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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

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88 追って、ご案内を

「ヌヌロッチ!」
「無事でしたか?」
「ああ」

 レイチェルSPであるアンドロ。
 食料省から治安省に移っている。しかも、長官として。
 レイチェルがこの街に来たときに出迎えたのがヌヌロッチだった、という話は記憶に新しい。
「回廊からずっと探していたんです」
「会えてよかったよ」

 心からそう思った。
 アンドロ達の空間で、最も頼れる人物だろう。

「私もそう思います。ちょっと手遅れ気味ですが」
「ん?」
「タールツーのことです」
「は?」


 ヌヌロッチは落ち着き払っていた。
 しかし、周りの群集の目と耳が気になったのだろう。
 ついて来いという仕草をする。

 三人が移動を始めると、群衆も動き始めた。
「皆さんは、しばらくそのままお待ちください! 追って、ご案内申し上げますので!」
 ヌヌロッチはそう呼ばわって群集を押しとどめ、三人は人の耳の届かないところまで来た。

「君が案内係なのか?」
「いいえ。そんな係りはいませんよ」
 そう言って不敵な笑みを作った。
「ハハ。誰もいなければ、私が案内しましょうかね。でも、どこへ?」
「さあ」
「こんなことになるとは、誰も知りませんでしたのでね。何の準備もしていませんよ」
「そうなのか……」

 この次元の住人アンドロの対応がまずければ、移行してきた市民の暴動が起きるかもしれない。
 しかし、多勢に無勢。
 瞬時に暴動は抑え込まれ、あるいは殺され、せっかく将来に残された「人」という種の存続は危ういものになる。
「しかし、ヌヌロッチ」
「おっしゃりたいことはわかります。でも、まずはタールツーのことを」


 もう関心はそこにはないが、聞くしかないのだろう。
「迂闊でした」
「ん?」
「もっと早く気づくべきでした。何の疑いも持たなかった私が悪いのです」
「なんだ?」
「それを伝えようと貴方を探し回っていたのですが、とうとう見つからなくて」

 そこまで言いかけて、ヌヌロッチの声は遮断された。
「ンドペキ! 見つけたぞ!」
 野太い声で叫びながら駆け寄ってくる男。
「おおっ! パキトポーク!」
「隊員も無事だぞ! 数人だがな!」
「そうか!」

「今、人数を把握しようとしている!」
 見れば、群集が行列を作り始めている。
「性別、名前。そんなリストを作るんだ!」
「ほう!」
「俺の隊員のアイデアだがな! 記憶力のいい目ん玉の親父がいなくて残念だな!」

 そういや、フライングアイはもう回廊の隅っこに転がっているのだろうか。
 なんとなく、他人事の様に感じた。
「従わない奴もいてな。手こずっている! 隊長がいれば、百人力だ。東部方面攻撃隊の面目を見せてやろうじゃないか!」
「よし!」
「そうしておけば、アンドロの救援隊が到着したとき、少しはスムーズだろ!」


 ベータディメンジョンに移行してきた市民は、その時点で三万人弱を数えた。
 時間が経つにつれ、新たに出現する市民の数は減った。
 最終的に隊員数は、四十六名。
 市民を概ね千人ずつのグループに分け、それぞれに連絡係という名目で隊員をひとりつけ、それぞれに大きな円を描いて座っていた。

「ん? ヌヌノッチの野郎は?」
 市民をグループ分けし終え、それでどうする、という段になって、パキトポークはアンドロの姿がないことに気づいたようだ。
「では後ほどって、どこかに行ったぞ」
「おいおい。ここをほったらかして、どこへ行きやがったんだ」
「さあな。次のお沙汰を待つしかないんだろうさ」
「なんともはや、段取りの悪いことだな!」


 しかし、待てど暮らせど、ヌヌロッチはおろか、アンドロは誰も現れなかった。
 オーエンが言ったパリサイドも、姿を現すことはなかった。
「おい。ちょっとまずいんじゃないか」
 パキトポークが群集を見ながら言った。
「うむう」
 痺れを切らした市民が、不安と不満を高まらせていることがわかった。

「では、こっちから行動に出るしかないか」
「どこかへ移動するか」
「ああ。しかし、この大人数での移動は始末が悪い」
「だな」
「この規模の行列を維持するのは無理だ」

 気分の悪い者や、老人もいる。
 勝手な行動を取りたがる連中もいる。
 すでにあちこちで小競り合いが起きていた。

「俺が見てくる」
 ンドペキの提案に、パキトポークが難色を示した。
「いや、俺が」
「俺に行かせてくれ。スゥと一緒にだ」


 ヌヌロッチが言いかけたタールツーのこと、というのが今になって気にかかっている。
 律儀なアンドロだからというのではなく、なにか重要な情報を伝えようとしていたのではなかったのだろうか。
 ということを口実にして。
「そういうことだ。だから、隊長である俺が行くのがいい」
 東部方面攻撃隊の隊長だからといって、この群集を代表しているわけではない。
 少なくとも最大勢力の代表であることは間違いないが。
 市民を前にして、隊長だから話せることがあるとは思えなかった。

「なにか、考えがあるようだな。そんじゃ、任す」
 パキトポークが折れた。
「ああいう連中を相手するのは、俺の性に合わないんだがな」
 群衆の中で喧嘩が始まり、隊員が鎮めようと躍起になっていた。
「頼んだぞ。一時間経って戻らなければ、捜索隊を」
「了解」


 ぐらりと眩暈がした。
「ん?」
「揺れたな」
 眩暈と思ったものは、地震だった。

 群集がにわかにざわついている。
 立ち上がる者、叫びだす者もいる。
「座って! 座ってください」
 隊員が言い聞かせるように、それぞれのグループを纏めようとしていた。

「いざとなりゃ、こいつでも配るさ」
 食料チップ。
 さすがに三万人分はないが、少しは気分を和らげてくれるだろう。
「食ったことのある奴は少ないだろうがな」
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