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サントノーレ 作者:奈備 光

7章

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68 絶望の海

「まず、この施設の説明をしよう」
 そんなものは必要ない。
 出さえすれば、いいのだ。
 しかし、そこは科学者としてのプライドやこだわりがあるのだろう。
 おとなしく聴いてやるしかない。
 実際にユウがサーヤを連れてエーエージエスに行ったとするなら、この声の言うことの信憑性は格段に高まる。
 オーエンの昔話であろうと自慢話であろうと、聞けば出られるのなら、喜んで聞かせてもらおうというものだ。


「お前達は次元のゲートを潜り抜けてしまったのだ」
 ここは、消滅するのは嫌だが、かといって生きていたくもない人間の終の棲家。
「やつらには悪いが、ついに消えてもらうときが来たようだ」
 オーエンは気の毒そうに言ったが、声には喜びが混じっているようにも聞こえた。
「どうせ、役立たずどもだ」

 地球環境がどうなろうとも、どんな人間が地球を治めることになろうとも、はたまた本人達の意向がどう変わろうとも、決して変わることのない環境。
 それがこの浅い海。
 地球が太陽の周りを回っている次元とは異なる次元に作り出された、単調な空間。
 人類が住む四次元ではない。
 物理的な空間軸は三方向ではなく、無限ともいえる方向性を持っている。
 表面的には三方向。
 しかし、三つの方向性を持つ空間が無数に、かつランダムな方向性を持って積み重なっているようなもの。
 ひとつの空間を一枚の網に例えれば、無数の網が積み重なり、捻じ曲がり、互いに食い込んでいるようなものだ。

 強烈なエネルギーに満ちていて、網がほつれてしまうことはない。
 かといって固まってしまうこともない。
 そんなバランスで構成された次元空間。
 網目は常に位置関係を変えながら、互いに求め合うように絡まり続けている。
 そんな次元にアギの意識を放り込み、彼らの目には海という景を見せているのだ。

 この次元だけが特殊ではない。
 次元の成り立ちは千差万別で、人類が住む次元がむしろ特殊なのだ。
 空間はわずか四方向。時間は一方向のみ。
 そんなシンプルな次元はそれほど多くない。
 それらの各次元は、いくつかの接点を持って繋がっており、次元の構成も移り変わってゆく。


「むろん、我々の棲む次元から、それらの次元に簡単に移動することはできない」
 宇宙空間という範疇では、その接点はそれこそ無限にある。
 アンドロ次元のように、そのゲートを人為的に作り出すこともできる。
 しかし、簡単に移動することができれば、地球を太陽系の平穏を守る上で、どんな支障が生じないとも限らない。
「誰もが善意であるとしても、拡大しようとする、あるいは収縮しようとする次元レベルのエネルギーに対抗できるほど、人類は進んだ技術を持っていないからな」

 世を捨てたアギの棲む次元。
 その名は、絶望の海。
 そこに意識を及ぼすことのできるものは、管理者であるオーエンのみ。
 次元のゲートは硬いコアによって封印され、なおかつ常に流動する隠されたスイッチを押すことのできたもののみ。
「あのコアを破るとは。まあ、作られたのは数百年も前のこと。お前達の武器がそれを破壊できたとしても、驚かないがな」

 ンドペキが入ってきた暗闇の空間は、絶望のピラミッドと呼ばれているという。
 全世界にニューキーツにのみ存在する。
 多次元への扉を開く巨大装置の内部。
 対して、アンドロ次元への扉があるのは、歓喜のピラミッド。
 こちらは、街の数だけ、つまり六十三箇所。


 ンドペキはじれることなく、オーエンの話に耳を傾けた。
 これまでのンドペキなら、我慢がならなかっただろう。
 このような話に、関心が向くのもイコマの意識を取り込んだからなのだろうか。
 スゥはどう感じているのかわからなかったが、彼女とてユウの意識を取り込んでいる。
 かつて光の女神と呼ばれた、特殊な能力を許されたユウの意識であれば、オーエンの声が語る科学の話から何らかの情報を得ているかもしれない。

「この次元、絶望の海への道程は、これまでは一方通行だった。しかも、めったなことで開かれることはない」
 最初のアギがここに封じ込められてから数百年。
 以降、開かれたのは二十数回。
 すべてが、殺すこともできない事情のある重犯罪人を封じるため。
 エーエージエスへ放り込まれるより、はるかに重い罪を背負った者たちだ。
 絶対に出てはこれない。


「今、それを双方向に変える作業をしている」
 技術的にも、容易いことではない。
「しかし、同じような作業をしていて、助かった」
 オーエンの声が言うには、アンドロの次元と繋がるゲートで、ある作業をしているところだったという。

「アンドロ次元について言えば、こちらはこちらで大きな制約がある」
 オーエンでさえも、アンドロの棲む次元に意識を泳がすことはできないという。
 そこは、莫大なエネルギーが渦巻く空間。
「ンドペキは知らないだろう。実は、アンドロはいわば最強の肉体を持っている」
 自らの技術力で、己の肉体を作り変えたのだ。

「脆弱な肉体を持った人類が、アンドロ次元のいかなる空間にも、瞬時たりとも存在することはできない」
 屹然としていたオーエンの声が、一瞬、溶けるように弱々しくなった。
「それに気づいていながら、見過ごしていたのは間違いだった……」

 アンドロに罪はない。
 移り変わっていく次元の構成やエネルギーに適応するよう、アンドロ達は自分達の力で、自らの肉体を変化させていったのだから。
 高度な知能を持った人型ロボットであるアンドロ。
 柔らかい肌、血の通う筋肉、ものを消化できる柔軟な内臓を持つ点は、人類と同じ。
 しかし、それらを構成する物質、さらに言えば粒子レベルの強度を数千倍にまで高めたのだ。
 しかも、組織の再生能力は比較にさえならない。


「ゲントウが生きてくれていれば」
 オーエンが弱々しい声を出した。

 ゲントウ。
 カイロスの装置を生み出した科学者であることは、ンドペキも知っている。
「あいつは、俺の片腕」
 ライバルであり、よき理解者でもあったという。
「あいつの残したもの……」

 カイロスの刃と珠。
 もうその話は、何度も聴いた。
 ンドペキはさすがに苛立ちを覚えたが、オーエンの声は止まらない。

「知っているようだな。しかし、今から話すことは、それとは違う」
 話せる機会は、もうないかもしれない。
 聴いておいて欲しい。
 オーエンの声はそう言うのだった。
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