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サントノーレ 作者:奈備 光

4章

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37 長老の長話

 長老は話好きだったようで、快活に話し出した。
「まず、少年が話したことの間違いを正しておこう。ひとつ目は」
 カイロス収縮派は、装置の起動を阻止しようとするものではない。
 むしろ、正しく起動させることを最優先するものじゃ。
 この装置は一歩間違えば、地球上の人類を一掃するほどの威力を有しておる。

「証拠は見せられぬが、今ここで、サントノーレの者が我々を注視していることじゃろう」
 長老は、再び、今ここでと繰り返し、視線を宙に泳がせた。
 ンドペキは身を硬くし、武器を持つ手に力が入った。
 この老人には、自分たちがすぐそばで聞き耳を立てているのを、見透かされていたのだ。
 ただ、スジーウォンがちらりと振り返ったが、目を合わすこともない。
 彼らにはこちらが見えていないし、声も聞こえてはいないのだ。


「なぜ、わしがそう言うか、わかるかな」
 老人は何事もないかのように、話を続けた。
「カイロス収縮派と展開派。実は、争いをしていたわけではない。むしろ、役割を分担したのじゃ」
 カイロスについて、正しい知識を未来永劫、維持するために。
 ひとつの組織でその知識を保とうとすると、いつしか自分達に都合の良い方向に曲がっていかぬとも限らぬ。
 なにしろその装置は、人類を滅亡させることもできる恐ろしい力を持っておるのじゃ。

「それが証拠に、サントノーレ、今は一般的にニューキーツと呼ばれておるが、そこでもこのカイロスの刃がいかなる状況で保管されておるか、つぶさに確認することができるのじゃ」
 かつて刃が保管されていた部屋は、カイロスの刃が今置かれている空間を体験することができるよう、仕掛けが施されておる。
 部屋に入りさえすれば、カイロスの刃の今を見ることができるのじゃ。
 それは、なぜか。
 いざというとき、つまりカイロスを起動する必要が生じたとき、刃をサントノーレに持ち帰らねばならぬからじゃ。

「ただ、その仕組みを知っておるのは、サントノーレ市長のブロンバーグ、歴代長官。そして仕掛けの開発に携わったオーエン。その他にも、幾人かは知っておろう」
 老人は歴代長官の名を挙げた。
 ……、セッツ、キャリー、レイチェル。
「キャリー。この女性が死んだという確実な報は入っておらぬが、高齢であったことは確かじゃ。レイチェルという若い娘に交替したのじゃから、死んだのじゃろう」
 老人が息をついて、わしも歳じゃから、と呟いた。

「重要なことは、正しい時期に正しい者が、正しい方法でカイロスを起動すること。収縮派と展開派。この二派にとって、これが最も重要なことなのじゃ」
 正しい知識を継承するため、表向き、二派は互いに交流を絶った。
 それぞれが何らかの教義を生み出し、組織としての形を整えた。
 二派の中枢は、ロア・サントノーレの長老ペールグリと、サントノーレ市長ブロンバーグ。
 固き約束をしたのじゃ。
 だが、二百年やそこらで疎遠になっていく。寂しいもんじゃな。
「ブロンバーグよ。聞いておるか」
 長老が宙に向かって声をかけた。


「わしらは、カイロスの刃をサントノーレに持ち帰るべく、準備を進めておった。カイロスを発動させる時期が近づいておるでな」
 しかし、カイラルーシのジュリエットめ!
 まん悪く、やつに攻撃され、飛空艇も破壊されてしまった。
 わしらは、行政上はカイラルーシの管轄下にあるが、身も心もサントノーレの住人じゃ。
 従うつもりはない。
 やつは、それが腹に据えかねていたのじゃろう。
 パリサイドを攻撃する口実に使われてしまった。
「パリサイドの方々には、本当に申し訳ないことになってしまった。それなのにこうして助けていただいて、改めて礼を言い申す。かたじけない」
 カイラルーシでは、ロア・サントノーレはパリサイドに殲滅されたことになっているという。

