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サントノーレ 作者:奈備 光

4章

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34 万華鏡

 ンドペキ達は目を瞬かせていた。
 通路の突き当たりの扉を強引に破壊して、まさに踏み込もうとしたときだった。
 扉が崩れ落ちると同時に、青みを帯びた透明な光が溢れ出してきた。
 暗さに慣れた目には眩しすぎて、ゴーグルを通してもしばらくは目を開けていられないくらいだった。

 てっきり石壁の真っ暗な部屋だと思っていた内部。そこには、万華鏡に青と緑の色紙と砂粒を入れたような光景が広がっていた。
 それらの色がくるくる回る無数の鏡に映し出されたかのように、さまざまに動き回り、集まっては散り、時には踊るように規則正しく震えたりしていた。
 万華鏡の世界は、透明感はあるが、永遠に続くのではないかと思えるくらいに奥行きがあり、まるで威嚇するかのように入ろうとする者を拒んでいた。

 バーチャルな仕掛け。レイチェルのシェルタを守る罠。
 ここでは電力が生きている。
 手ごわい。
 ンドペキは正直にそう呟いた。
 スゥ、マルコとミルコの二人の隊員。
 四人は、部屋の入口に立って、その色の狂宴を見つめた。


「難関ね」
 スゥの声にハッとして、ンドペキは立ちはだかった。
 以前、スゥはエーエージーエスに飛び込んでいった。あのときのように、この得体の知れない内部に飛び込まれては困る。
 不自然に見えないように体を向けたつもりだったが、スゥはそれを察したのか、
「でも、飛び込んでみるしか、手はないよね」と、自分の手をンドペキの腕に添えた。

「待て! お前は」
「お前は、ってなに?」
 何かと言われて、応えようがない。
 結婚しようと言ったじゃないか、では答にならない。
 ンドペキは、できる限り落ち着いた返事をした。
「ここは、俺が行く。コリネルスがくれたロープ。もう一回、出番だ」

 ンドペキは、一旦はずしたロープをまた腰に巻きつけ始めた。
「でもさ」
 スゥは万華鏡の光から目を放さない。
 腕に置いた手が滑り降り、ンドペキの手を握ろうとしたが、手はロープを結わえるのに忙しい。
「ねえ、ンドペキ。こんなわけのわからない所に飛び込むのは、兵士じゃなく、呪術師の役目だと思わない?」
「思わない!」
「ねえ、マルコ、ミルコ、そのロープ、私に」
「ダメだ!」
「どうしても?」
「頼むから」


 光の渦は依然として美しく、同時に、足を踏み入れるべきではない雰囲気を放っている。
 暗闇より、色の狂宴は凄みがある。
 乱れ狂う光に照らし出され、通路の石壁にも床や天井にも、さまざまな色が踊り狂っていた。
 ここに足を踏み入れることは、単なる死より恐ろしいことが待ち受けていることを予感させた。

「あっ!」
 隙を突かれたンドペキが叫ぶ中、スゥが、
「ンドペキ! 昨日の申し入れ、喜んで受けるわ!」と、飛び込んでいった。
「待て!」
 ロープはまだ結べていなかったが、ンドペキもスゥを追って万華鏡に飛び込んだ。
「手を!」
 せめて、手をつないで!


 次の瞬間、ンドペキは見たこともない場所に立っていた。
 清々しく、冷涼な空気。
 抜けるような青空。太陽の光が眩しい。
 荒涼とした大地。

 百年以上前に流行した、バーチャル体験そのもの。
 時空を瞬間移動したわけではない。
 まるで自分の身が別世界に飛んだかのような、偽の世界。
 実際はあの竪穴のひとつの部屋の中にいるはず。

 声が出なかった。
 スゥの顔を見たいと思ったが、それは周りの状況を把握してから。
 ここは、お遊びでバーチャル体験をさせてくれる装置内ではない。
 シェルタを防御する仕掛けの中なのだ。
 安全であるはずがない。

 何らかの攻撃を受けるのか、あるいは、心が支配されるのか。
 完全に作りこまれた世界で、己の感情と思考を正常に、かつ客観的に保つことは難しい。
 今から、あるいは既に、何らかの感情コントロールが始まっていると考えておいたほうがいい。
 壁が実体化するというような物理的であからさまなバリヤではなく、手の込んだ罠なのだ。


 目の前に広がる世界。
 ゆるやかに上っていく稜線。
 頂上付近は雲が掛かって見えないが、おおらかな地形が続く。
 石ころだらけの大地は、ところどころに黒々とした森を育み、人の手が及んでいない様子が見える。
 気温は低く、空は青く澄んで、大気の汚染濃度は計測不能なほど低い。

 景色の中に動くものはない。いかなる音も聞こえない。
 これは景色だろうか。
 それとも、二次元の絵画だろうか。
 ンドペキは黙って、微動だにせず、目の前の稜線だけを見つめていた。
 体のどこか一部でも動かせば、一言でも声を発せば、この景色は瞬時に折り畳まれ、万華鏡の世界に閉じ込められてしまうかもしれない。
 あるいは、舞台の幕が落ちるように景色は消え失せ、罠の本体が姿を現すのかもしれない。

 かなり長い間、さまざまな可能性に頭を回転させながら、稜線だけを見つめていたが、ふと風を感じた。
 バーチャルであろうと、この空間に、自分の肉体が存在していることだけは確かなようだった。


 つないだ手が握り返された。
 スゥがすぐ横に立っている。気配が感じられるし、ゴーグルにもそれとわかるマークが付いている。
 しかし、顔を向けてみることは躊躇われた。
 体を硬直させ、ンドペキの目は稜線をなぞっていった。

 ふと、不安が胸をよぎった。
 本当に、スゥなのか。
 目を向けたとき、見えるものは……。
 亡者のような姿の者、異形の者だったら。
 あるいは、手を握られている感触だけがあるのだったら。
 スゥがすぐ横にいるにもかかわらず、自分には他の者に見えたり、何もないように見えるのだったら。

 恐怖は急速に大きくなり、ンドペキは握った手を強く握り返した。
 反応はない。
 とうとうンドペキは、頭を少し動かし、隣に立っているはずのスゥを見ようとした。
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