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サントノーレ 作者:奈備 光

2章

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23 お尋ね者に

「僕のすぐ後をついてきて!」
 アビタットが稜線を駆け下りていく。
「僕のすぐ後ろを!」
 念を押してくる。
「この付近は危険。カットラインが張り巡らされているから!」
「カットライン!」
 そんなものがまだ残っていたとは。
「急いで!」

 稜線から十キロほど離れ、やがて草原地帯に差し掛かった。
 まばらだが木も生えている。
「念のため、もう少し先に」
「アビタット」
「なに?」
「さっきの場所に戻れるんだろうな」
「もちろん。座標は分かっているだろ。カットラインを識別できるフィルタを掛けているからね」
「そんなものが」
「うん、カイラルーシだけで売ってるものだよ」


 なだらかに下っていく草原地帯にはそこかしこに花が咲いていた。
 めったに目にすることのない光景だった。
 木立も徐々に増えている。
 さらに進めば大森林地帯。
 穏やかな景色だった。
 こんなところにカットラインが。
「人間は何をしでかすか、わからない動物だからね」
 科学が進めば進むほど、愚かになっていく人類。
 結局は自らの身を滅ぼし、いまや科学の後退期に入ってしまった人類。
 せっかく得た科学の成果を、捨てざるを得なくなった人類。

「あれは!」
 マシンの残骸が草に埋もれていた。
「カットラインは、あんなふうに役に立っているんだよ」
 カイラルーシの街の周辺には今でも、昔の愚かな行為がそのまま残されている。
「だから、カイラルーシの防衛は楽なんだ」
 街が繁栄し、世界随一の規模を誇っているのも、あの目に見えない糸に守られているから。
「カットラインの内側では、今も農業や牧畜が行われているんだ」
「そういや、街中で牛を見た」
「そうだね。家畜は貴重さ。絶滅させないように、手厚く保護されているから」
 世界中に出回っている高額な乳製品や野菜は、カイラルーシの農場で作られているという。
「地球上でそんなものを作っているのはカイラルーシだけさ」


 スジーウォンとアビタットには、すでに気持ちの余裕があった。
 もう泉の水は襲っては来ない、そんな安心感が生まれていた。
 それに、もし襲ってくるとしても、どこまで逃げればいいのかわからない。
 ジグザクに走るため距離は稼げなかったが、それでもすでに百キロは走ってきている。
 もういいのでは。きりがないのでは。
 そんな気持ちだった。

「どこまで行くつもりだ」
「もう少し。せっかくだから」
 アビタットのアジトがあるという。
「ちょっとした資材庫だけどね」
「こんなところに?」
「うん。僕にもロア・サントノーレに行く用があるって言っただろ。そのときのために」
 念のために、さまざまなものをストックしてあるのだという。
「エネルギーパッドは補充しておきたいだろ」
「助かるな」
「だろ」


 目に異様なものが映った。
「おい!」
「あっ」
 真っ二つに切り裂かれた黒い肉塊。
「まさか!」
 パリサイドが数体、草地に転がっていた。
「あんなふうになるのか……」

 カットラインで人が切断された様子を見るのは初めてだった。
 いや、見たことはあるかもしれない。ただ、もう記憶になかった。
 無敵かと思わせるパリサイドでも……。
「これじゃ、やつら、地球人類を憎むだろうな」
 こんな野蛮で卑劣な武器を未だに使用している地球人類。
「いくら前時代の遺物だからって、未だに放置し、利用しているんだから」

 自然の大地の中にも、カットラインが張り巡らされている。
 ここでは鳥も動物も生きてはいけない。
 マシンさえも活動できない。
 この罠が仕掛けられてから何百年経とうが、死の地であり続けるのだった。


 アビタットのアジトは、奥行きの無い小さな洞窟だった。
 エネルギーパットを持てるだけ持ち、二人は腰を落ち着けた。
 目の前には美しい景色が広がっていた。
 のどかで、静かだった。
 昆虫の羽音が聞こえた。

 地球上には、かつての文明が残した地下施設が無数にある。
 戦争中に使われる地下基地はあまたあるし、鉱物の採掘跡や実験施設など。
 さまざまなパイプラインや坑道、実際に人が住んだ地下の街の跡もある。
 アビタットのアジトはそのいずれでもなく、自然にできた洞窟だった。
「ここしか適当な洞穴がなかったんだ」
 草原地帯が森林地帯に変わろうかというところにアジトはある。
「できるだけロア・サントノーレに近いところに、と思ってたんだけど」
 カイラルーシから数百キロは離れている。
 こんなに遠くまで、アビタットは物資を運んできていたのだ。


