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サントノーレ 作者:奈備 光

7章

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72 私にできること

 夜が明けた。
 街の各地に物資を輸送した車両が戻ってきて、今は政府建物に出勤する人が正門脇の門をくぐっていく。
 チョットマは、ちらりと空を見やった。
 清々しい朝ではない。
 建物や舗装や、街のありとあらゆるものが夜の内に溜め込んだ熱が、朝になったからといって冷めていくわけではない。
 空は晴れ渡っているが、青空というわけではない。
 高温の雲が渦を巻いているかのように、白々と輝いている。

「スジーウォン。早く来て」
 チョットマはひとりごちた。
 ブロンバーグ市長の使者が来る前に。

 チョットマは、自分の心境がここ数日のうちに大きく変化したことに気づいていた。
 覚悟を決めたと言っていいだろう。

 地球を救う。
 そんな甘っちょろい言葉でしか説明はされていないが、自分にできることがあるのなら。
 きっとその役目は、まもなくやらなければならないことなのだろう。
 サントノーレという街から、カイロスの刃という品物を今日、スジーウォンが持って帰ってくるのだから。


 私にできること。
 ニューキーツを救うために。
 地球という概念は浮かびにくい。
 チョットマはこのニューキーツから出たことはなかったし、街の外に興味もなかった。
 地球上にどんな陸地があって、どんな街があるのかも知らなかった。
 チョットマにとって、世界はニューキーツそのもの。

「そういや、パパは」
 パパは世界中の街のことを話してくれた。
 昔の世界のことも。
 今、どうしているだろう。
 パキトポーク隊に無事に合流しただろうか。


「ライラ、私、どうすればいい?」
 ライラは教えてはくれなかった。
 具体的に私がなにをすればいいのかを。なにをやらなければならないのかを。
 わかっていることは、カイロスの刃とカイロスの珠を合わせて、どこかでなにかをするということだけ。
 そしてその結果がどうなるかも知らない。
 でも、もうライラに聞いてみたいとは思わなかった。

 私は、言われたとおりのことをするだけ。
 それでよかった。
「どうせ私は」
 出来の悪い隊員だから。
 隠された四つの門を封じ、正門を見張る。
 そんな簡単なことさえ、きちんとできない私。
 あんなにたくさんの隊員を死なせてしまった私……。


 かといって、いい加減な気持ちというわけではない。
 絶対にニューキーツを救う。
 もし、私が死ぬようなことがあっても。

 そういう決意が生まれていた。
 エリアREFにいて、侵攻してくるアンドロ軍を蹴散らしている頃は考えもしなかった。
 ましてや、ンドペキを取り合ってレイチェルと角を突き合わせていた頃は。

 自分にそんな決意が生まれてくるとは。
 街の様子を知るにつけ、これはただ事ではない、と思うようになったのだった。
 長官レイチェルの身代わりだから?
 身代わりとして作られたクローンだから?
 ふとそう考えてもしまう自分も許せるような気もしていた。


 街は連日の熱波によって、まさに燃え上がろうとしていた。
 建物内にいればかろうじて熱に耐えられる。
 建物の外壁が熱を跳ね返し、内部は自動的に快適な気温が保たれているからだ。
 しかし、一旦扉を開けると。

 しかも、建物に備わった空調機能も完璧とはいかない。
 比較的古い時代の素材を使用した建物も多く、熱をコントロールする容量がすぐにピークを超えてしまうのだ。
 そんな建物内にいる人はなすすべがない。
 すでに何パーセントかの市民が命を落としたとさえいわれている。
 また、街のいたるところで火事が発生していた。
 可燃物が高温によって、なんらかの拍子で燃え上がってしまうのだ。
 政府はまだきちんと機能していて、迅速な消火活動が行われている。


 人々の間では、不安が高まっていた。

 しかし、アンドロの政府も捨てたものじゃない、という人が大多数だった。
 数百年も続いている体制化で、正面から異を唱えることは難しい。
 しかも、すべての言動を監視されることに慣れきった市民。
 自分達の生産活動が街を成り立たせているわけではなく、政府から支給される物資によって生かされていることに気づいている市民。
 彼らにとって、政府に盾つくことは想像外のことだった。
 例え、ホメムではなく、アンドロが支配する政府となっても。

