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サントノーレ 作者:奈備 光

7章

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67 義理を果たすのか

「もう忘れてしまったのか!」
「は! なにを言いたいか知らんが、勿体つけるのはやめろ!」
 と、ンドペキは急に胸騒ぎがした。
 この声は!

「俺の声を忘れるとはな」
「オーエン!」
「フン! 見くびられたものだな」
「なぜ!」
「この施設も俺が管理し、起動させているからな」


 エーエージーエスのときと同じように、オーエンがこの海にも巣食っていたのだ。
「そうなのか!」
 あのイルカの少年の話は本当だったのだ。
 憎むべき男、オーエン。
 しかしンドペキは、この男が現れたことに、今は心の安らぎを抑えきれなかった。

 いや、このオーエンの声も、作り物かもしれない。
 ンドペキがオーエンという名を出したことによって、シナリオが分岐し、新しいストーリーが動き始めたのかもしれない。
 ただ、もうこの声に頼るしか手はない。
「助けてやろう」
 心を読んだように、オーエンの声が改まった。

「ああ。よろしく頼む」
 ンドペキは、努めてあっさりとした声で応えた。
 また、条件を持ち出してくるのだろう。
 ホトキンを見つけ出して連れてこいというような条件なら、歓迎してよい。
 不可能ではないからだ。


「引き受けよう。しかし、今ではない」
 オーエンの声は、先ほどまでの挑発するような調子は影を潜め、感情を押し殺したものに変わっていた。
「いつだ」
「もう少し待って欲しい」
 ンドペキは、オーエンの言葉遣いに驚いた。
 轟然と言い放つだけの男だったはず。
 やはりこれは、シナリオに沿って作られた声が、罠を仕掛けているだけなのだ。

「答えになっていないな。俺はいつだと聞いている」
 こう聴けば、オーエンなら俺に従え、口応えするなといわんばかりの反応を見せるだろう。
 しかし、今、声は違った。
「あと少し。そうだな、一時間ほどあればいいだろう」
 などと、言うのだった。


「それでは遅い! 早くここから出せ!」
「まあ、そういうな。お前達がこんなところに迷い込んでくるなど、限りなく零に近い確率だ」
「俺達には、時間がない!」
「こちらも大切な仕事がある。お前達以上に大切な仕事がな」

「条件があるなら、早く言え!」
「ん? そんなものはない。俺からの好意だと思え」
「それは好都合だな」
「本来やるべき大切な仕事に優先して、お前達を助けてやろうとしている。ありがたく思え!」
 そして、オーエンの声が明らかに溜息をついた。

「こんなところに……」
 と、再び言って、
「しかたがない」と、呟いた。
「相手してやるか」


「退屈か?」
「ふざけるな! そういう問題ではない!」
「まあ、待て。今、ホトキンが必死で作業してくれている」
 ホトキンの名が出た。
 もしや、これは……。
 ンドペキの気持ちは揺らいだ。
 本物のオーエンの声ではないか……。

「ホトキンにしてみれば虚しい作業だぞ。本来なら妻のライラを助けることの方が重要だろう」
 ライラ!
「そこを後回しにしてでも、お前達を助けようとしているのだ」
 揺らぐ気持ちに追い討ちをかけられたようなものだった。
 そんなシナリオが組まれていたとは思えないではないか。

「これは恩返しだと思ってくれ。義理は果たす」
 実は、とオーエンの声が話し出した。
「俺は、間違っていたようだ。パリサイドに対して、誤った気持ちを持っていたようだ」
 忘れもしない。
 エーエージーエスでの惨劇。
 パリサイドへの憎悪に駆られ、オーエンは百人もの兵を瞬殺したのだ。
 その時の心情が、数百年間も抱き続けた怨念が、それほど簡単に溶けるはずもない。
「JP01というパリサイドが来て……」
「えっ」


「サーヤが……」
 神の国巡礼教団に洗脳され、宇宙に飛び立ったオーエンの妻、サーヤ。
 JP01がパリサイドとなったオーエンの妻を連れて、エーエージーエスを訪ねた。
 しかし、そのときオーエンがとった行動は。

 オーエンはそれをどう説明するのだろう。
 俺を騙す気か、とその場でサーヤを真っ二つに切り裂いたその行動を。

 オーエンはそのときのことを語らなかった。
 しかし、憎しみが幾分かは安らいだことは、その口ぶりから窺い知れた。
 恩返し、義理を果たすという言葉は、それを表しているのだった。
「そのパリサイドは何度も……、いや、それはもういい」


 ンドペキはスゥを見た。
 スゥは他の人に悟られない程度に、頷いてみせた。
「そいつはよかったな。めでたい日じゃないか」
 ンドペキはオーエンの声に向かって、朗らかに祝福を述べた。
 自分の罪を悔いればいい。
 己が祝福されない人間であることを思い知ればいい。

「さて、大事な話はここからだ」
 オーエンの声が、決然とした口調になった。
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