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サントノーレ 作者:奈備 光

8章

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76 いよいよそのときが来た!

 別れ際のライラの言葉が、気に掛かっていた。
「チョットマよ。これから先、何が起きるかわからんぞ。第一に考えるのは、自分の身じゃ」
 そう言って、チョットマを抱き締めたのだった。
「いいか。妙な正義感に囚われるんじゃないぞ。屈辱を味わおうが、あざけりを受けようが、守るべきものは自分じゃ。己の命は、任務より優先する」

 チョットマは素直に頷くことができなかった。
 任務より優先するとは。
 ライラは、私のどの任務のことを指して言ったのだろうか。
 東部方面攻撃隊としての任務?
 それとも、ブロンバーグから課される任務?

「自分の身に勝るもの。それは愛する人の命。自分の子の命。それだけじゃ」
「はい……」
 チョットマは、イコマやンドペキのことを思った。
 彼らの身を守るためなら、自分の命を捧げること。
 ライラはそう言いたかったのだろうか。
 それとも、ライラ自身の覚悟を言ったのだろうか。
 サブリナという娘のことを。


 ブロンバーグ市長の部屋に入るなり、チョットマは一枚のメモを突きつけられた。
「ここにサインを」
 目を落とすと、エリアREF地下への避難を指示する内容となっている。

「レイチェルのサインを」
「えっ」
「さあ」
 チョットマは思わず後ずさり、
「できません!」と、叫んでいた。

「レイチェルのサインなんて!」
 できるはずがない。
 自分はレイチェルではない。たとえレイチェルのクローンだとしても。
「私は」
「知っている。チョットマだ」

 ブロンバーグは思い詰めた目をしていた。
「緊急事態だ」
「できません!」
「多くの人命がかかっているのだ」
「いやです!」

「市長命令として発信した。タールツー名でも発信するように依頼してある。そこにレイチェルの命令が加わればなおよい」
 市民の避難が、ブロンバーグの思惑どおりに進んでいないからなのだろう。
「伝承に従うべきなのだ! このエリアREFの地下に避難するべきなのだ!」
 ブロンバーグは唐突にそう叫ぶと、チョットマの前に立ちはだかり、そう思うだろ!と迫ってきた。

 何も答えることができなかった。
 その代わり、「市長さん、避難先は市民が選んでいるんでしょ。それなら……」
 ブロンバーグがますます目を剥いた。
「選ぶだと! どんな基準で! アンドロやパリサイドのやつらに、そそのかされているだけではないか!」


 こんなブランバーグを見たのは初めてだった。
 門番にッ身をやつしてエリアREFを統治していたブロンバーグ。
 クシの凶刃から守ってくれたブロンバーグ。
 レイチェルのシェルタに篭る騎士団に物資を提供し、そして、ンドペキ隊との協力を説いたブロンバーグ。
 今、その男の頭には、決まりごとを守らせることしかないのだろうか。

 チョットマがブロンバーグと話したのは、これまで二度ほどしかない。
 話の中身は、チョットマからはクシの件でのお礼を言ったこと。ブロンバーグからはカイロスに関してやって欲しいことがある、ということだけ。
 ブロンバーグがどんな考えの持ち主か、などと気にしたことはなかった。
 きっと、いい人なんだという程度にしか、思っていなかった。


 ブロンバーグは相変わらず、目の前に立ちはだかって、答えを待っている。
 カイロスの教えに従って、皆、エリアREFの地下に避難するべきだと思います。そう言えば、満足するのだろう。
 しかし、チョットマはそうは言わなかった。
 ライラでさえ、アンドロ次元に向かうと言っているのだ。

 何が正しいのか、なんて分かりはしない。
 正しいかどうかではなく、どの選択肢に自分の命を賭けるのか、という問題なのだ。
「カイロスの民が、この地下エリアを守ってきた! この日のために!」

 だからあなたは、市民がこぞって集まってくるべきだと言いたいの?
 何百年に渡るあなた達の努力に応えて?
 さまざまな苦労があったでしょう。
 薄れいく知識を継承するため、伝承に形を変えて語り継がれてきたカイロスの秘密。
 それを守ってきたブロンバーグはじめカイロスの人々には、それなりの言い分があるのでしょう。
 でも、だからといって……。


「私は……」
 チョットマは言い淀んだ。
 自分は何をしにここへ来たのだろう。
 カイロスの珠と刃。
 これが揃った今、緑色の髪を持つ自分だけしかできないことをするだけ、だったはず。
 その気持ちが揺らいでいることを知った。

「私は……」
 どこに避難するのだろう。
 ライラと共にアンドロ次元へ?
 パイサイドが用意しているという船へ?
 それとも、この地下へ?

 ふとイコマのことを思った。
 パパはアギ。
 そのうち、あのパイサイドの肉体を持つようになるのだろうか。
 それなら私も、パパと……。

 ンドペキなら、どの道を選ぶだろう。
 アンドロ次元を選ぶことはないだろう。
 それならこの地下だろうか。
 私は……。


 目の前には、レイチェルの命令文が突き出されている。
 これにサインする気はない。
 自分はレイチェルではないから。
 それに、自分自身がそこに避難することはないだろうという気持ちになりかけているから。
 この男が治める地下の避難地など……。

 私には家族がいるじゃない。
 パパとアヤ……。
 三人で話し合って決めたらいいじゃない……。

 今、パパとアヤちゃんは、政府建物内にいるはず。
 私もそこに向かいたい。


 チョットマはそんな気持ちが口からほとばしりそうになるのを堪えながら、ブロンバーグと睨みあっていた。
 ブロンバーグの浅黒い顔は紅潮し、鉤爪のような指先がぴくぴくと動いていた。
 一瞬にしてクシを葬ったときのように、私もここで殺されるのか、と覚悟さえ決めた。
 ブロンバーグの武力に対抗できる自分ではないし、逃げることも叶わない。

 が、やがて、ブロンバーグがメモを引っ込めた。
「まあ、いい!」
 メモを受け取って部屋を出て行く部下に、
「レイチェル命として発信しろ!」
 と命じると、「ついて来い!」と叫ぶように言った。
 ブロンバーグの顔つきはますます険しくなり、手にした電灯が振るえていた。
「いよいよそのときが来た!」
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