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サントノーレ 作者:奈備 光

9章

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82 ただの目ん玉

 昔、俺の部下にゲントウという男がいた。
 そいつが作ったふたつの装置がある。
 ひとつはこの次元に。
 もうひとつはアンドロが棲む次元に。
 どちらも、いずれ来る巨大な太陽フレアから人類を守るためのもの。

 人の住む次元にある装置は、妙な連中がカイロスなどという名をつけて、それなりに守ってきた。
 そろそろ、起動の準備も整っていることだろう。
 俺の方の準備も万端だ。
 起動エネルギーに問題はない。

「アンドロ次元にある装置。こちらは、様子がわからない。俺はアンドロ次元には行けないからな」
 普段なら、イコマはアンドロ次元にあるというこの装置に興味を持ったことだろう。
 しかし、今はユウのこと、アヤのこと、チョットマのこと、そしてンドペキのことと、いわば家族のことで精一杯だった。
 家族のために自分ができることをしようにも、フライングアイという小さな体で、歯軋りする思いが募っているのだった。


「ただ、様子がわからないからといって、手を付けないのは人類に悪い。俺も、人の子だからな」
 オーエンは、勿体つけた言い方だと思ったのか、ふっと含み笑いを漏らした。
「装置は起動されるはず。あるいは、もう起動されたか」

 パキトポークは、興味がないという様子で、相変わらずンドペキが消えた部屋の中を見つめている。
「ただ残念ながら、ゲントウがどんな手を使って起動するつもりだったのか、俺は知らない」
 オーエンはパキトポークに向かって話しているのだろう。
 イコマは、代わりに返事をしてやることにした。
「その装置、いや、カイロスの連中が起動させようとしている装置もそうだ。なにが起きるんだ?」

「ん? イコマとか言ったかな」
「そうだ」
「あんたも変わったアギだな」
「まあな」
「そのうち、あんたも消えてなくなる。切れ切れになった記憶が海を漂うだけだ。いずれそれも粉々になり、修復できなくなるだろう」
「だろうな。でも、もうどうでもいい。人類最後の日に何が起きるのか。それが知りたいだけだ」


「フン。冥土の土産に教えてやらんでもないが」
 オーエンが言い淀んだ。
 また何か条件でも持ち出してくるのだろう。
 案の定、
「ひとつ頼みがある」と来た。

「俺の代わりに、アンドロ次元がどうなっているのか、見て来てくれないか。あいにく俺は、目ん玉の身体は持っていないのでな」
「えっ」
 イコマは思わず絶句した。

 考えてもみなかった提案だった。
「フライングアイなら……」
「行けるかどうか。それは知らんさ。しかし、やってみる価値はあるだろ」
「むう」


 人類の避難先候補、アンドロ次元。
 そこは、普通の肉体を持った人類が生存できない場所。
 とてつもないエネルギーが渦巻く世界。
 数百年前にゲントウが作った装置によって、その次元のエネルギーが、人類が生存できるレベルに落ち着くというのだった。
 少なくとも、アンドロによって構築された、次元内に浮かぶ都市の中では。

「どうだ?」
「うむう」
「悩むか?」
「まあな」
 それが、ユウやアヤ、そしてチョットマを助けることに繋がるなら、迷うことはないが……。

「装置が起動し、人類が暮らしていける環境になっているかどうか、それを確かめてくるだけだぞ」
「もし、なっていなかったら」
「フライングアイなど、ひとたまりもないわ!」

 イコマは迷うことはない、と思った。
「行けないな。まだここで、することがある」
 おのれの役割は小さくとも。
「フン、そうか。残念だな」
「悪いが」
「パリサイドがひとり、志願してくれたんだがな」
「なに!」


 イコマは胸騒ぎがした。
 まさか、ユウが。

「おい。そのパリサイドは?」
「ん? 名か? 聞いてないな。知る必要はない」
「女か? どんな立場のパリサイドだ?」
「やけに気になるようだな。それなら自分も参加してみたらどうだ。彼女と一緒に」
「そうか、女か……」
「パリサイドの下級幹部だそうだ」

