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サントノーレ 作者:奈備 光

6章

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62 ジュリエットへの言伝

 その頃、夜明け前、スジーウォンはセカセッカスキの飛空艇から物資を降ろすのを手伝っていた。
 サブリナの姿はない。
 しかし、誰も意に介するふうでもない。
 礼を言わなければいけないが、今でなくてもいいかもしれない。
 スジーウォンはそう思った。

 アビタットも今はいない。
 目ざめた時、置手紙があった。
 出立までには戻る、としたためてあった。


 アビタットがハクシュウであるとわかってからというもの、スジーウォンは解放された気分だった。
 カイロスの刃をニューキーツへ持ち帰るという任務も、ハクシュウに委ねてもいい。
 スミソを失ったことに気持ちは塞ぐが、それさえもハクシュウが半分を負ってくれるような気がしたりした。

 何はともあれ、ニューキーツに戻れることがうれしかった。
 ニューキーツを立ち、カイラルーシを経てこの村への移動。
 その間、わずか二晩。
 それでもニューキーツが、エリアREFの暗い通路が、そしてンドペキ達が懐かしかった。
 早く合流したい、という気持ちを押さえきれなかった。

 しかも、ハクシュウと共に帰るのだ。
 浮き立つ心は鎮めようがない。
 できればアビタットの素性をハクシュウ自身が話してくれて、早く皆で笑い合いたいと思うのだった。


「いつ出立するつもり?」
 セカセッカスキの返事は気のない声。
「俺が決めることじゃない」
 パリサイドの指示を待つという。

「サブリナは?」
「ニューキーツで用があるんだろ」
 ぶっきらぼうに聞こえるが、これが彼のスタイルなのだ。
 自分とアビタットをニューキーツに連れて行くことになっても、セカセッカスキは顔色一つ変えずに、そうか、と言っただけだった。

「運賃はいくら?」
「フン。気になるか?」
 と、問い返してきただけで、もう目を向けて来ようともしなかった。

 物資を降ろすのに、そんなに時間はかからなかった。
 数人のパリサイドが手際よく捌いていく。
 セカセッカスキは次のフライトに向けて、飛空艇の調整作業に取り掛かっていた。
 気持ちは焦るが、スジーウォンにできることは待つことだけ。


「おはようございます」
 と、長老が姿を見せた。
「お世話になります」
 パリサイドに頭を下げている。
 感謝という言葉を幾度も使って、長老はパリサイドをねぎらっている。

 アビタットの姿がない。
 スジーウォンはふと不安になった。
 てっきり、長老の元を訪ねていると思っていたからだ。

 長老がひとりになった時を見計らって、スジーウォンは不安を口にした。
「アビタットがどこに行ったのか、知りませんか」
 万一、セカセッカスキの出立までに戻って来なければ困る。
「気になるのか」
 セカセッカスキと同じように、長老がとぼけてみせた。

「や、失礼した。嫌味に聞こえたかもしれないの」
 長老が見事に大口を開けて笑った。
「あの少年がハクシュウだと知った時のあんたの表情。もう誰が見ても、あれだな」
 スジーウォンは顔から火が出るような気分になった。
 恥ずかしさと怒りが入り混じり、今はどんな顔をしているのかと思った。


「あいつにはもう一つ、任務を言いつけたのじゃ」
「えっ」
「ジュリエット長官に言伝があっての」
「そんな……」
「奴のことじゃ、無事に戻ってくる」

 パリサイドに飛んでもらって、カイラルーシに向かったという。
「首尾よく長官に会えれば、そのうち戻ってくるじゃろう」
 瞳に宿った怒りが見えたのだろう。
 長老は、「ふむ。話しておこうかの」と、顔を引き締めた。
「あんたの任務にも関係していることじゃ」


「カイロスの刃を珠に合わせる時が来ておる。昨日話した通りじゃ」
 長老の話は、スジーウォンには理解できないことが多かった。
「私たちは……」
 刃をニューキーツにもたらすことが任務であって、それ以外のことは、と言いかけて口をつぐんだ。
 ハクシュウの任務の全貌を聞いたわけではない。
 それにハクシュウの背負っているものを知っているわけでもない。
 今、己の行動を制限してしまうことはない。


「襲い来る太陽から地球を守るとき。そのとき、人類はある覚悟を決めなくてはならない」
 長老は感無量といった面持ちで、カイロスという言葉を繰り返した。
「カイロスは人を滅ぼす力をも持っておる。その力から逃れなければならぬのじゃ。ありていに言えば、地中深くに逃れなければ人類に未来はない」
 長老が向き直った。
「ところがニューキーツは今やアンドロが支配している。カイロスにまつわる伝承を受け継ぐホメムの子は、姿を隠したというではないか」

 そのとおりである。
 レイチェルがそんな大げさな伝承を受け継いでいるとは思えなかったが、いずれにしろ彼女は死んだ。
 タールツーはアンドロ。伝承を知らないばかりか、聞く耳さえ持たないかもしれない。
「ブロンバーグは、カイロスを発動する前に緊急事態を告げるじゃろう。しかし、今の長官が、世界に向けて発信することを躊躇えばどうなるか」
 長官は首を振った。
「いや、それ以前に、カイロスの発動自体が出来ぬかもしれぬ」


「それじゃ、カイロスの刃をニューキーツに持ち帰ったところで意味はないと」
「いや。刃と珠ははサントノーレ、今のニューキーツにあってこそ力を発揮するのじゃ。持ち帰らねば、始まらぬ」
 長老が空を見上げた。
 東の空が白み始めている。
 その光を圧倒するかのように、オーロラが空を覆っていた。

「つまり、ジュリエットにその助太刀を」
「その通り。彼女がどう動くか、わしにはわからぬ。ただ、カイロスの伝承を忘れてしまったとは思えぬ。何らかの手は打つはずじゃ」
 五色の光が空一面を駆け巡り、激しい踊りを舞い続けていた。。
「いよいよじゃ。その時が来たのじゃ」
 長老が、なんどもその言葉を繰り返した。
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