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サントノーレ 作者:奈備 光

4章

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32 サントノーレ

 チョットマの部屋に、珍しくライラが顔を覗かせた。
「いいかい?」
「もちろん!」
 四方山話をしにきたわけではあるまい。
 チョットマはうれしさ半分、緊張が半分あった。
「ふうん。狭いけど、居心地よさそうじゃないか」
「うん。ニニの部屋を見習って。というか、彼女がしてくれたの」

 たまたま、ニニは街に出かけている。
「そうかい。あの子の具合はどうだい?」
 ニニは、一時ほどには取り乱すこともなくなった。
「落ち着いてるよ」
 しかし、セオジュンとアンジェリナがいなくなったことを、受け入れることができるようになったかというと、そうではない。
 今日も、ヒントをくれそうな人がわかったから会って来る、と出かけていったのだ。

「どうも、今日会う人、政府に勤めてる人みたいだけど」
 表情は変えなかったが、ライラが小さく息を吐き出した。
「チョットマ、おまえに話しておきたいことがあるんだよ」
「うん」
「長い話になるけど、おまえ、次のシフトはいつだい?」
「今日はもうないよ」
「そりゃよかった。最近、ゆっくり話すこともできなかったからねえ」

 チョットマがライラの部屋に行く回数も減ったし、留守のときも多くなっていた。
 それに、パリサイドがサキュバスの庭に出現したことで、ンドペキからは、よほどのことがない限り、あそこに降りていくことを禁止されてしまった。
「さて、街のことから話そうかね」
「うん」
 ニューキーツの街は、海岸沿いにあるキーツの街が移転してできた街だ、ということは前に話したね。
 元は小さな港町だったものが、あの巨大実験施設、エーエージーエスの建設や運用によってにわかに活気ある街に発展したのさ。
 今日話したいのは、それよりもっともっと古い時代の物語さ。


 ライラの話は、そんな解説から始まった。
 長くなる話だ。チョットマは、いつもライラがしてくれるように、フルーツと飲み物を用意した。
「気が効くね」
「ううん。本物の果物はないから」
「あたしゃ、これが大好物だよ」

 一方、キーツの郊外にあるこの地には、自らをカイロスの民と呼ぶ人たちが小さな村を作り、自治によって街を運営していた。
 一応はキーツの街の一部ということになっていたけど、アンドロもいないし、半ば放置されたような状態だったんだよ。
 実は、それよりもっと遠い昔は、鉱山があってね。金を初めとするメタルを採掘していた。
 エリアREFはその名残さ。
 カイロスの民も、その残り滓を集めては暮らしの足しにしていたんだよ。

 どちらの街の人間も、相手の街に係わり合いにならないようにしながら、それぞれ平穏に暮らしていたのさ。
 しかし、世界戦争に巻き込まれたキーツの街は荒廃しきってしまった。
 キーツの連中は街を捨て、ここに無理やり移住してきて、街の名をニューキーツとしたんだ。
 この村は飲み込まれてしまったのさ。
 勝手なことをするもんさ。
 この街の元の名は、おまえももう知ってる通り、サントノーレ。


「うん。知ってる。門番さんのところに書いてあるから」
「じゃ、カイロスの民って、どんな連中か、知ってるかい?」
「……だいたいは」
「じゃ、きちんと話すよ」

 昔、ゲントウという科学者が、キーツに住んでいた。
 とても優秀でね。とても重要な装置をいくつも開発したんだ。
 その内のひとつ、カイロスという装置は、地球の滅亡を救うものだと言われている。
 そしてもうひとつ、クロノスという装置は、地球滅亡後に人類を救うものだと言われているんだ。
 当時から、太陽フレアの極大化が数百年後に起こり、そのとき地球という天体は、人類が慣れ親しんできた地球ではなくなるだろうといわれていた。
 装置はそれを回避するためのものだったんだ。

「科学技術ってものが流行ったのは、その頃までだね。その後、世界はどんどん後退してる。今じゃ、まるで二十一世紀だよ」
 見かけはね、とライラは付け加えた。
 見えないところで、アンドロが過去の科学技術の成果を利用して、人々を潤しているからだ。
「人類は宇宙にも飛び出していった。海も地底も活用することができるようになった。でも、そこから一歩も出られないどころか、地面に張り付いて生きていくだけの不器用な動物に逆戻りさ」


 過去を知らないチョットマにとって、そんな話は面白くはない。
「そのゲントウっていう人は、マト?」
 どうしても、質問は現実的になってしまう。
「チョットマ」
「はい?」
「マトかどうか、なんてことは大切なことじゃないよ。人はさ、人であれば、みんな同じさ」
「うん」
「お前のようにクローンであっても、ハワードやニニのようにアンドロであっても」
 チョットマは、ハッとした。
 自分がクローンであることは、まだ話していないのに。
 話せば、レイチェルの死を説明しなくてはならなくなるから、伏せられていることなのに。
 しかし、ライラは何食わぬ顔。
 人工フルーツをがぶりと口にすると、また話し出した。

