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サントノーレ 作者:奈備 光

9章

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86 くそう!

 地鳴りがした。
 回廊は静まり返った。
 固唾を呑んで見守る人々の目に、フラッシュが焚かれたかのように強烈な光が飛び込んできた。
 空が一瞬にして明るさを増した。

 ついに、カイロスが起動された。


 フライングアイは、刃が振り下ろされると同時に、チョットマを抱いたパリサイドが空に飛び立つのを見た。
 ゆっくりと大きな弧を描いて、街の上空を旋回していた。
 女二人連れは、広場の地下に消えた。
 小さな階段でもあったのだろう。忽然と姿を消した。
 取り残された老人がひとり、刃が突き刺さったままの珠を悄然と見つめていた。

「ああっ、光の柱が!」
 誰かの叫びが聞こえた。
 ニューキーツの西、数キロ先にある光の柱。
 普段は美しい光を放って屹立しているが、今や世界中の苦しみを呑み込んだかのようにのたうっていた。
 数倍にも太さが膨れ上がり、地球上と宇宙空間の一点に頭と尻尾の先を縛り付けられた蛇のように、もがき苦しんでいた。
 しかも、見てはいられないほどの明るさだった。想像もつかないほどのエネルギーを運んでいることがわかる。
 光の柱が突き刺さる空は一面、虹色の渦。
 踊り狂うかのようにさまざまな色彩が現れては消え、イルミネーションのような光の粒を撒き散らしていた。

 その不吉さに、回廊の人々の顔に張り付いた不安が、ますます色濃くなった。


 アヤの元へ!
 イコマは呆然と立ち尽くす人々の頭上を飛んだ。

 爆発は起きなかった。
 空が見えない人々の心には、ジワリとした安堵感が湧き上がっていることがわかった。
 誰の目も、まだ不安で見開かれていたが、それでもゆっくりと息を吐き出す姿があちこちで見られた。


 探偵が最後に残した言葉が、心に残っていた。
 命が尽きるとき、友と話せてよかったよ。
 そうか。
 あいつはそう思っていたのか。

 刃が珠に突き刺さると同時に、探偵との通信は切れた。
 自ら切ったのか、システムが落ちたのか。
 以前、ユウから聞いたことがある。
 アギのシステムは、パリサイドが握ったと。
 しかし、システムそのものは地球人類の製造物。
 いくらエネルギーが供給されようとも、情報を流す装置自体は年代物。
 カイロスが生み出したエネルギーの波に、通信網は持たなかったということだろう。


 アナウンスが流れた。
「爆発は起きませんでした。しかしまだ、予断を許さない状況に変わりはありません。落ち着いて建物の奥に移動してください」
 人波がまた動き出した。
「急ぐと危険です。ゆっくり、落ち着いて行動し」
 そこに他の声が被さった。


「ニューキーツの市民の方々!」
 大音声で呼びかけたのはオーエンだった。

「私は! エーエージーエスを預るオーエンという! あんた方が今から取るべき行動を説明する!」
 回廊がざわつき、足早になった。
「急ぐ必要はない! 命を落としたくなければ、落ち着いて、よく聞け!」
 怒鳴りつけておいて、落ち着けとはよく言う。
 この男は、あくまであのオーエンなのだ。

 オーエンの声が続いた。
「カイロスは無事に起動した! しかし、完全ではなかった!」
 人々の不安が恐怖に変わりつつあった。
 悲鳴さえ上がった。


「静かにしろ! カイロス! これは、電磁波の渦で太陽嵐を防ぐもの! 地球全域を覆わねばならん! しかし!」
 地球上に六十七ある光の柱の内、二基が動かず、三基のパワーが不安定だという。
「地球は完全に覆われなかった! ということは!」
 その穴から入った太陽フレアは、地球全体を舐めていく。
 穴の開いた缶詰を泥水につけるようなものだ、とオーエンが言った。

「太陽フレア! どんなものか、知っているか! 太陽から遠く離れたこの地球でも、人間を焼き尽くすには十分だ! 人間どころではない! すべての生物が絶滅する!」
 科学者オーエン。
 その性癖なのだろう。
 必要のない説明までしようとする。
「遠くの穴から入った太陽フレアでも、このニューキーツには秒速三百メートルを超える暴風が吹き荒れる。暴風の温度は摂氏百五十度にはなるだろう。しかも、放射性物質を大量に含んだ風がな! この建物など、ひとたまりもないわ!」

 地中深く潜ったところで意味はない。
 数年間は生き延びることができるかもしれない。
 しかし、太陽の活動周期から計算すると、一旦太陽フレアが地球を襲い始めたら、風が収まるまでに百年はかかる。
「それほどの期間、地下で暮らせるか!」

 オーエンのメッセージはもはや、科学者ならではの解説めいていた。
「元々は、その期間に火星への移住計画を本格化するはずだった!」
 恨み節でさえある。
「しかし、人類は怠惰になってしまったのだ! 技術はある! しかし今や、その船が製造できないではないか! 火星上に人の住む環境を作れないではないか!」


「いいか! よく聞け!」
 オーエンがさらに声を高めた。
「となれば! 行き先はひとつ!」

 もう、ほとんどの市民はオーエンの声を聞いてはいなかった。
 耳には届いてはいるが、意味をきちんと理解しようとする者はほとんどいなかった。
 演説は、人々に闇雲に先を急がせるだけの効果しかなかった。

 しかも、行き先はひとつ。
 などと言われて、人波はまたパニックに近い状態になった。
 我先に前へ進もうとする人々が、倒れた人を踏み越えていく。そんな有様となった。


「どの廊下を進んでもよい。進めば、ゲートをくぐることになる! 行きたくなければ、この場から早々に立ち去れ! 街へ戻り、地下にでも潜るんだな!」
 行き先は、アンドロ次元。
 その言葉をちゃんと聴いた市民は、どれ程いたろうか。

 アンドロ次元には、友好的に待っていてくれるアンドロ達がいる。
 そして、前もってアンドロ次元の環境を確かめに行ったパリサイド。
 彼女達二人が、水先案内人を勤めてくれるだろう。

 オーエンのその言葉は、それまでの大音声に比べれば小さく、そして自信無げだった。
 しかし、もうほとんど誰も聞いてはいなかった。


 最後にオーエンがまた声を張り上げた。
「エーエージーエスのあるニューキーツに住んでいた自分の幸運を喜べ!」

 イコマは確信を持った。
 アンドロ次元に行ったパリサイド。
 二人の女性だという。

 ユウが!
 なぜ!

 そうか!
 サブリナが!
 父ホトキンと母ライラのために!
 ユウは、それを追って!

 くそう!
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