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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

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89 白い点と黒い点

 ンドペキはスゥを伴って、ヌヌロッチが消えた方向に歩いていった。
 灰色の空間。
 何の目印もない。
 平らな床が延々と広がっているだけ。

 そういえば。
 大昔、京都の山奥で殺人事件に巻き込まれたとき、目印のない笹原を真っ直ぐ歩いていくための方法をユウが話していたな。
 そんなことを思い出したが、口にはしなかった。
 あれはユウとの思い出話であって、スゥとは関係ない。

 振り返ってみれば、群集がかなり小さくなっていた。
 見えなくなれば、どうすればいいのだろう。
 戻れるだろうか。


「あそこ」
 スゥが小声で言った。
「なにかある」
 確かに、前方に黒い小さな影。
「油断するなよ」
「そっちこそ」

 近づいて行っても、それは身動きしなかった。
「岩?」
「こんなところに?」
 灰色の空間にぽつんと置かれた岩?


 さらに近づいていくと、それが岩ではないことはわかった。
 黒と見えた色は、実際は赤黒いものだった。
「溶岩?」
「う-む」
 スゥの描写どおり、それは真っ赤な溶岩の表面が固まりかけているときのようなものだった。
「さっき、地震があったから?」
 表皮は黒く岩肌のようで、中身の赤い溶けた石のようなものが、その割れ目から見えていた。

「……これって」
 スゥが呑み込んだ言葉はンドペキにも同感だった。
 生きている……。
 中身の赤い石が肉塊のように思えたのだ。
 そして明らかに脈動していた。


 恐ろしい考えが浮かんだ。
 これは、ここに偵察に来たパリサイドの成れの果て……。

「ん!」
 スゥが近づいていこうとする。
「大丈夫か」
「なんとなく」
 そして、話しかけてみようとする。
「待て。これ以上近づくのは危険だ」
「ここにいること自体が異常事態。これ以上、危険なことなんてないわよ」
 ユウなら、そう言うだろう。
 二人、よく似ている。
 そう思うと、ンドペキはリラックスしてきた。
「まあ、そういうことだろうな」


「どなたかは存じませんが、アンドロがいるところへどうやったら行けるか、教えてもらえませんか」
 スゥに代わって、話しかけてみた。
 反応などあるはずがないと思っていたが。

 しかし、溶岩の反応に思わず息を呑んだ。
 黒い表皮の間から、赤い中身がすっと出て、手の形を作り、指差してみせたのだ。

「あ、あっ、ありがとうございます」
 スゥがさらに大胆なことを聞いた。
「あの、私はニューキーツに住むマト、スゥといいます。あなたは?」
 しかし、溶岩はこれには応えなかった。
 そしてゆっくりと手を引っ込めてしまった。


 溶岩が指差した方向。
 これから向かおうとしている方向だった。
「ん? 誰か来る」
 まさしくその方向から人影が近づいてくる。

「アンドロか?」
「さあ。でも、きっとそう。救援隊」
 灰色の世界の中から、人影が徐々にはっきりと見えてきた。

「のようだな。あれは、ヌヌロッチじゃないか」
「うん」
 頷いたスゥの声には、さすがに喜びが溢れていた。


 ヌヌロッチは、十人ばかりのアンドロを連れて来ていた。
 ニューキーツ市民のとりあえずの居住エリアを決めたという。
 ここから歩いて三十分ほどかかるというが、全員が移動し終えるには数時間はかかるだろう。
 ヌヌロッチは、傍らの生きている溶岩をちらりと見て、はっきりと嫌な顔をした。

「ンドペキ、この世界での注意事項といいますか、この次元ならではの特殊性について、話しておきたいのですが」
「聞きたいな。でも、それは市民も知っておいていいことか?」
 情報が少なければ少ないほど、市民の不安の元になる。
 できれば、全員がこの世界のルールを知っている方が、今後のためだと思った。