「ただ、わしらが持ち帰らずとも、ブロンバーグが使者を寄越してくれた。スジーウォン殿、お役目、ご苦労に存じます」
 老人が頭を下げた。
「では、あのカイロスの刃を持ち帰る方法をお話ししよう」
 稜線では、丸太の投下が終わっていた。
「火を放て」
 パリサイドの指揮官が指示を飛ばした。


「まず、さきほどこの少年が口にした言葉から説明しようかの」
 老婆がキッと長老を睨みつけたが、まあいい、というように手で制して、話しだした。
 ああいう言葉は、時として直接的で、時として逆説的でもある、と。
「正しい知識を持っていなければ、なにも得られるものはない。正しい知識を持っておれば、あのような伝承めいた暗号は、本来は要らぬものなのじゃ」

 ヘスティアーとは、神話時代の神。かまどの神と伝えられておる。
 かまどの火。まさしくあれじゃよ。
 長老は、くすぶり始めた丸太の山を指差した。
 あの火に守られた孤児。
 孤児とは。

「これが大方の者には理解できないじゃろう。孤児とは、ある男のことを指すのじゃ」
 男の名はゲンロク。ゲントウの子である。
 ゲントウ亡き後、ゲンロクは装置開発者の息子として、特別な位置にあった。
 表向き、カイロス収縮派に属していたが、装置の誤った使用を最も恐れていた人物である。

「ゲンロクは思いつめておった。メルキトとして、日々の暮らしに倦んでもおった。ある日、恐ろしい決断をし、それを実行に移したのじゃ」
 ゲンロクは特殊な体に身を変えた。
 それが、あそこに立っている太刀じゃよ。
 身を変えたというより、太刀に精神を宿したというべきじゃろうな。
 あれもアギというのじゃろうな。

 そうして、カイロスの刃を飲み込んだ。
 太刀の束に内包しておるのじゃ。
 残された意識は、正しき者が、正しき方法でカイロスの刃を手に入れようとするとき、刃を開放するということのみ。
 正しき方法でなければ、殺してしまう、ということじゃ。


「生贄とは。これは逆説的な言い回しの例じゃな。」
 そんな言い方をすることで、正しき知識を持つ者が確信を持って事を成すために。
「生贄。つまりカイロスの刃は、孤児であるゲンロクが姿を変えたあの太刀、その中にある、ということなのじゃ」
 長老が、少年を見つめた。
 その瞳は透き通っていたが、いくばくかの怒り、そして哀れみが混じっているようだった。

「少年よ。もうひとつ、誤りを正しておこう」
 ヘスティアーに保護されし孤児、生贄を喰らう。と、言ったな。
 少し違うんじゃよ。
 おまえさんが口にしたのは、他に流用された暗文ではないかの。
 正しくは、ヘスティアーに保護されし孤児、喰らった生贄を吐き出す、というものじゃ。

「どうじゃ、これでわかったかな」
 長老はそういって口をつぐんだ。
 入れ替わりに、少年が口を開いた。
「あの泉の水は、どうなるの? その動きによっては……」

「ん? 話さなかったかの。正しき方法でなければ、孤児は刃を奪いに来たものを殺してしまう、ということじゃ」
「じゃ、これが正しい方法なんだね。だから、水は湧き上がっては来ないんだね」
「少年よ。老人が言うことに対して、そんなふうに念を押すもんじゃないぞ」
「ごめん。でも、」
 悪い癖じゃ。でも、というのは。
 見ておればよい。カイロスの刃は手に入るじゃろう。
 長老の瞳に不安が浮かんだが、すぐにそれは消えた。
「わしは、ゲンロクを信じておる」
 水は、ゲンロクの意思が動かしているということだった。


 ンドペキに通信が入った。
「ンドペキ! ごめん! 連絡もせずに! あのヘスティアーに保護されしの言葉の意味が」
 ここまで聞いて、ンドペキはスジーウォンの声を遮った。
「今、俺も長老の言葉を聞いている。おまえのすぐ後ろで。話の方に集中してくれ」
「わかった。でも、スミソが」
「それも後で聞く」
 ンドペキは通信を切った。
 スジーウォンが長老やパリサイドに怪しまれてはまずい。
 そう思ったからだった。
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