「ゲントウはマト。でも、もう死んだよ。いい男だったけどね。事故でね。この街の地下水系に転落したのさ」
 それでは、レイチェルと同じではないか。
 ライラはそれも知っていて……。
 自分の都合のいいことだけ話して、都合の悪いことは黙っておくというのは、卑怯者のすること。そう叱られたことを思い出す。
 ここで黙っているのは、それこそ確信的に卑怯……。
「ライラ……、私……」
「いいんだよ。お前はンドペキ隊の兵士なんだから」

 ライラはすべて知っているんだ。
 チョットマはそう思った。
「だから、話すべき時が来れば、話すべき人の口から語られる。それでいいのさ」
「……うん」
 ライラの手が伸びて、チョットマの緑色の長い髪に触れた。
 チョットマの目に、涙が滲みそうになった。


 カイロスの民が棲みつく前のサントノーレ。
 まるで廃れた村。住んでたのは数十人。
 閉山の村の成れの果てさ。
 あたしの先祖は、鉱山技師だって聞いてるよ。
 あたしはずっと、ここに住み続けている。
 生まれてこの方、数百年もね。
「ライラは、この街の人だったのね」

 生まれ故郷。
 生粋のサントノーレ人。
 チョットマは、そんな言葉を使うことは今までなかったし、聴いたこともなかった。
「そうさ。不器用だからね。他の街じゃ、あたしみたいなお転婆は、やっていけないよ」
 ライラはうれしそうに笑って、またフルーツを口にした。
「最初の再生地はランダムに選ばれたけど、私はたまたま、自分の生まれ育ったこの街。それがあたしの最初で最後の強運、ってもんだね」
 ライラは笑った後に、「ここが、生まれ故郷さ。おまえもね」
「だね!」


 ライラの話が続いていく。
「カイロスの民って言われ出したのは、ずっと後の時代」
 ゲントウがその装置を作ってから、年月が流れた。
 装置の存在そのものが忘れ去られた。
「ゲントウはその装置のことを、公開しなかった。それほど、強力なものなんだろうね」
 どんな効果を発揮するのか。どこにあるのか。もう、誰も知らないんだよ。
 もしかすると、オーエンは知っているかもしれないけどね。

「オーエンとゲントウは、エーエージーエス建設当時の盟友だって、ホトキンから聞いたことがあるよ」
「そういや、旦那様はお元気?」
 チョットマの拳にはまだ、ホトキンを殴った感触が残っている。
「さあね」
 時々ホトキンがエリアREFに戻って来ていることを、チョットマは知っていた。
「ふん。元気にしてるさ。生身の人間だから、食料もいるし、用事があるたびに戻ってくる」
 憎々しそうにライラは言うが、まんざらでもないのだろう。
「あいつも他人様のお役にたてて、思い残すことはないだろうさ」などと言った。


「さあ、話の続きだよ」
「はい」
 忘れ去られた村に、いつの頃からだろうね。少しずつ、人が増えてきた。
 その連中がなぜこの村にやってきたのか、最初の頃はわからなかった。
 でも、彼らが自らをカイロスの民と呼び始めたことで、何らかの目的を持ってやってきたことがわかった。
 目的は、ゲントウの作った装置カイロス。
 カイロスを守ること。

「元の住民は、その装置のことも忘れていたし、まさかそれが自分たちの村に関係しているとは、思ってもみなかったんだ」
 カイロスの民は、装置の存在をひた隠しにしているようだった。
 しかし、長い年月が経つ間に、少しづつわかってきたこともある。
 まず、その装置を発動させるために必要なもの。
「それがカイロスの珠、カイロスの刃って言われているものだよ」
 昔、それらはいずれも、このサントノーレに保管されているということだった。

「ところがさ、人間ってのはあてにならないね。数百年の間に、カイロスの民も変質し始めたんだ」
 地球を守るためにある装置が、いや、地球を破滅させるものだと言い出した連中がいたんだよ。
 やがてカイロスの民は、二派に分裂した。
 いざというときにカイロスを発動させて地球を守るという「カイロス展開派」。
 そして、カイロスが発動すればブラックホールが出現し、地球は吸収されてしまうという「カイロス収縮派」に。


「あたしはどちらが正しいのか、なんてことには興味はないよ。でもね、元々ゲントウが地球を守ろうと作ったものだったなら、カイロス展開派の意見が正しいんだと思うよ」
 当然、二派は相容れない。
 百年以上に渡って異なる意見がぶつかり合い、さまざまな伝承が生まれ、何が正しいのかもわからなくなってしまった。
 そしてその間に、伝承は宗教的に色彩を帯び始め、ますます真実を見えないものにしていった。
「とうとう、カイロス収縮派が先手を打った。大切に保管されていたカイロスの刃を持ち出してしまったんだ」
 当時、この村は大騒ぎになったけど、後の祭りさ。

「出て行った連中が、ユーラシア大陸にロア・サントノーレという村を作って、そこに立て篭もってしまったという噂を聞くのは、それから二十年程経ってからだよ」
「ということは、カイロスの珠ってのは、この街にあるの?」
「そういうことになっているよ。その在り処を知っているのは、ごく一部の人だけ。長官と市長だけじゃないかな」
 この街に数百年住み続けてきたライラも知っているかも。
 チョットマはそう思ったが、何も言わなかった。
 扉を叩く音がしていた。
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