「ねえスジー、これからどうする?」
 あのカイロスの剣を手に入れ、スミソの行方を探す。
 これしかないのだが、泉の水に邪魔されずに剣を手に入れる方法が思い浮かばない。
「あの水、サブリナが剣を浮き上がらせているときは、小波を立ててただけだ」
「うん」
 安直な考えだとは思ったが、それしか手は無いように思った。
「上空に吊り下げることができたら」
「うん」
 しかし、その後、どうする。
 水の上空を離れた途端に、襲ってくる。先ほどと同じことだ。

「さっき使ったあの道具は?」
 空中の剣をアビタットが手元に引き寄せた道具だ。
「僕の先祖は、日本の忍っていう特殊部隊なんだ」
 道具はカギ縄というものらしい。
「こいつも進化しててね。自分が何をするべきかわかっていて、投げさえすれば自動で行動するから失敗はしない」
「そういうものか」

 いつの間にか、アビタットはスジーと呼んでいた。
 ニューキーツの仲間達といたのが、遠い昔のことのように感じた。
 道具を弄んでみたところで、妙案が浮かぶものでもない。
 それでも、心が落ち着くような気がして、スジーウォンはこの道具を撫で続けた。

「上空に浮かせたまま、移動すればどうなると思う?」
「うーむ」
 パリサイドに頼んで、飛空艇に収容し……。
 しかし、たとえ運べたとしても、ニューキーツの地上に降ろしたが最期、水が襲って来ないとは言い切れない。
 それはそのときだろうか。
 水が地球を半周して来るまでに、相当の時間は稼げるはず……。
「無理だろうな」
 サブリナもセカセッカスキも飛び去ったのだろう。
 あれから姿を見た記憶がない。
 泉に別のおもちゃを与えればいいのでは、例えばこのカギ縄を、と言いかけてやめた。
 子供だましのようなアイデアだった。


「ちょっと待って」
 アビタットに通信が入ったようだった。
 剣は諦めて、スミソを。
 スジーウォンはそう思ってしまう自分を戒めた。
 それではスミソに申し訳ない。
 落ち着いて考えなければ。
 なんとしても剣を。
 でもスミソのことを考えてしまう。
 自分は果たして仲間を守ろうとしただろうかと。

 剣のあった位置も、スミソが消えた位置も、モニタが映し出すことのできるエリアからすでに外れてしまっていた。
 彼が生きている確率はどれくらいあるのだろう。
 もし自分達を追って、こちらに向かっているのだとしたら。
 カットラインに守られたこの地を。
 スジーウォンは居ても立ってもいられなくなった。

「スジー! すぐに出立だ!」
 アビタットが立ち上がった。
「ロア・サントノーレに向かう!」
「了解!」
「早く!」
 すでにアビタットは駆け出そうとしている。
「仲間から連絡があった! 攻撃機がまた出撃する!」
「毎度のことじゃないか」
「我々に向かってくる!」
「なに!」
「とにかく、急げ!」


 カイラルーシにいるアビタットの仲間からの通報だった。
 アビタットは幼馴染だというが、スジーウォンは本気にしなかった。
 カイラルーシ軍に追われる身となった今、アビタットの昔話は無用だった。
「アジトに篭っていた方が、捕捉されないんじゃないのか。のこのこ出て行かなくても」
 あの泉以降、アビタットに主導権を握られっぱなしだ。
 ふとそう感じて、少し嫌味な言い方になったかもしれない。
「ダメだ!」
 アビタットはピシャリと言うと、駆け出した。
「ついて来い!」
 少年言葉を使うのを忘れたのか、あるいは気を悪くしたのか、どんどん走っていく。
「万一この位置が知れていたら、逃げ場に窮する」
 カットラインが張り巡らされたところで、逃げ切れるものではなかった。
「わかった」
「あの業火の中なら」
 少なくとも、視認はされないだろう。

 ただ、あの火の中を逃げ回ってどうなるものでもない。
 しかし、選択肢はなかった。
「僕たち、お尋ね者になってしまったね」
 呑気そうにアビタットは言うが、八方塞な状況に、そんな言い方でもして気を紛らわすしかなかった。
 さっき少年言葉を使い忘れた埋め合わせかもしれなかった。
「六百年、善良に生きてきたのにね」
 スジーウォンも、そんな言葉で返し、二人は草原を駆け抜け、再びロア・サントノーレに向かった。

 カイロスの剣が突き立ったところに向かうことになる。
 通過するだけなら、水はもう襲っては来ないだろう。そんな気がした。
 スミソが消えた場所も通ることになる。
 何らかの痕跡があればいいが。
 それが淡い期待であることを知っていたが、そんな期待にすがるしかなかった。
 見上げれば、数人のパリサイドが空を舞っていた。
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