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サントノーレ 作者:奈備 光

3章

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31 冒険ごっこ

「行くか」
 クシの死体改修である。
 元兵士が立っていた場所。通い慣れた通路である。
「スゥ、さすがだな」
 死体改修は、通例では2週間後と決まっている。
 しかし、マトやメルキトの再生は行われず、大蛇も姿を消して久しい。
 二週間も屋根の上に晒しておく必要はもうない。
 わずか一晩で、回収に向かおうとしているのだ。

「ライラもよく了解してくれたな」
「だって、二週間待つ間に電気の供給が止まれば、困るでしょ」
 大規模な太陽フレアが襲ってくれば、この階段室そのものが使えなくなる。
 そうなれば、死体は屋根の上で朽ちるに任せることになる。
 実質的な支障はないが、死体はそれなりのルールに則って葬らねば。

「でも、釘を刺されたわ」
 決して、一時の感情で命を粗末にしないこと。
「ライラ、それはもう、心配してくれてた」
 もちろんンドペキは、階段途中にある横穴を調べるつもりでいる。
 ライラにはわかっているのだ。
 その先にレイチェル騎士団のシェルタがあるのではと、ンドペキ達が乗り込んでいくということを。
 スゥに、ついて行くなと言っているのだ。

「でも今日、クシを回収に行くことに了解してくれた。それは、まあ、すべてを飲み込んで、ということだよな」
「そりゃあ」
「ん、そりゃ、なんだ?」
「なんでもない」
 ライラがンドペキに親しみと期待を持っているから。
 スゥはあえてそんなことは言わずにおこうと、思ったのだろう。


 昨日と同じように、階段室に入ると、スゥは立会人の顔になった。
「静粛に。繰り返しになりますが、勝手な行動は慎んでください」
 階段を登っていくのは、昨日と同じメンバー。ンドペキの他に、隊員が二名。
 ただ、ンドペキはバックパックを背負い、その中に非常用の食料、エネルギーパットや大量の弾薬、そしてフライングアイを忍ばせていた。

 死体は予想通り、昨日の状態のまま、ステージに釘付けされていた。
「急いで。大気の状態が、いつもと違う」
 やたらと気温が高い。しかも、大気が電気を帯びているのか、空が白っぽい。
 黒雲が立ち込めているわけでもないのに、雷鳴が轟いていた。

「電源が落ちたら、この階段はどうなるんだ?」
「石の塊になるわ」
 大昔のバーチャルは、そこにないものを出現させるのが関の山だったが、現代では、そこに存在するものを消すことができる。
 つまり、大量の石材に少々位相を移動してもらって新しい空間を作り出し、そこに階段を架けるというようなことが。
「ということは、降りていく途中でもし電源が落ちたら、壁の中に生き埋めになるってことだな」
「あるいは、そのまま壁が実体化しないか」
「それじゃ、防御壁の意味がないだろ」
「そういうことになるかな」

 再び雷鳴がとどろき、ビリビリと空気が震えた。
 突如として強い熱風が吹き付けてきた。
「やばいんじゃないのか」
「まあね」
 いつ停電になってもおかしくない状況である。
「スゥ、ちょっと話があるんだけど」
「そんな話、聞く気ないよ」

 もう悟られていた。
 階段を降りていくのは自分だけ、という提案は。
「ンドペキ、あなたがなにを言おうとしているのか、わかるよ。でもね、私は私の仕事をしなくちゃいけない。そこはわかってよ」
「そうか。仕事か……」
 それはそうだ。
 スゥは個人的な意思で、恋人の死体回収作業につき合ってくれているのではない。これはエリアREFでの、彼女の仕事なのだ。
 ンドペキはあっさり引き下がった。
「わかった、じゃ、急ごう」
 身の安全を仕事に優先するようなスゥではない。


 ただ、隊員達は巻き添えにしたくない。
「お前達は……」
「ちょい待った! ンドペキ、それはない話だぜ!」
 いきり立った隊員が、クシの死体を乱暴に担ぎ上げた。
「さ! 降りようぜ!」
「俺は、レイチェル騎士団に最初に挨拶する隊員になりたいと思ってるんだ!」

 彼らがそういう反応をするだろうことはわかっていた。
「しかしな」
「シェルタを見つけるチャンスを、独り占めしようってのか?」
「隊長こそ、ここに残るんだな! それが隊のためだ。ほら、フライングアイを俺達に!」
 雷鳴が間断なく聞こえてくる。
 ますます近づいてくるようだ。しかし依然として空は明るく、熱風だけが激しさを増していた。

「じゃ、こうしよう。全員が揃ってお陀仏ってのはまずい。まず、俺が降りていく。次に、お前達。しんがりに立会人だ。いいな!」
「了解だ!」
「踊り場で待っている」
 ンドペキは階段室に飛び降りた。
 降りるだけなら、踊り場まで十秒とかからない。
「よし! 次!」

 最後にスゥの番。
「やめろ!」
 ンドペキの叫びは一瞬遅く、スゥが飛び降りた後だった。
「やばい! 急げ! 急げ!」
 背中から胸にかけて、氷の槍で貫かれたような気分がした。
「スゥ! 壁が実体化する! 早く!」

