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サントノーレ 作者:奈備 光

3章

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29 もう偶像になってる

 あと少しで、カイロスの刃が突き立っている稜線に行き着く。
「もう、カットラインは大丈夫!」
 スジーウォンは、少年の背中から前に飛び出した。
 一刻も早く、スミソが消えたところに。

「まずい!」
 カイラルーシ軍の戦闘機が近づいていた。
 ゴーグルにもそれとわかる影が映っている。
 出撃は少し遅れたようだが、やはり情報は正しかったようだ。
「追いつかれる!」
 さすがにスピードは段違い。
 炎に包まれたロア・サントノーレはおろか、スミソが消えた位置までも行き着けない。
「どうする!」


 その頃、チョットマはパリサイドの群れに対峙し、緊張する時間を過ごしていた。
 パリサイドには代表者といえるような人物はおらず、やたら騒がしく、傍若無人で不愉快な連中だった。
「こいつが、人を殺したんだ!」
 そう叫ぶパリサイドに、ンドペキが武器をガチャつかせている。
「なんなら、もう一丁やってみるか」
 と、挑発までして。
 横にはパキトポークの巨体が控えている。

「こいつは無視して、落ち着いて話し合いましょう」
 コリネルスが提案している。
 柔硬両面作戦である。
 所詮、相手は烏合の衆。
 ンドペキ、パキトポーク、コリネルス、ロクモンの巧みな折衝によって、パリサイドはおとなしくなっていった。
「では、一旦は元の部屋にお戻りになり、代表の方を決めていただいた上で、再び機会を持ちましょう」


 同じ頃、イコマはユウとの会話を思い出していた。
 アギを実体化する、つまり身体を持った人間に戻す計画があるという。
「ん? でも」
 すでに、ンドペキという肉体を手に入れたではないか。
「前にも言ったけど、太陽フレアの極大期が近づいている」
「ああ。知ってるよ」
 いつ襲ってきてもおかしくない状況である。
 現に、頻繁に停電は起きるし、通信網もその都度、大打撃を受けている。

「今回のは、人類がこれまで経験したことのない規模。万一……」
 と、ユウは言葉を濁した。
 アギ達の間でも噂になっていた。
 地球の電気的なシステムは、すべて完璧に破壊されてしまうというのだ。
 アギもとうとうお陀仏だと。


「アギの思考も、あるときプッツンだな」
「そうよねえ」
 ユウは明確に言わない。
 イコマの意思を尊重するという。
「ユウやアヤちゃんと再会できて、それで満足するべきなんだろうな」
 イコマは朗らかに言ったが、ある程度の覚悟はできている。
 そうなることを見越して、ユウはンドペキと思考を一体化させたのではなかったのか、と思っている。
 つまり、アギのイコマは消滅するのだ。

 アギを実体化する計画……。
 自分とンドペキのように、アギと、マトやメルキトの誰かを同期させることなのだろうか。
 それは大きな混乱を招くことになる。
 そもそも同じ人間ではないのだから。

 いや、もしや。
 ンドペキが自分のクローンではなかったとしたら……。
 思考が一体化してしまえば、そんな疑念は浮かびもしない。
 現に今、違和感は全くない。
 しかし、ユウがそんなことをするはずがない……。
 イコマは不安を胸の外へ追いやった。


「なあ、ユウ。その計画ってのに、乗るべきなのか?」
 ユウは応える代わりに、昔話を始めた。
「知り合った頃のこと、覚えてる?」
 六百年前、大阪の街。 
 思えば奇妙な恋人同士だった。
 あまりにも歳が離れていた。
 やがて一緒に暮らすようになったが、なんとなくじゃれあってばかりで、結婚という節目を迎えることはなかった。
「どこへ行っても、私、ノブの会社のスタッフ、ってことになってたよね」
「そうだったな……」
 自分は世間の目を気にしていたのだろうか。そんなことを思ってみたこともある。

 事務所兼住まいのマンションの狭い一室で、大いに愛を語った。
 しかし、何十年付き合おうとも、結局は結婚もせず、子もない。
 そしてアヤが参加し、三人の家族になった。形の上では。
 楽しかった。
 小さな一粒の幸せを感じていた。
「悪かったと思ってる」
 その関係が、いや、その関係に甘んじてしまっている自分のふがいなさがユウを苦しめていたということを、今は知っている。
 形にすること。それが次のステップに繋がるのに。
 自分には、それができなかった。


「私さ、自分でもよくわからない」
「ん?」
「以前のノブのままでいて欲しいのか。変わって欲しいのか」
 離れ離れになってから、六百年。
 ユウが神の国巡礼教団に伴って宇宙に飛び立ってから数えても、数百年が経っている。
「ずっと考えてきた。私にとって、ノブの存在って……」