 強烈な暑さの中、健気に出勤していく政府職員の姿を見ながら、チョットマは思った。
 私、いつからこんなふうにものを考えるようになったんだろう。
 賢くなったわけじゃないし……。
 パパやンドペキやライラといろんな話をして、少しずつ大人になってきたのかな。
 ああ、また、あの頃のように……。
 いつ、ンドペキに会えるかな……。

 チョットマは背筋が凍りつくような気持ちがした。
「もう、会えないのかも……」
 政府建物に駆け込んでいく人の流れを見つめている自分。
 きっともうすぐ、ブロンバーグ市長の使者が来る。
 ンドペキは勝手のわからない政府建物内で戦っている。
 脇門の光景が、涙で霞みそうになった。


「ん?」
 門に殺到する人々の様子がおかしい。
 誰もが一秒でも早く中に入りたい。
 それはわかるが、明らかに職員ではないと見える人々が押しかけているのだ。

 すぐにその理由はわかった。
 避難してきているのだ。
 門には衛兵が立っているが、咎める様子もない。


 と、門から程近い街路で騒ぎが起きた。
 うわ!という悲鳴が聞こえてくる。
 街路に停めてあった車両が燃え上がったのだ。
「逃げろ!」

 運悪く熱波が街路を吹き抜けていく。
「危ない!」
 燃え上がった炎は熱波に煽られ、切れ切れの炎となって街路を走り抜けていく。
 商店が建ち並ぶ通り。
 逃げ惑う人々。
 瞬く間に通りのありとあらゆるものが燃え始めていた。
 火を付けてくれといわんばかりの高温になっていた、屋根飾りや看板や幟や荷箱。
 それらに乗り移った火に、もっと燃えよとばかりに熱波が吹き付ける。


「ギャー!」
 炎をまともに喰らった人がいた。瞬時に火達磨となった。

 助けなければ!
 チョットマは飛び出そうとしたが、足を止めた。
 すでに政府建物から消火隊が現場に急行していた。

 隊員はわずか数名だが、消火銃を撃ち始めると、コンロのスイッチを切るようにたちまち炎は消える。
 商店街を隊員が駆け抜けていき、その動きにつれてすべての火が消えていく。
 後には煙さえ残らない。
 これは仮想の光景?とさえ思えるような状況の鮮やかな変化だ。

 チョットマはこのような現場に遭遇したことはなかった。
 消火隊の目覚しい働きぶりも初めて目にするものだったし、消火銃の威力も初めて知った。
 商店街は瞬く間に炎に飲み込まれていたが、消火隊が駆け抜けるとその跡には何事もなかったかのような景色が残っていた。
 火事の名残をとどめるのは、あちらこちらに散らばった焼け焦げた木片や、溶けた金属。
 そして負傷した人。


 通りにはたちまち人波が戻り、ますます勢いづいて政府建物の脇門に突入していく。
 いつの間にか、政府機関に出勤する人より、殺到して来る市民の方が多い状態だった。
 誰の目も、もう政府建物内に入ることしか考えていないように、前しか向いていない。
 中には、大きな荷物を抱えている人もいる。
 避難準備をしてきたのだろう。

 あっ。
 チョットマは小さな悲鳴を上げた。
 脇門に向かう人の波に、先ほどの火事で火達磨になった人の姿があった。
 火傷そのものはその場で消火隊に治療され、既に完治しているようだったが、再び服が燃え始めていた。
 どこからか、先ほど聞いた消火銃の発砲音がして、火は消えた。

 そうか、私達もいつでも狙い撃ちにされるんだね。
 チョットマはふとそう思ったが、周辺に展開した隊員の配置を変えようとは思わなかった。
 もう撃ってはこない、と思うからだった。
 撃ってくるなら、多くの市民が巻き添えになるような時刻まで待つ必要はなかったのだから。


 あっ。
 チョットマはまた小さな悲鳴を上げた。
「マリーリ!」
 脇門に殺到する人の群れに混じって、レイチェルSPマリーリの姿があった。
 こちらを見向きもしない。
 チョットマの装甲を知っているはずなのに。

 どういうこと?
 もうレイチェルが見つかったの?
 それにしては、マリーリの様子は尋常ではなかった。
 何者かに取り付かれたように、前へ前へと突き進んでいる。
 虚ろな目には何も見えていないのか、他の人を突き飛ばし、転んだ人を踏み越えていく。
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