「そうですね。時間の流れ方や、この世界の広がり、立ち入れないエリアなどについては、話せます」
「時間の流れ?」
「あなた方が住んでいた次元、我々はホームディメンジョンと呼んでいますが、とここでは時間の流れが全く異なります。一定でさえありません」
「ふーむ」
「でも、それはまた後ほど。全員にお話します。ただ……」

 ヌヌロッチは困った声を出した。
「きっと最も大切なこと……、これをまだお話できません」
 市民の居住エリアは取り急ぎ決めはしたが、食料や水をはじめとする生きていくための物資供給の目処がまだ立っていないという。


「うーむ」
「それがなかなか難題でして」
 仕方ないことなのだろう。
 なにしろ、何の前触れもなく、三万人もの市民がなだれ込んで来たのだから。

 しかし、この次元には数百万人ものアンドロが住んでいるはず。
 もしかするともっと多いかもしれない。
 それに、人の住む次元の物資は、このアンドロ次元から供給されているのだ。
 すぐにその体制は取られるのではないだろうか。

「実は、今……」とヌヌロッチが説明してくれた内容に、ンドペキは言いようのない不安を覚えた。
 現在ここに、アンドロはわずか数百人しかいないというのだ。
「うーん、どういうことなんだ?」
 口調が思わず強いものになってしまった。

 ヌヌロッチの表情は益々曇り、「話せば長くなります。まずは……」
 そう。
 まずは市民をその居住エリアに案内するのが得策だろう。


 振り返ってみれば、群衆の影がおぼろに見えている。
 特段の変化はないようだ。
 パキトポークは、苛立つ市民を前にして、首を長くして待っていることだろう。
「あ、いや、すまない。これから、いろいろ厄介をかけることになる。よろしく頼む」
 ンドペキはヌヌロッチに頭を下げた。

「それから、言いそびれていましたが、あの長官。広場でカイロスを起動させた」
「ああ」
 タールツーの件だ。
「あれは、アンドロのタールツーではありません」
「ん?」

 なんとなくそんなことだろうと思っていた。
「あれは、キャリーです」
「キャリー?」
「ニューキーツの前長官です」
「えっ」
「以前、仕えていましたので、見間違うことはありません」


 ニューキーツの前長官。
 キャリー。
 そんな名を聞いたような気もするが、もう記憶にないようだった。
 イコマの記憶としては鮮明に残っているが、ンドペキとしてはその記憶にリアリティがなかった。
「うーむ」
「どういうことなんでしょう」

 キャリーが生きているなら、レイチェルはどういうことになるのだろう。
 死亡をもって長官の任期は切れ、他のホメムが次の長官職に就くことになっているはず。
「妙な話だな」
「私にもわけがわかりません。数年前、キャリーは死を覚悟し、私にレイチェルをと……」
 ヌヌロッチはそれ以上は口にしなかったが、正門にレイチェルを迎えに行ったときのことを言っているのだろう。
「キャリーはその後、亡くなられたと聞いていましたが……」

 思わず、溜息が漏れた。
 まあ、いい。
 重要なことではあるまい。
 ここにキャリーがいるなら話は別だが。

 ん?
 まさか、あの群衆の中に!

「さあ。向こうへ行きましょう」
「ああ。まさかいないだろうな。あの中に、キャリーは」
「さっき見ていましたが、いなかったようです。もう一度、よく見て回りますが」
「そうしてくれ」

 前長官がいるなら、指示を仰がねばならないのだろう。
 肩の荷が下りるともいえる。
 しかし、ンドペキはなんとなくうっとおしいという気持ちになった。


「誰か来る」
 スゥが群衆の影を見つめていた。
 確かに。
 二つの点が、こちらに向かってくるようだった。
「早々と捜索隊かな」

 しかし、そうではないようだった。
 隊員ではない。
 武装していないようだ。
 白い点と黒い点が、徐々に近づいてきた。
「ああっ!」
 若草色の髪!
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