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サントノーレ 作者:奈備 光

8章

80/118

80 形見の手裏剣

 ハクシュウの遺体をこのままにしておくわけにはいかない。
 カイロスを発動させたら、取りに来よう。
 埋葬場所は、そうだな、みんなでよく集まった、キーツの廃墟のあのアリーナがいいな。
 東部方面攻撃隊の思い出の場所。
 いや、ああいう場所は将来掘り返されるかもしれないな。
 洞窟の大広間がいいかな。
 あそこで皆の気持ちがひとつになったんだし。
 ハクシュウの墓標として最適かも。

 そういうことを考えると、なんとなく楽しい気分になってきた。

 なぜ!
 ハクシュウが死んで、とても悲しいのに。
 どうして、気分が浮き立って来るの。
 全身の力が抜けて、立ってもいられないくらいに気持ちは沈んでいるのに。
 どうして!


 チョットマはその気持ちを、正直にペールグリに話し、手にしていたカイロスの刃を見つめた。
 短剣は相変わらず、鈍く光っているだけで、なんの変化もない。
 強いて言えば、少し手に馴染んだ感触があるだけ。


「よくわかりました」
 と、頷くペールグリ。
 短剣を返すと、チョットマは突然足の力が抜け、膝を付いてしまった。
「短剣は人を選ぶといいます」
 皺だらけの手がチョットマの肩に置かれた。
 長老は、大変失礼な言い方ですが、と断って「あなたは選ばれました」と言った。


 見知らぬ老人に慰めてもらっている。
 そう感じて、チョットマはようやく立ち上がった。
 ペールグリは短剣を元の布にくるみ、どうぞ、と差し出してくる。
「チョットマ、あなたが持っているべきものです。では、参りましょう」


 エリアREFの部屋に戻り、装甲を身に付けよという。
 必要はないかもしれないが、念のため、とペールグリが言うのだった。
「チョットマ、先ほどの貴方の感触」
「はい……」
「カイロスの刃はいわば、勇気の短剣」

 エリアREFに戻りながら、ペールグリは説明をしてくれるようだ。
 聞きたくはない。
 知りたくもない。
 そんな気分じゃない。
 チョットマはそう思ったが、断ったところで、ロア・サントノーレの長老であり、ブロンバーグと双璧をなすカイロスのリーダーであるこの男の口を塞ぐことはできないだろう。
 まだ私は自分の役割を果たしてはいないのだから。

「困難に対して、気持ちを楽にして立ち向かう力。苦しみや悲しみを楽しみに変える力」
 カイロスの刃の持つ力を感じることのできる者だけが、それを使うことができるという。
「それに対して、カイロスの珠は、快楽と安寧のみを求める気持ちを誘う力」
 そのふたつの力は求め合い、反応すると伝えられているという。
「怒らないで聞いてください。本当は、カイロスを発動させるのは誰でもできることだと思うのです。実際、私もその刃に触れると、歓喜の渦に巻き込まれます」

「緑色の髪を持ち、カイロスの刃の力を感じることのできる者……」
 長老が呟いた。
「緑色の髪というのも、その理由はわかりません。何らかの科学的な、あるいは社会構造に起因する理由があるはずなのですが……」
 もう誰も、カイロスとは何かを知らないのです、と肩をすくめた。
「誰もが使えるとはいえ、誰もが使ってはいけないものだから、そのような制限が加えられているのでしょう」


 エリアREFには、いつものように人が行き来していた。
 ただ、誰もが急ぎ足で、避難という言葉があちらこちらで聞こえた。
「珠と刃は、スイッチの役目なのだとは思います」
 解説が続く。
「でも、それらを触れさせたとき、何が起きるかわからない」

 チョットマの耳には、その解説は途切れ途切れにしか届かなかった。
 ハクシュウのこと。
 ンドペキのこと。
 パパのこと。
 スジーウォンのこと。
 それらが頭の中を何度も何度も巡っていた。

 コリネルスにハクシュウが死んだこと、そして今の状況を伝えに行くべきだろうか。
 いや、そんな余裕はないはず。
 それに、今伝えたところで何になるだろう。


「万一の場合を考えて、貴方にも装甲を、と。しかも、貴方の俊敏性は折り紙付とか」
 ペールグリの言葉に現実に引き戻されると、チョットマは大切なことに気づいた。
 実際のところ、人の作った戦闘用の装甲を身に付けたところで、守られはしないだろう。
 もとより、それは覚悟の上。
 地球を守るという触れ込みの壮大な力を持つ装置なのだ。
 それに、私の装甲はサブリナがすでに持ち出していることだろう。

「でも、私はとにかく、そんなに危険なものなら、街の人は」
 ニューキーツの街の人どころではない。
 この大陸の人、あるいは地球上の人の安全は。
「だから避難するんですか?」

「いいえ。避難は極大太陽フレアから逃れるためです。カイロスからではありません」
 ただ、ペールグリは自信はないといった。
「知らされていなかったのか、四百年の内にその知識が失われてしまったのか。もう、わからないのです。何が起きるのか」
「私はどうすれば」
「それはそのときに。どのような状態で珠が置かれてあるのか、知りませんので。さあ、急ぎましょう。手も洗わなくてはいけませんでしょう」


 チョットマは自分の手を見た。
 ハクシュウの血と自分の血が交じり合い、乾き始めていた。
 そしてその手で、胸元を押さえた。
 いつも首から提げている手裏剣。
 あのおぞましい緩衝地帯で小さなかけらとなってしまったが、いつの間にか、元の形に戻っている。

 不思議な力を持った金属板。
 この再生力のように、できることならハクシュウも……。
 それがせんのない思いだということをチョットマは知っていた。
 ハクシュウの形見となったその切っ先が、チョットマの指先にまた小さな傷をつけた。
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