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サントノーレ 作者:奈備 光

5章

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52 鉄砲狭間

 最後の直線三百メートルを駆け抜け、シルバックが立ち止まった。
 相変わらず霧が深い。
 眼前に目を凝らしても、白い世界が広がるのみで、建物も門も扉も、その輪郭さえ見せない。

 何かをしなくてはいけないのだ。
 ただそこにあるのは、赤い光のラインだけ。
 真っ直ぐ前方に伸びてはいるが、たちまち霧の中に消えている。
 これを遮断すればいいのだろうか。

 シルバックは依然として前方を見つめ、何らかの痕跡を探そうとしていたが、やがて振り返ると、無言のまま光のラインを指差した。
 これを切ってみるしか、できることはないのではないか、というように。
 切れば、アンドロ軍に情報が伝わるのだろう。
 しかし、濃霧の中、ここでできることはそれしかない。

 チョットマはシルバックに、待ての合図を送った。
 この光線にどんなエネルギーが仕込まれているか、知れたものではない。
 手で遮れば、掌に穴が開いてしまうことにもなりかねない。
 赤い光の中に、きらきらと光っている物が見えた。
 霧が反射して光っているのではない。何らかの粒子状の物質が、光によって運ばれているかのようだった。

 チョットマは、装甲の中からいつも身につけている手裏剣と呼ばれるものを取り出した。
 ハクシュウからもらった、角が飛び出したような形状の黒光りする金属板である。
 クシに襲われたとき、ナイフの切っ先から身を守ってくれた、あのときの傷跡。
 隊員たちが見守る中、チョットマは傷跡をすっと撫でてから、躊躇することなく赤い光のラインにかざした。


 つっ!
 チョットマは思わず手裏剣を取り落としそうになった。
 光の圧力に、吹き飛ばされそうになったのだ。
 あっ、と見る間に、手裏剣が激しく燃え始め、たちまち指先には小片が残されるだけとなった。

 しかし、チョットマは手裏剣が燃え尽きる前に、周囲の様子を掴んでいた。
 光が遮られている間、霧は跡形もなく消えうせ、巨大な建物の白い壁が立ちはだかっていたのだ。
 目の前には口を開けているだけの簡素な門があり、建物内に続いていた。

 振り返ってみると、壁が左右から取り囲むように立っていた。
 建物に囲まれた、谷間のような庭の最奥部に到達していたのだ。
 庭の幅はわずか三十メートルほど。
 最後の直線三百メートルは、この谷間を走ってきたのだった。 
 その先には、一面に敷き詰められたコンクリートの床が広がり、一キロメートルほど先には、ブロンクス通りに建ち並んでいるビルの裏側が見えていた。
 先ほどくぐってきた通路もはっきりとそれとわかる。
 空には星が瞬いていた。

 視線を戻し、壁を見上げると、数多くの小さな開口があった。
 鉄砲狭間ではないか。

 まずい!
 この細長い庭で、こちらに身を隠すものはない。
 相手にとっては霧などなく、こちらの姿が丸見えなのだとすれば……。


 とっさにチョットマは、後方を指差した。
 戻れ!と。
 シルバックも同じ考えに至っていていたのだろう。
 たちまち隊列を建て直し、再び霧に覆われた元来たルートを戻っていく。

 チョットマも続いたが、フライングアイが飛び出した。
 あっ、と思ったときには、あらぬ方向に飛び去り、すぐに霧に紛れていった。
 他の門に向かったチームに、指示を伝えるためだろう。


 チョットマは緊張した。
 もしあの無数の穴から狙われては、無事ではすまない。
 反撃することもできない者が、一列になってすぐ目の前の庭を走り回っているのだ。
 これほど狙いやすい的はない。
 しかしシルバックは慌てることなく、一定のスピードを保って確実に赤いラインをなぞっていく。

 さすがシルバック。
 落ち着いている。
 政府建物からの攻撃がいつ始まるか、と気になって当然なのに。
 しかも、方角さえわからない。
 ラインに一瞬でも触れてはいけないのだ。

 ややもすれば注意が疎かになってしまう状況で、シルバックが確実にラインを飛び越えていく。
 隊員達も落ち着いて、ピタリとシルバックに従っていく。
 チョットマは、自分も冷静にならなければ、と言い聞かせた。

 この状況から抜け出してから、どうするべきか。
 無事に避難し終えたとして、他のチームの状況をできることなら確認したい。
 そして、自分自身はできるだけ早く、本来の持ち場である正門に向かわなくてはいけない。


 なんとか、無事にビルの裏口まで行き着けますように。
 いや、そんなことを祈ってどうする。
 あくまでクールに。
 希望は持っていいが、念じたところで誰かが助けてくれるというものでもない。

 それでも、後悔の念は沸き起こる。
 この作戦は失敗だったのではないか。
 そして無駄なことだったのではないか。
 ブロンクス通りで見張っておればよかったのではないか。
 自分達が無事だったとしても、他のチームは。
 もしや……、今頃……。

 ようやく行程の半分。
 時間にして、後十五分は掛かるだろう。
 冷静に、冷静に。
 集中して。
 と、突然、霧が晴れ、ラインが消えた。
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