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サントノーレ 作者:奈備 光

6章

58/118

58 同期しないわけ

 頭から爪先まで純白の装甲に身を包んだ兵士がシェルタに入ってくるところだった。
「スゥ」
 アヤの呟きは、兵士の姿があまりに凛々しいものだったからだろう。

 そう思いたかった。
 アヤに今、湧き上がっているだろうある思い。
 持て余しているだろうある思い。
 その思いから来た呟きではないことを祈りたかった。


 イコマとの同期が完全化しない理由。
 その理由にも予想がついていた。
 そこにはアヤの思いが絡んでいる。

 その思いの元を、想像することができた。
 アヤはンドペキを、エーエージーエスから救い出してくれた東部方面隊の隊長として接してきた。
 そしてスゥは、エーエージーエスに飛び込んでくれた恩人。
 あの洞窟での暮らしは、その関係の上に成り立っていたのだ。

 今になって、イコマとJP01だけでなく、ンドペキもスゥも、実は六百年前に一緒に大阪で暮らした家族だといわれても、にわかには心の整理はつかないのだろう。
 なにしろ、信頼や感謝や、親しみや友情といった感情以外に、アヤの態度には、かすかにではあるが特別な感情が混じっていると感じたことがあるのだ。
 その感情がスゥに向かうとき、恋敵に抱く思いに繋がっていくことになる。
 アヤはもちろん、ンドペキもことさらそれを口にすることはなかったが。


 ンドペキは自分のこの見立てに自信を持っているわけではない。
 そう感じることもあるというだけのことだ。

 イコマは、ンドペキが感じた印象を認めようとはしなかった。
 生まれては消える小さな感情であっても、好意というようなデリケートな部分で相違があれば、意識の一体化は不完全なものにならざるを得ない。


 スゥが周囲の視線を集めながら、近づいてくる。
 視線を戻し、ンドペキはアヤの耳にささやいた。。
「アヤちゃん、僕自身の気持ちはって言ったよね。僕はンドペキでもあるけど、イコマなんだよ」
 ンドペキは偽りの言葉を口にした。
「一体化してるんだ。意識も感情も。おじさんと呼ばれるなら、こんなにうれしいことはないよ」
 そして、装甲をはめたままの手で、アヤの頭をこつこつと叩いた。
「うん……」

 ンドペキはスゥにそんな話をしたことはなかった。
 彼女は彼女なりに、ユウの意識と闘いながら、自分の意識としての落としどころを探しているだろうから。
 気持ちの上でどう決着をつけるのか、それはスゥ自身が決めることだった。

 自分はどうか。
 今アヤには、イコマと同期しているのだから、もちろん娘として喜んで迎えると伝えた。
 しかし、それは本当に心の底から出てきた気持なのか……。
 自信はなかった。

 そうありたいという気持ちに偽りはない。
 ただ、イコマと全く同じ気持ちでアヤと接することができるだろうか。
 そうしなければいけない、という観念があるのではないか。
 かつてそうしていたのだから、という思い込みに支配されているのではないか。
 そうしなければアヤを悲しませることになるから、という気持ちがあるのではないか。
 なにしろ、六百年も前の関係を再構築しようとしているのだ。
 そんな悩みがあること自体、己の気持ちに嘘をつくことになるのではないか。

 まだ答は出せない。
 アヤにもスゥにも、この葛藤を話すわけにはいかない。

 イコマと自分の意識の完全一体化は、もう実現しないだろう。
 同期してはいるものの、人格としては別、
 いっそのこと、これをはっきりさせおく方が、互いに幸せなのではないか、とも思った。


 作戦の出だしはまずますだった。
 シェルタを出て最初に入る治安省の小部屋。
 その扉を爆破し、まずは騎士団、次にパキトポーク隊、そしてンドペキの隊が出立した。

 仮想空間が張り巡らされているのは想定内。
 破壊しながら一キロメートル程は、何事もなく進んだ。
 パキトポーク隊や騎士団も同じような状況にあった。

 ンドペキは先頭を行き、怪しいと思った空間は躊躇なく破壊する。
 背後には常にスゥの息遣いが聞こえる。
 アヤとの別れ際、スゥはアヤを抱き締め、長官室で会おうね、と言った。
 聞き耳頭巾は持ってきた方がいいかもね、とも。
 彼女らしい行動だと思った。


「人が!」
 叫び声がした。
 瓦礫の山を築きながら突き進み、特別に分厚い壁に小さな穴を穿ち、その奥に広がる暗い空間を進んでいる時だった。
 いつの間にか、これまでとは全く違う景観が広がっていた。
「子供だ!」

 シェルタを出て、それまで見せられてきた景観は、ドライな白い通路がほとんどだった。
 金属的な素材や樹脂系の素材で形作られた廊下。
 壁とほとんど同化した扉が、殺風景な明かりに照らしだされた廊下。
 まさしく政府建物内に広がっているであろう光景そのもの。
 本物と偽の通路の見分けはつかない。
 まさに罠。
 偽の通路をたどれば、どこかに導かれていき、そして始末される。

 しかし、今目の前に広がっている光景は、趣が全く異なっていた。
 手探りするほどの黒一色の世界。
 投光器に照らし出されて、幾分青みがさす。
 上空では青みが増し、小さな光の渦が揺らめいていた。

 足元を見れば、礫交じりの砂地。
 波紋が描かれている。
「海……」
 そんな言葉が隊員の口から漏れた。
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