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サントノーレ 作者:奈備 光

8章

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78 あんたは狂っている

 柔らかい声だが、怒ったような響きがした。
「緑色の髪を持つ女性を殺す気か」
 ブロンバーグの背が震え始めた。
「殺す? 不吉なことをぬかすな!」

 チョットマは背後に気配を感じた。
 後ろから、音もなくブロンバーグの部下たちがついてきていたのだ。
 黒いローブを羽織った男が二名、駆け寄ってくる。
 たちまち狭い通路でもみ合いとなり、チョットマは後方に退けられてしまった。
 部下たちはローブの下に装甲を身に付けていた。


 また声が聞こえた。
「伝承では、服装の規定はなかったはず」
「わしが決めたことだ!」
「少なくとも、命を守るものを身に付けさせるべきではないのか」
「小僧に指示される覚えはない!」

 声が笑ったように感じた。
「ふっ、小僧か」
「そこをどけ! さもなくば」
「排除するのみか」
「分かっているなら、おとなしくしろ!」
「今でもおとなしくしているさ。それにこんなに狭い通路だ。どけってったって、どこに?」


 ブロンバーグから熱気が立ち昇り、殺気が充満した。
 誰かが殺される!
 私の身を気遣ってくれたばかりに!

 でも、誰?
 どうしてここに?
 誰も知らない通路のはずなのに。


「小僧!」
「小僧って呼ばないでくれるかな。名前があるんだ」
「おまえの名前など、興味はない!」
「ニューキーツ東部方面攻撃隊、元隊長のハクシュウだ」
「ハクシュウ!」
 チョットマとブロンバーグが同時に叫んだ。

「今はアビタットと名乗っているけどね」
「ハクシュウ!」
 チョットマは市長の部下に突進したが、武装した者相手に歯が立つはずもない。
「通して!」
 部下に腕を取られ、チョットマはもがいた。
「ハクシュウ!」


「どうしてここに!」
 ブロンバーグの問いに、少年の声が笑った。
「再生が間に合ったのさ。しかし、このざまだ」
「そんなことはどうでもいい! なぜここにいる!」

「兄弟のクシが死んだことを、カイラルーシにいる僕は直感で知った」
「ハクシュウ!」
 チョットマは叫び続けていた。
 姿は見えない。
 ブロンバーグの前方、かなり離れた位置にいるようだが、暗闇の中だ。

「突然、気持ちが一気に楽になり、ああ、クシが死んだんだなって」
 ハクシュウは穏やかな声で話していた。
「そして感じたんだ。自由の身になったことを」
「自由!」
「そうさ。自由」


 ブロンバーグが電灯の明かりを消した。
 通路は自分の指先さえ見えなくなった。
 闇の中を、声が流れてくる。
「僕とクシの兄弟は、カイロスの民のちっぽけな歯車……」
 ハクシュウが心情を吐露し始めていた。

「捕らえられた兄弟蟹……」
「互いに逆の役割を与えられ、数百年もの間、時には殺し合ってきた」
「カイロスの伝承を守るため利用されてきたんだ」
 ハクシュウが宣言するように言った。
「そのくびきから開放されたのさ!」


「きさま! おまえの感情など! 我々を憎むなら憎めばいい!」
「憎んじゃいないさ。ただ」
「ただ、なんだ!」
「はっきりさせたいだけさ」

 ハクシュウの声音が微妙に変化した。
「ブロンバーグ、なぜクシを殺した」
「それは」
「緑色の髪を持つチョットマを守るため、か!」

 初めてハクシュウの口からチョットマの名が出た。
「ハクシュウ……」
 チョットマはもう叫ばなかった。
 暖かい喜びが体を駆け巡った。

「本当にそれだけか。チョットマなら、相手がクシとは言えど、そう易々とは」
「わしに質問するな!」
「元々、僕達兄弟を争わせることによって、カイロスの伝承を守ろうとしたのは、ブロンバーグ、あんたじゃなかったのか! それを!」
「おまえごときに言われる筋合いはない!」
「自ら決めたことを破り、クシを殺したということは!」
「黙れ!」

 チョットマは気が気ではなかった。
 ブロンバーグの怒りが伝わってきた。
 通路に充満する殺気はますます濃い。
 この男の実力は、身を持って知っている。
 ハクシュウの身に何かあれば、私はどうすれば……。


「僕は解放され、真実が見えてきた」
「生意気なことを!」
「真実その一。あんたがもう狂っていること」
「なんだと!」
「真実その二。カイロスは絶対ではないこと」
「貴様ごときに何がわかる!」
「せっかくだが、収縮派、展開派などという細工もむなしく、そして僕たち兄弟の努力もむなしく、カイロスの伝承、つまりカイロスとやらを発動させる手順は捻じ曲がってしまったのさ」

 ハクシュウはゆっくりとその手順を話していく。
 岩肌がかすかに発光しているのだろうか。
 おぼろに人の輪郭が見え始めていた。
 聴いているのか、ブロンバーグは、神よ、お許しください、などと呟いていた。
 部下の腕の隙間からみたブロンバーグの輪郭は、取り乱しているのか、見るからにわなないていた。
「真実をもっと話してあげようか」
「き・さ・まぁ!」


「ハクシュウ!」
 チョットマの叫びに、初めてハクシュウが応えてくれた。
「チョットマ」
「はい!」
「久しぶりだね。僕がいなくなってからのことは、スジーウォンから聞いたよ。活躍してるんだってな」
「そんな!」
 チョットマは、なにを言えばいいのかわからなかった。
「戻ってきてくれて、うれしいです!」
 と言うのがやっとだった。


「ここで死ね!」
 突然、ブロンバーグの姿が消えた。
「うわわあ! ハクシュウ!」

 と、チョットマを掴んでいた腕が消えた。
 強いつむじ風が吹き抜けていき、チョットマの緑色の髪がたなびいた。
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