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サントノーレ 作者:奈備 光

3章

26/118

25 横穴は立ち入り禁止

 ンドペキはクシの死体処理に向かっていた。
 ライラに指定された場所は、ゴミ焼却場の手前、今はもう姿を見ることはないが、旧式な武器を持った兵たちが、通過する者を誰何していた場所である。
 ンドペキはクシの死体を二名の隊員と運びながら、別のことを考えていた。
 途中、ローブの男が門番をしているところを通る。
 門番に、チョットマを救ってくれた礼を言わなければならない。
 ただ、あいつは苦手だった。
 一言二言、言葉を交わしたことはあるが、なにしろ顔を見せることは全くないし、短い返事をぶっきらぼうに寄越してくるだけの男。

 昨夜、門番はいなかった。
 そして、どういうわけか、今も不在だった。
 これまでなかったことである。
 帰ってくるのをしばらく待ったが、戻ってくる様子はない。
 いつまでも待っているわけにもいかず、念のため前もって用意しておいた箱を取り出した。
 中には礼をしたためた書簡が入っている。
 通過時にコインを渡すのが決まりだが、箱を床の上に無造作に置いておくのも失礼な気がして、どこか適当なところはないかと周りを見回した。
 せめて、門番がいつも座っている敷物があればいいのだが、それもない。

 SAINT HONORE
 そんな文字が壁に書かれてあった。
 サントノーレか……。
 この街の古い名だろうか。


 しかたがない。
 ンドペキはそう呟いて、箱にコインを入れ、床に置いた。
 できれば会って話をしたかったのだが。
 箱を床においておくというような不遜な態度が、あいつの心証を悪くすることにならなければいいが。

 エリアREFの住人達から、自分たちは快く受け入れられているのだろうか。
 ンドペキには、そうは思えなかった。
 昨夜、ライラから言われたことを思い出す。
 あんた達は必ずしも受け入れられているわけじゃないと。
 ライラは、死体処理の方法について教えてくれた後、心配そうな顔を向けてきたのだった。
 具体的に何をどうしろ、と助言があったわけではない。
 ただ、市長が会おうとしないのも、シェルタの位置についての情報が集まらないのも、なぜだと思うか、と聞いてきたのだった。

 理由はわかっていた。
 レイチェルが死んだことを伝えていないからに違いない。
 隊がエリアREFに来てからかなりの日数が経つというのに、レイチェルは一向に姿を見せない。市長はじめ、REFの住人はそれを不審に思っているのだ。
 かつてライラは、自分の都合のいいことしか喋らない、とチョットマを叱ったことがある。
 まさしく、あの時と同じではないか。

 昨夜、ンドペキは意を決して、ライラに本当のことを告げた。
 自分の落ち度によって、レイチェルを死に至らしめたことを。
 そして、レイチェルから与えられていたチョットマの任務を。
 もちろん、チョットマの素性を。


 ライラは、さして驚く様子もなく、そんなことだろうと思ったよ、と肩を落とした。
 ただ、そのことを市長に告げるが、いいね、と念を押してきた。
 ンドペキは頷くよりほかなかった。
 これまで黙っていたことを詫びていた、と付け加えておいて欲しいと。

 レイチェルが死んだこと、そしてその責任の一端が自分にあることを、市長はどう思うだろう。
 個人的な感情なら、どう思われようと構わないが、街の奪還という作戦に支障が出るのは困る。
 しかし、そんな思いはライラに告げはしなかった。
 あくまで、隊長としての自分の胸の内に留めておくべきことだった。

 さあ、行こうか。
 ンドペキは隊員たちを促して、クシの死体を担ぎ上げた。
 チョットマは今、イコマと話している。
 クシのことを忘れたいというように、セオジュンやハワードを話題にして。
 チョットマの気持ちが痛いほどわかった。

 彼女も迷っているのだ。
 自分たちがハクシュウだと思っていたあの顔は、果たしてハクシュウ自身のものだったのかと。
 もともとクシのものだったのではないか、と。
 今、答はないし、もし将来ハクシュウと出会うことがあるとしても、真実が語られることはないだろう。
 どうでもいいことかもしれない。
 しかし、顔を見せ合って心を通わせた、とあの日思ったことは、まやかしだったのかもしれない。
 真実がねじくれたままの、中身の浅い喜びだったのかもしれない。
 チョットマはそれが辛いのだろう。ンドペキとて同じ思いだった。