 イコマの意識が飛んでいた。
 送電が止まったのだ。


「うわ!」
 と、スゥが踊り場に到着した。
「やばかった!」
 たちまち、壁が姿を現し、瞬く間に石壁で埋まってしまった。
 一瞬遅ければ、どうなっていたことか。
 だれもが大きな吐息を吐き出した。

「これ履いてきててよかった」
 スゥがローブの裾をあげて見せた。
 兵士用のブーツ。しかも最新式の。
「ローブの下は完全武装」
「頭はどうやって守るんだ。素顔じゃないか」
「抜かりなし」

 スゥはヘッダーだけはつけていた。
「ゴーグルはないけど、有毒ガスなんかないと思うし、普通の声で届く範囲で行動するでしょ」
「そりゃそうだが」
 確かに、そもそも戦闘が起きる確率は極めて低い。
 戦うとすれば、相手はレイチェル騎士団ということになる。それでは本末転倒だ。
「ほれ、せめてこれをつけろ」
 ンドペキは、非常用の簡易マスクを取り出した。

 隊員達も、それぞれバックパックを背負っていて、中身を確認している。
「楽しみだぜ!」
 ンドペキも心が自然と浮き立ってきた。
 やっとレイチェル騎士団と合流することができる。
 長かった、とは隊員達は言わなかったが、言葉にそれが表れていた。
「したい処理の役を買って出た甲斐があるってもんだ!」
「どんなやつらだろ」
「おまえ、無礼なことをいうなよ」
「おまえこそ。安全地帯で今まで何をしてたんだっ、なんて言うなよ!」

 ンドペキは念のために確認した。
「スゥ、この下の扉、あれも今は開かないんだな」
「そうだと思う」
 ということは、この真っ暗な階段室に閉じ込められたということになる。
 電源が復旧すれば、事無きを得るのだろうが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「昔の兵士たちは、下の部屋にいるんだろうか」
「もう、いないと思うよ」
「よし」
 邪魔は入らない。


 ンドペキは、作戦のあらましを説明した。
「もう屋根の上には出ることができず、かといって、下の通路に出る扉を開くこともできない」
 昨日見たときには、真っ暗で先は全くの闇に包まれていたが、今はその先が見える。
 隊員が既に、奥の扉をスコープで入念に調べ始めている。
 依然、真っ暗だが、隔てているものは普通の空気だけで、ライトの光がはっきりと扉を照らし出していた。
 扉はほんのすぐそこ、三十メートルほど先。
「やはりここにも仕掛けがあったんだな。今は電池切れというわけだ」

 目視では、扉には、なんの仕掛けも見つからなかった。
 ただの木製の扉。
 外から開けることが想定されていないなら、ドアノブがないかもしれないと想像していたが、そんなこともなかった。
 だが、当然何らかのセキュリティはかけられているだろう。

 イコマの思考が落ちると同時に、フライングアイも役に立たなくなったが、もうそれは必要ないだろう。
 しかし、いつ何時、電力が復旧するとも限らない。
 そうなれば、この通路に仕掛けられた罠が発動するだろう。
「選択肢は二つ」
 ここから、あの扉を爆破して突破する。
 もうひとつは、ドアを普通に開けようと試みる。

「あの向こうに、レイチェル騎士団がいる可能性もあるなら、いきなり爆破ってのも、乱暴だな」
「挨拶もくそもあったもんじゃない」
 隊員たちが口を揃えていった。
 シェルタそのものはエリアREFの地下深くにあると聞いている。
 しかし、出入り口のひとつがこの扉なら、要員が配置されていてもおかしくはない。
「爆破案には反対だ、ってことだな」
「隊長が決めればいいけどね」


「マルコ!」
「おう!」
「ミルコ!」
「おう!」
 ンドペキは隊員達の名を呼んだ。
「作戦はこうだ」
 ンドペキはバックパックからワイヤーを取り出した。
「こんなに長いのは必要なかったがな」
 カットラインほどではないが、強靭でしなやかなものである。

「コリネルスが持たせてくれた。というより、強引に持たされた」
「なんだよそれ」
「一人がこれを腰に巻いて、あの扉まで行く。途中でもしバーチャルな罠が発動したら、これでもって引き寄せる」
「だ!」
「おい! いくらなんでも!」
「そう、俺もそんなみっともないことできるか!と言ったんだが、コリネルスが」

 ンドペキはワイヤーを解いていった。
「確かに、それが確実ね」
「おい! スゥ! 冗談じゃない!」
「三つの子供の冒険ごっこじゃないんだぞ!」
「それにだ! 扉が開いて、向こうにレイチェル騎士団がいたらどうする! そんな格好を見せられるか!」

「ということで、俺がこれを腰に巻いて、扉まで行く」
 ンドペキはさっさとワイヤーを腰に括りつけた。
「物理的な罠が仕掛けられているかもしれない。なにしろ外から入ることは想定されていない扉だ」
「なっ、隊長、そりゃ……」
「立会人の言葉を忘れたか? 行けば非常に恐ろしいことに巻き込まれます、と言ったよな、スゥ」
「うん」
 実際、電源が落ちた今、電気的な仕掛けは用はなさない。しかし、万が一ということもある。

「ドアをノックして開けてくれるような場面じゃないだろ。いざとなれば爆破だ。ここで待っていてくれ」
 と、ンドペキは横穴に飛び込んだ。
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