 ユウ……。
 彼女ならやりかねない。
 六百年前、アヤの身代わりに光の女神になったのだ。
 そして、金沢の光の柱を訪れたイコマを甦らせるため、規則を破った。その結果、パリサイドとなって地球を離れることになってしまったのだ。

「どうだ。人類を救うために」
 オーエンがしつこく迫ってくるが、イコマの頭は混乱していた。
「パリサイドまでが協力してくれているんだぞ」
 ユウなら、自分が犠牲になることをいとわないはず……。
「パリサイドとて、あの次元では肉体を維持できない。例え街中であっても」
「うむうぅ」


「もし、この次元にある装置の力では太陽フレアを防げなかった場合、人類は滅亡する。ホメムやマト、メルキトはおろかアギまでもがな」
 ユウが部屋に来たのは昨夜……。
 そんなことは、なにも言っていなかった。
 いや待てよ。
 ユウとオーエン。二人が出会うことがあっただろうか。
 記憶にはない。


「後に残るのは、アンドロとパリサイドだけ」
 オーエンはフフンと笑った。
「tだ、宇宙人類となって進化したパリサイドと違って、アンドロはいわば特殊なマシンだ。自らの意思でまともな社会を築いていけるか、疑問だがな」
「ん?」
 オーエンはパリサイドを憎しみの対象としてしか見ていなかったはず。
 エーエージーエスでの惨劇を見れば、その憎しみの強さがわかる。
 しかし今の口振りからは、その感情が消え、親しみさえかすかに感じられた。

「どうしたオーエン。パリサイドが嫌いなんじゃなかったのか」
「そう。その気持ちに変わりはない。しかし、赦せる気にはなった」
「ほう、どういう風の吹き回しで」
「そんなことが気になるなら、ンドペキに聞いてみるんだな。奴には話しておいた」

 なに!
 ということは、ついさっきのことではないか。
 同期が切れている間に!
 パリサイドを赦せる気になった、と!
 なにがあったのか分からないが、イコマの胸騒ぎはますます大きくなってきた。


 ユウ……。
 オーエンと話したのか……。
 地球人類を救うためというフレーズ。ユウから聞いた言葉……。
 その話を……。

 ユウはイコマやアヤを守るために、これまであらゆる手を使っている。
 通信を特別な回路を経由させたり、フライングアイに細工したり、マトの再生装置を改竄したり。
 きっと、いくつもの規則を破って。
 かなりきわどい無理をして。
 まるで、大阪での暮らしが終末を迎えたあの時と同じように。

 地球人類を救うため、そしてイコマやアヤを助けるために、ユウは地球に戻って来た……。
 そしてユウはパリサイドの幹部……。
 オーエンと話す機会があったのなら……。


「オーエン。そのパリサイドはもう出発したのか」
「さあな。もうすぐ向かうだろ。アンドロ達が使うゲートは、まだ通常通り運用されている」
「ゲート……。それはどこにある」
「どのゲートを使うか、それは彼女任せだ」
「そうか……」

 ユウ……。
 彼女のことだ。
 覚悟をしていたとしても、打ち明けはしなかっただろう。
 何しろ、スゥと同期しているのだ。
 話すべきときが来れば、スゥの口から伝えるつもりだったとしても、おかしくはない。


「まあ、あんたも覚悟ができたら、俺に話しかけてくれ」
「どこで!」
「どこでもいい。ただ、もう時間の余裕はない」
「いつまでだ!」
「今すぐにでも、マトやメルキトが通行できるゲートを開かざるを得ないかもしれないからな」
「避難させるために?」
「そう。もし、この次元の装置が効かなかったら。あるいはそう判断されたら、おれはゲートを開く。アンドロ次元がどうなっていようが。ゲートを潜った人間が瞬時に消滅しようが」
「おい!」
「俺にはアンドロ時限の状況が分からない。ゲントウを信じて、そうするしかない」
「くっ」

 と、オーエンが大声で笑い始めた。
「ハハハッ! あんたに頼んだのは冗談だ! アンドロ次元までフライングアイの通信は届かない! ゲートを潜った瞬間に、あんたの意識は途切れ、フライングアイは床に落ちるただの目ん玉になるだけさ!」
cont_access.php?citi_cont_id=706025280&s
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