 約束の場所に、ローブを纏った者が待っていた。
「お待たせしました」
 死体処理の立会人だという。ライラから、その者の指示に従うように、と言い付かっていた。
 年老いた兵士たちが立ち並んでいた場所。
 ここにひとつの扉があるという。

「よろしくお願いします」
 ンドペキは深く頭を下げた。
 ローブの者は言葉は返さず、背を向けた。
 美しいローブだった。
 よく見ると、濃紺の地に銀色の刺繍がちりばめてある。
 植物の葉に混じって、さまざまな記号が描かれてあった。

 扉は壁に同化して、そうと聞かなければ気がつかない。
 立会人が手を差し出した。
 石の壁に触れると、石はゆっくりと色合いを変えていく。
 美しい手だった。
 女だ。
 ンドペキはそう思った。

 立会人はバーチャルな壁に踏み込んでいく。
「ついてきてください」
 女の声。
 扉の中は漆黒の闇だった。
「照明をつけてもよろしいでしょうか」
 ゴーグルを暗視モードに変えても、立会人の輪郭さえ見えない暗闇。
「どうぞ」


 あっ。
 ンドペキは息を呑んだ。
 立会人が顔を向けていた。
 フードの中に見えた顔。
 目だけが見えていたが、それはまさしく、
「スゥじゃないか!」
 目が笑った。
「私の仕事のひとつです」

 緊張が一気にほぐれていった。
「なんだって、また」
「無駄口は、ご遠慮ください」
 つれない反応だったが、ここはスゥに従っておくのが賢明なのだろう。
「いくつか、注意事項があります」
 スゥはあくまで事務的な口調である。
 誰かに聞かれているのかもしれない。


 狭い部屋だった。
 しかし、天井ははるか高く、闇に紛れている。
 黒光りする石でできた部屋に、一本の階段。
「最上部まで登っていただきます」
「うむ」
「あの部屋に入ろうとはしないでください」
 階段の後方、隠れるようにひとつの扉があった。
「途中、もうひとつ扉がありますが、そこも立ち入り禁止です」
「はい」
「万一、何者かに出くわした場合は、今日の処理は中止とします」
「何者か、とは?」
「申し上げることはできません。すべて、私の判断に従うものとします」
「わかりました」
「処理に要する時間は、ほんのわずかです。ただし、死体を担ぎ上げる時間を除いてです」
 スゥは事務的に注意事項を挙げていく。
 本日から丁度2週間後の同時刻に、同じ者が、ここに集まるように、という指示で説明は終わった。
「では、参りましょう」


 傾斜は急ではないが、踊り場もない。
 一般市民であれば難行だろうが、武装した者に苦はない。
 先頭を行くスゥに従って、軽快に登っていった。
「話しかけて、いいですか?」
 ンドペキは、少し軽い調子で声を掛けた。
「先ほども申し上げたとおり、静粛に願います」
 ンドペキには、思いついたことがあった。
 それを聞いてみたかったのだが。

 この階段の登っていく方向、そして距離からすると、行き先はゴミ焼却場の上部辺りではないだろうか。
 もし、焼却場の上部に行くつくのなら、シェルタの出入り口が見つかるかもしれない。
 まあいい。
 行けばわかることもあるだろう。

「先ほども言いましたが、この先には絶対に行かないでください」
 かなり登ってきて、ようやく上の階にたどり着いた。
 数人が立てば一杯になる狭いフロアに、人がひとり通れるだけの横穴があった。
 横穴の中に光を向けても、全く何も見えない。
 バーチャルな仕掛けでもあるのだろう。
「行けば、非常に恐ろしいことに巻き込まれます」
「なるほど」
 直感は、シェルタの入口だと告げている。
 分かったと応えておいて、その恐ろしいことの可能性を考えてみようとしてやめた。
 想像を膨らませても、解が見つかるものでもない。

