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サントノーレ 作者:奈備 光

6章

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59 夜の海

 穏やかな浅海である。

 それがバーチャルである証拠に、呼吸ができた。
 ただ、水の中を泳ぐように、動きは制限されている。
 ここで自分たちの武器を発砲できるのか、という不安が浮かんだ時である。
 岩陰から裸の男の子が顔を覗かせたのである。


 ンドペキは心を固まらせ、銃を構えた。
 人間の子供が、水中で呼吸できるはずがない。
「おじさんたち」
 と、子供の口が動いた。
 バーチャルな仕掛けによって出現した人間に興味はない。
 撃ち抜くのみである。

「撃たないで」
 と、また子供の声。
 隊員たちが投げかけるライトに照らし出されて、少年の顔が白く浮かび上がっている。
 夜の海の中、モノクロームの世界の中で、顔には生気がないように見えた。
「多くのアギが死ぬことになるよ」
 ん?

 アギという言葉に、意識の中のイコマが反応してしまった。
 引き金を引くタイミングが遅れた。
「ここには、何百万人ものアギが住んでいるんだ」
「うっ」
 嘘をつくなと、声に出しそうになった。


 この少年の幻影に言葉を掛ける。それはとりもなおさず、バーチャルな仕掛けに乗ることになる。
 あらかじめセットされたストーリーの歯車が回り始め、罠が発動するだろう。
「アギだけじゃないよ、マトもいるしメルキトもいる。アンドロもいるんだ。少数だけど」

 海底の砂が少し舞い上がり、左方へ流れていく。
 その時になって、ンドペキは海流を感じた。
 目の前を小さな魚の群れが横切っていった。
 光が届かない海底は、穏やかだが、何者かが潜んでいるような気もする。
 身を切るように海水は冷たいが、透明度は高く、光は遠くまで届く。遠くの岩礁の陰影がうっすらと見えていた。


 少年が岩陰から出てきた。

 ふざけやがって!
 少年の下半身はイルカの尾のように、ヒレがついていた。
 ヒレをゆっくり捻らせながら、少年は少しずつ後ずさりしていく。
 人魚のお出ましかい!
 くだらぬシナリオを!

 頭に血を上らせている場合ではない。
 そんな反応が、敵を喜ばせる。
「ここで六百年も静かに暮らしてきたんだ」
 少年がふわりと海底の砂に座り込んだ。
 まるで人魚姫のように、尾をくねらせて。


「もうすぐ、他の人も来るよ。僕らの話を聞いて」
 ンドペキは銃を構え直した。
「おじさんたちが何をしようとしているのか、知ってるよ。ニューキーツの長官に用があるんだろ」
 やはり、侵入者である自分たち向けに仕組まれたストーリーなのだ。
「それでも破壊するというなら、仕方ないけど」
 ンドペキは少年の顔に向けて、引き金を引こうとした。

 と、スゥの手が伸びて、ンドペキの腕に触れた。
「待って」
 スゥの緊迫した声が聞こえた。
「破壊しない方がいいと思う。この人、実体がある」

 ンドペキは改めて、少年を見つめ、ゴーグルのモードを切り替えてみた。
 確かに反応はある。
 しかし、それもみなまやかしでも実態はあるようにゴーグルは反応するのだ。
「実体というか、存在を感じる」
「しかし」


「信用してもらうしかないんだけど、僕らはこういう生き方を選んだんだ」
 少年の声が海水を伝わってくる。
「自己紹介したいけど、名前はないんだ。大昔、僕が地球上で普通に暮らしていた時のことは、一切忘れてしまったしね」
 でも、今の姿を見せることはできると、少年の姿が変化した。

 まさしく小さなイルカだった。
 それでも人の声が流れてくる。
「これが、僕が望んだ姿」
 もう、海底に座ってはいない。
 ちょうど目線の高さに浮かんでいた。


 ンドペキはまだ銃を構えていた。
 いつでも発砲できるよう、心を張りつめ、顔をこわばらせていた。

 分厚いコンクリートの壁を突き崩し、穿たれた穴を通ってこの空間に入って来た。
 そんな穴を開けても、バーチャル生成装置は起動している。
 かなり強靭は装置であるといえる。
 やみくもにエネルギー弾を放って、破壊できるものだろうか。
 隊員たちも同じように銃を構えているが、判断しかねているのだろう。
 動きはない。 

「この世界の住人が集まって来たよ。少しだけだけど」
 むっ。
 先ほど通り過ぎていった小魚の群れが戻ってきて、眼の前で群れている。
 ライトに照らし出されて、銀鱗がキラキラと舞った。
「足元の二枚貝もそうだよ。上の大きな魚も」
 海面近くに数匹のサメが旋回していた。
「あの岩に張り付いている貝の仲間や虫も」


 少年の声が改まった。
「もう一度、お願いします。この世界を壊さないでください」
 物語を口ずさむように、少年が話しだした。

 でまかせ話を聞いている場合ではない。
 パキトポークなら問答無用で吹き飛ばすだろう。
 しかしンドペキはイコマの意識が足かせとなり、スゥがまだ手を腕に置いていた。

 ふと、イコマとの意識共有が途切れていることに気づいた。
 バーチャル装置に囚われると、共有は遮断されるということを発見した。
 先ほどの反応は、イコマの反応ではなく、自分の反応だったのだ。
 いつのまにか、自分がイコマであるという意識が、生まれていたことに少し驚いた。
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