「……」
 返す言葉もない。
 相手にとって、自分はどんな存在なのかを言葉にすることは難しいが、それでもなにか言うべきなのだろう。
「どうすれば、ユウが心の底から安心し、心の底からうれしいと思うんだろ。未だに、それさえわからない自分が情けないよ」
「ううん。私は今、とっても幸せ」
 ユウがそう思っていないことはわかっていた。
 もちろん二人の、そして三人の再会を喜び、これから始まる幸せは疑う余地がない。
 しかし、なにかが足りていない。ユウはそう感じているのだ。


「表現が正しいのかどうかわからないけど、私の心の中で、ノブはもう偶像になってる」
 言いたいことがわかるような気がした。
「ユウ、それは僕の方も同じだな」
 離れ離れになっていた年月はあまりに長い。
 目の前に今いるユウは、あの時のままのユウだろうか。
 ありえないではないか。
 そんな気持ちが、心の真ん中にある。
 そのこと自体許せないが、時間の重さを素直に受け止めなくては、とも思うのだった。

 
「近々、あるメッセージがノブにも届くはず」
「ああ」
「肉体を提供するという内容の」
「……」
 なるほど。
 それほど重要な事柄も、ユウはこうして欲しい、と言わない。
 付き合っていた頃のユウなら、こうすればいいと思うよ、などと口にしただろう。
 いや、それも幻想だろうか。
 あの頃でさえ、そこまでは踏み込めない関係だったのだろうか。

「ユウ。ちょっと確認するけど、ンドペキのことじゃないんだな」
 あっ、という顔をして、ユウは口元に軽い笑みを見せた。
「全然違う新しい身体」
「誰かと同期するってやつじゃなく?」
「そう。全く新品の体」
「ふう!」
 ンドペキと二人、ユウの手によって、同期することになった。
 そして今、この再会を、アヤも含めたすばらしいひと時を、ユウは作り出してくれた。
 その上で、自分は肉体を得ることになる……。
 それがどんな結果を生むことになろうとも、ユウが意図したことなら、何だって受け入れる。


 しかし、ユウの口ぶりは重い。
「でも、一旦肉体を手に入れると……」
 歯切れ悪く、逡巡が声に滲んでいる。
「もうアギではなくなるから」
「うん」
「だから、未来永劫の命は保障されない」
「なるほどな」
「アギに与えられている特権……」
 どの街にも属さない代わりに、どこにでも行ける。フライングアイとして。
 そして、決して失われることのない記憶。
「これも消滅する」
「そんなもの、いらないよ」
「そう……」

 ユウがパリサイドとして消えることのない命を持っているのなら、自分も永遠の命をもってユウと共に暮らしたい。
 これは本音だ。
 しかし、記憶データとして未来永劫、ユウに対峙することが本当に幸せといえるのだろうか。
 自分にとってではなく、ユウにとって。
「そういや、フライングアイ、ひとつしか使えなくなった」
「そうなの……」


「で、聞くけど、そのメッセージが来たら、どうすればいい?」
 どんなことになろうとも、ユウの気持ちに従う。そう決めていた。
「じゃ、はっきり、言うわね」
「そうしてくれ」
「ノブに生きていて欲しい。その申し入れを受けて欲しい」
「うん、そうするよ」
「ありがとう。でも……」
 ユウの声が、また詰まった。

「つまり、アギはパリサイドになる、ってことなんだけど……」
「おっ!」
「勘違いしないで。地球をパリサイドのものにしよう、ということじゃないの」
「えっ、あ、そんなこと思ったんじゃないよ」
「でも、今」
「僕が驚いたのは、これで正々堂々、ユウと一緒にいれる、と思ったんじゃないか」
 ユウの顔が見る間にほころんでいった。
「見損なっちゃいけない。僕はユウと一緒になるためなら、パリサイドであろうが、泥人形であろうが、全然かまわない」


 ユウが、ほっとしたように笑った。
 今、パリサイドの立場はあやふやだ。
 地球に帰還してきたとはいえ、受け入れられているとはいいがたい。
 パリサイドを排除する。戦闘やむなし、という空気も広がっている。
 そんなとき、アギが皆パリサイドになれば、その力関係に大きな変化が起きるだろう。
「そんなこととは関係ない話なんだけど」
 ユウは不安だという。
 多くのアギが申し入れを拒むのではないかと。
「でも、受けてくれないと、助けられない」

 もう少し時間があれば、マトやメルキトを作る技術も取得できる。
 しかし、太陽は待ってくれそうにないというのだった。
 パリサイドの肉体なら製造できる。
「じゃ、楽しみにしてる。この話は、まだ誰にも内緒」
「了解だ」
 付加される能力は限定的で、一度に製造できる数も限界があるという。
「順番はあるみたいだから、気長に待っていてね」
 イコマの胸は希望に膨らみ、幸福感がこみ上げてきたのだった。
 また一緒に暮らしていける。今度こそ本当の体を持った人間として。
「そして……」
「そして?」
「そうなったら、結婚してくれ!」


 こんな話をしてからまだ数日。
 既に、アギがパリサイドの体を得て街に出現し始めている。
 自分の順番はまだか、とイコマは思った。
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