「そちらの穴にも、関心を向けられませんように」
 言われて気づいたが、横穴と反対側の壁にも小さな穴があった。
 床に接する位置に、五十センチほどの四角い穴が開いていた。
「万一入っていったとしても、生きて出てくることはできません」
「了解です」
「体力は大丈夫ですね?」
「もちろん」
「では、先に進みましょう」
 まだ先があった。


 スゥが踏み込んでいったのは、またバーチャルな壁の向こうだった。
 先ほどまでと同じような部屋。
 異なるのは階段。まるで梯子段とでもいうような急な階段で、またかなり上まで続いている。
「この階段が実体化しているのは十五分間。それが過ぎれば、空間そのものも失われます。急ぎましょう」
「わかった」
 あの横穴がシャルタの出入り口であれば、上部からの侵入を防ぐための仕掛けなのだろう。

 しばらく登ってきて、階段はとうとう行き止まりになった。
 スゥが壁に手を当てている。
 と、壁が動き出した。
 眩しい光が漏れ出してきた。
 大きな四角い輪郭を伴って、扉が開いていく。
 空が見える。

 やがて、扉は外側に倒れ、そのまま屋根の上に突き出たステージとなった。
 石と見えていた壁は、ステージとなるや、板張りのデッキとなっていた。
 街の上空に出た。
「ここです」
 スゥに続いて外に出たンドペキは、自分の予想が正しかったことを知った。
 ゴミ焼却場の煙突が回りにそびえていた。
 ステージはそのまさしく中央にあった。


「そこに」
 スゥが示した位置に、クシの死体を置いた。
 久しぶりにスゥが顔を向け、
「すごいことをするけど、嫌いにならないでよ」
 と、笑った。
 階段部屋から出たここ屋根の上は、音声がモニタされる心配がないのだろう。
「ふうっ」
 と溜息までついて、しゃがみこんだ。
「では」
 懐から取り出したものは、大きな玄翁と五寸釘。
「それにしても、こんなに厳重に梱包された死体は初めて」

 クシの死体。
 白い布でぐるぐる巻きにしてあった。
「まるでミイラね」
 躊躇することなく、スゥは死体の頭部に釘をあて、玄翁を振り下ろした。
 頭骨が割れる音がするが、スゥは構うことなく釘を打ち込んだ。
「単に、死体なのに」
 次は両足と見られる位置に五寸釘を打ち付ける。
「本当は腕もするんだけど、これじゃあね」
 ミイラ状に巻いてあるため、腕に打ち込むことができない。
「ここにしておこう」
 と、肩の辺りに釘を打ち込んだ。


「さ、終わり。急いで降りましょう」
 スゥは、あっさり階段を下りていこうとする。
 ンドペキは一瞬だけでもと、再び周囲を見渡した。
 街の眺望などに興味はない。
 このステージや煙突の周りに、目に付くものはないかと。
 シェルタの入口に関係する何かがないかと。

「速やかに移動をお願いします!」
 階段室に入るなり、スゥはまた事務的な口調に戻る。
 厳しい声に促されて、ンドペキはステージを後にした。
 イコマと意識が同期するようになって、こういうときに役に立つ。
 電脳に蓄積された画像を後でゆっくり吟味すればいい。
「ここから先、立ち止まることは許されません。誰かが立ち止まれば、私達全員の命はないものとお考えください」
 あの横穴をしっかり観察しようと思ったが、その期待は裏切られた。

 そのときだ。
 おっ。
 微かに床が揺れた。
 と同時に、低い爆発音が聞こえた。
「何かあったのか」
 その場でンドペキは、コリネルスに連絡を入れた。
 今、隊員たちは、ごみ焼却場の内部を徹底的調べているはず。

「追ってこちらから連絡する」
 コリネルスの短い返事の後、プリブから連絡が入った。
「ゴミの下に横穴を発見! 焼却場に空気を供給するための穴と見られますが、人が通れます! 引き続き調査を進めます!」
 踊り場に差し掛かった。
 横穴を見ながら通り過ぎる。
 依然として奥の様子は掴めない。
「爆発音は我々のものではない。ただ、ひとつ発見がある」
 煙突の内部を調べているコリネルスからの報は、多数の五十センチ四方の横穴の発見を告げていた。
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