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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

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87 ベータディメンジョン

 数万人の人々が立ちすくんでいた。
 ンドペキは人並みにもみくちゃにされながら、廊下を進んだのだった。
 ユウのことしか頭になかった。
 ユウの元へと。

「嫌だ! こんな所! 来るつもりはなかったのに!」
 女が叫んでいた。
「命が助かったんだぞ!」
 男の声。
 そんな声がして、また群集は静まり返った。

 後から後から、人が湧き上がっていた。
 いつの間にか、アンドロの次元、ベータディメンジョンに移行したのだ。


「ここはどこだ!」
 また、叫び声がした。
「アンドロの棲みか」
 と、応える声。
「えええっ!」

 ンドペキは、隊員の誰とも通信が繋がらないことを知った。
 そして、いつの間にか、イコマとの同期も切れていた。
「スゥ」
 スゥだけは常にそばにいた。
「すまない。こんな所に来てしまった」
「ううん。いいのよ」


 何もない空間。
 ただ灰色に包まれた空間。
 霞んだ空気。
 床は確かにある。
 硬い金属質の床。

 暗くはない。
 むしろ明るい光に満ちている。
 ここは建物の中なのだろうか。
 灰色の中に時折、虹色の光が見え隠れするが、それがすぐ近くなのか、数キロ、あるいは数千キロ先なのかも判然としない。

 呼吸に問題はない。
 ただ、なんとなく息苦しい。
 空気の密度が高いのか、空気の組成が異なるのか。
 体は重い。
 地球より、重力が強いのだろう。

 しんとしている。
 鼓膜が空気の密度に圧迫されている。
 耳鳴りが聞こえる。

 静けさに耐えかねたように、「誰か……、助けてくれ……」という呟きのような声が上がった。


「アヤちゃんは?」
「見えないね」
「探そう」
「うん」

 スゥの手をとった。
 ここではぐれてしまうわけにはいかない。
「ユウを助けようとして」

 ンドペキは、オーエンからイコマが聞いた話をした。
「ああ、それで、ここに来たのね」
「そういうことなんだ」
 実際、あの人波から逃れることはできなかっただろう。
 波に逆らおうとすれば、幾人かを傷つけることになっただろう。

 しかし、ンドペキは仕方なかったんだとは言わなかった。
 己の意識の中では、ユウの元へという気持ちがあったのだから。
「すまない」
 再び謝った。
 スゥが目の前にいながら、ユウを追ってくるとは。


 イコマとの同期が切れた今となっては、なにをさしおいても、スゥの安全を期するべきだったと思う。
「仕方ないよ。あの状況で。ンドペキはノブなんだし」
「許してくれ」
「許すも許さないも、ここへ来ざるを得なかったんだから」

「ノブねえ」
 ユウのイコマへの呼び方。
 懐かしい響きだが、今は後味が悪い。
 あの洞窟で、イコマと初めて同期したときのように、違和感さえあった。


「ねえ、スゥ。ユウは今、どこにいる?」
「シリー川のコロニーにいたけど、きっと今頃、ニューキーツ沖合いに沈んでいるシップの中。どういうこと?」
「そうなのか……」

「あっ、そうか!」
「うん……」
「さっき、オーエンが言ってたよね。パリサイドの女が二人、ベータディメンジョンで待ってるって。まさか、ンドペキはそれを」
「ユウなんだと思った……」
「はあ……」

 ンドペキは二の句が継げなかった。
 なんという早とちりを。
「くそ!」
「くそ!はこっちの台詞!」
「だな。すまない」
「やれやれ」


 もう二度と、イコマと同期しなくていい。
 自分にはスゥがいる。
 そしてアヤちゃんも。
 イコマの意識に振り回されるのは、もうごめんだ。
 そんな気がした。

「アヤちゃん、いないかも」
「うーむ」
 回廊で、アヤとはそれほど離れてはいなかった。
 この次元に出現したのなら、近くにいるはず。
 現に、そばにいたスゥはその位置関係のまま、ここに移行したのだから。

「うーん」
 唸ることしかできなかった。
 アヤを取り残してきてしまった。
 これでよかったのか、悪かったのか。
 しかし、家族。
 やはり、どんな状況であれ、傍にいるのが喜ばしいのではないだろうか。

 どれだけ探し回っても、アヤはいなかった。
「参ったな」
「何が」
「東部方面攻撃隊。散り散りになってしまった」
 パキトポークやスジーウォンの姿もなかった。
「まあね。でも、そのうち現れるかも」


「タールツー。もう、どうでもよかったんだ。太陽フレアが来て、カイロスが発動されて。ニューキーツの長官が誰かなんて、ちっぽけなことじゃないか」
 あそこで市民の姿を見たとき、そう判断すればよかったのだ。
 そうすれば、あの人波に飲み込まれる前に、それを回避して街に戻ることができたかもしれない。
 あるいはシェルタに引き返して、エリアREFに戻ることもできたかもしれない。

「俺の判断ミスだ」
「もう、どうでもいいことだって!」
「でも、アヤちゃんと離れ離れにならずに済んだ」
「だから、自分を責めても、しかたないよ」
「最後には、ニューキーツの街を殺傷マシンから守ろうと思っていたのに」
「へえ。そんなこと、考えてたの」


 カイロスが発動すれば、街を防衛しているバリアはダウンするだろう。
 そうすれば、あのマシン共が押し寄せてくるはず。
 エリアREFであろうと政府建物であろうと、奴らが徘徊することになるだろう。
 街を守れるのは自分達しかいない。

 タールツーを追い詰めることができない場合、それしか自分達のすることはない、と考えてもいたのだった。
「もう、手も足も出ないな。向こうに残った奴がやってくれるだろう」
「隊長ねえ。いつまでもそんなことを考えるなんて」
「しかたがないさ」

 口ではそう言いながら、ンドペキは今なにをすればいいのか、を必死で考えていた。
 もう、ベータディメンジョンに移行してきてしまったのだ。
 今、ここでなにをするべきか。
 どう行動すればいいのかを。


「探しましたよ!」
 と、肩を叩くものがあった。
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