ。
 チョットマ……。
 ンドペキの心には、この言葉しかなかった。
 チョットマのこんな態度は初めての経験だった。

 冷たいともいえる乾いた視線を向けてくるだけのチョットマ。
 いったい、どうしたんだ。


 パリサイドが口を開いた。
「チョットマは自分の髪を切ろうとして。ハクシュウの手裏剣で」
「えっ」
「うるさい! ほっといて!」
 チョットマが悲鳴に近い金切り声を上げた。
「私のことは、ほっといて!」

 パリサイドが、「ほっとけないさ」と、肩をすくめた。
「僕は、東部方面攻撃隊隊員。隊長に報告しなくちゃね」
「ええっ」
「うるさい! 黙れ! 私の話が先!」


 パリサイドはまた肩をすくめ、
「というような状況です。スミソです。再生されました。ロア・サントノーレのパリサイドに。この体で」
 パリサイドとして!
 再生!
 ンドペキは仰天したが、あり得ること、とすぐに思い直した。

「なっ、あ、そうか!」
「はい」
「命があって、それは何よりだったじゃないか」
 そんな祝福の言葉がスミソにとって適切だったのかどうかわからなかったが、とっさに出た言葉にスミソは意外にも、
「この体、なかなか扱いに慣れなくて」
 などと言って、笑ったような気がした。


 その短い言葉のやり取りの間も、チョットマは厳しい視線をはずそうとはしない。
 そればかりか、見ていてわかるほど震え始めた。
 そしてまた、金切り声を上げた。
「ンドペキ隊長! 私、この場限りで東部方面攻撃隊を除隊いたします!」
「なんだって!」
 チョットマ!
 待ってくれ!
 話を!


 パリサイドが「まあ、落ち着けよ」と手を広げたが、チョットマの口はもはや止まらなかった。
「私! 隊にいても何もできない! 何の役にも立てない! みんなの足手まといになってるだけ!」
「そんなことあるもんか!」

 私!
 仲間を十人も殺してしまったんだ!
 私が馬鹿なばかりに!
「まあ、それは」
「スミソ! あなたは黙って!」

 ハクシュウ!
 ああ、ハクシュウ……。

 スミソ!
 わかる?
 ンドペキ!
 わかる?
 分かるわけないでしょ!

 ハクシュウは私を守ろうとして殺されたんだ!
 殺されたんだよ!
 ブロンバーグに!

 私!
 目の前にいたのに、何もできなかったんだ!
 私のために戦ってくれているのに!
 私!
 何もできなかった……。

 私みたいな馬鹿のために、ハクシュウは死んだんだ!
 目の前で殺されたんだ!
 ううううっ!
 私、どうしようもない隊員なのに!
 東部方面攻撃隊の恥なのに!

 ハクシュウ!
 どうして!
 うううっ!
 なぜ!
 う、くっ!


 ンドペキは、どうしてチョットマを慰めればよいのかわからなかった。
 ハクシュウが殺された!?
 その意味も理解できなかった。
 プリブとハクシュウとチョットマが街に向かったかつての作戦行動のことを言っているのか、先日のクシの事件のことを言っているのか。

「チョットマ!」
 ンドペキは再びチョットマに近づこうとしたが、チョットマはまた後ずさりしていく。
「来ないで!」
「チョットマ」
「私、除隊します! ううん、追放してください!」
「なに言ってるんだ」
「追放してください!」
「おい、チョットマ」
「それがダメなら、ここで成敗してください! 殺してください!」

 いい加減にしないか!
 ンドペキはそう叫びたかった。
 我慢ができなくなりかけていたし、どうしたらいいのかもわからなかった。


 チョットマ。
 気持ちはよくわかる。
 でも、そんなことを言ってる場合じゃないだろ。
 こんなところまで来て、これから先どうなるかも知れず、避難してきた市民も大勢いる。
 それだけでも絶望的な気分なのに。

「チョットマ。悪いが今は、ゆっくり話している時間がないんだ」
「話なんて、必要ないです! 私!」
 パリサイドが、ゆっくりチョットマを抱き締めた。
 その広い翼に包むように。

 チョットマの体が黒い翼に隠れていく。
 その間にも、チョットマは叫んでいた。

 私!
 なんの役にもたってない!
 この髪の毛だって!
 なにも!
 馬鹿みたい!
 くそ!
 意味ない!
 隊にいたって、私!

 パキトポークも、お前は向こうへ行っとけって!
 役立たずなんだ!
 私!
 やっぱり、みんなの邪魔をするだけなんだ!


 チョットマの体は、パリサイドの腕にすっぽりと隠れてしまった。
 まるでカンガルーの子供ように全身を抱かれて、
 それでもチョットマの声が叫んでいた。

「隊長……」
 パリサイドが、どうしようかという目で見ている。
「スミソ……。よく帰ってきてくれた」
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「よかった、本当に。そうとしか言いようがないな。よかった」

 私なんか!
 と、チョットマがスミソの懐の中でまだ叫んでいた。
「チョットマをしばらく頼むよ」
 ンドペキの言葉にチョットマがまた反応した。


 ンドペキ!
 なによ!
 ンドペキなんか!
 ンドペキなんか、何もわかってないんだから!

 ンドペキなんか!
 嫌い!
 くそ!

 レイチェルにベタベタしてると思ったら、今度はスゥと!
 なによ!
 ンドペキなんか!


 ンドペキは思わず目を閉じた。
 耳を覆いたかった。
 チョットマ!
 もうそれ以上、言うな!

 心が伝わったのか、チョットマはやっとおとなしくなった。
「ンドペキ……。ありがとう……。今までかわいがってくれて……。隊を離れても忘れない……」
 という言葉を最後に、黙り込んでしまった。
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