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サントノーレ 作者:奈備 光

2章

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22 金色の水蒸気

「急げ! 逃げるんだ!」
 言われるまでなく、スジーウォンは異変を感じていた。
 泉の水が盛り上がっていた。
 見る間に、背丈を越えている。

「やばいぞ!」
 水は剣を守るため、自分達を襲おうとしている!
 触れれば、この体は!
 スジーウォンはアビタットを追って走り出した。
「スミソ!」
「了解!」

 紅蓮の炎の中、無我夢中で走った。
 眼前は真っ赤な世界が広がるのみ。
 アビタットの姿は見えない。
 ゴーグルモニタだけが頼りだ。
「早く早く早く!」
 アビタットの叫びがヘッダーの中にこだまする。

 泉から五キロメートルほど離れた。
 振り返って見て、スジーウォンは背筋が凍りついた。
「スミソ!」
「わかってる!」
 水が追ってきていた。
 黄金色の水蒸気となって。

「もっと速く!」
 スジーウォンは叫んだ。
 黄金色の水蒸気は、真っ赤な炎の中でもはっきりわかる。
 スミソのすぐ後ろに迫っていた。
「くそ! 何だこれは!」
「知るか!」


 生きた心地がしない、というのはこういうことを言うのだ。
 スジーウォンは初めてそんな気持ちを味わったような気がした。
 装甲の中は快適なはずなのに、汗が吹き出ている気がした。
「早く!」
 そんな言葉しか出てこなかった。

「これ以上、無理だ!」
 アビタットの声がした。
 すでに一キロほど先を走っている。
「剣を捨てる!」
「おい!」
「仕方ないだろ!」


「スミソ! 離脱するんだ!」
 アビタットが叫んだ。
「進路を変えるんだ!」
 そう言われて、スジーウォンは理解した。
 アビタットを追ってはいけない。
 泉の水蒸気は、剣を追っている!

「スミソ!」
 ゴーグルモニタからスミソが消えていた。
「おい!」
 再びスジーウォンは後ろを振り返った。
「うわ!」
 すぐ後ろに金色に輝く水蒸気が迫っていた。

 スジーウォンは、一気にアビタットの進路から外れた。
 水蒸気は幅十メートルほどの帯状となって、槍のように突き進んでくる。
 何としても避けなければならなかった。
「アビタット!」
「僕が引き付ける!」
「後は頼む!」
 スジーウォンの口から、そんな言葉が思わず出た。


 やがて火の勢いは収まり、荒地に出た。
 アビタットの姿が視認できた。
 ゆるやかな傾斜地を走り抜けていく。
 輝く剣を背負って。
 それを追う水蒸気。
 金色の舌が獲物を捕らえようとするかのように。
「やばいぞ!」
 追いつかれる!
 見る間に距離が縮まっていく。

「早く剣を捨てろ!」
「どこに捨てようか迷ってるんだ!」
「どこでもいい! 迫ってるぞ!」
「じゃ、ここに!」
 アビタットが走り抜けざま、剣を地面に突き刺した。

 そこは、荒涼とした丘陵地帯の小さな尾根だった。
 石ころが散乱するだけの乾いた土地。
 アビタットはそのまま尾根の向こう側に姿を消した。
 スジーウォンは水蒸気の動向を凝視した。
 忌まわしき水。
 触れたものを石に変えるという。
「なにが石だ!」


 スジーウォンは走り続けた。
 剣を大きく回りこんで、アビタットが消えた尾根の向こう側へ。
「スミソ!」
 返事はない。
 モニタにも姿はない。
 恐ろしい予感が胸を襲っていたが、足を止めることなく荒地を駆け抜けていく。

 水蒸気が剣に到達した。
「アビタット!」
「こっちからも見えている!」
 水蒸気は剣にまとわりつくように、渦を巻いている。
「助かったみたいだな!」
 水蒸気は、自分やアビタットを追ってはいかないようだった。
「とんでもない守護神だな!」


 スジーウォンは剣と一キロメートルほどの距離を置いて迂回し、稜線で立ち止まった。
 アビタットの姿が視認できた。
「あれを!」
「なんだ!」
「マシンが!」
 いつの間にか、一体の殺傷マシンに追われていたようだ。
 スジーウォンに向かって突き進んでくる。
「そっちに戻る!」
「大丈夫だ!」
 たいした相手ではない。
 巨体ではあるが、鈍重で破壊力も大きくはない。
 一撃で倒せる。

「見ろ!」
 マシンの進路に、水蒸気に包まれた剣があった。
 きらきらと輝く金色の渦巻き。
 荒地に現れた巨大なドームのように。
 金色の輝きに包まれて、剣は見えなくなった。
「あっ」
 息を呑んだ。
 マシンが金色のドームに差し掛かっていた。

「なっ!」
「消えた!」
 マシンは跡形もなく忽然と消滅した。
「恐ろしい……」
 ついぞ口にしたことのない言葉が口から出た。
 スジーウォンは我に返って、再び叫んだ。
「スミソ! 返事をしろ!」

 辺りには轟然と燃え盛る炎の音が満ちている。
 応答はない。
 まさか……。
 アビタットが稜線を登ってきた。
「スミソ!」
 アビタットの叫びも、空しくかき消された。


 光り輝く水蒸気が、ますます濃度を増している。
 それにつれて水は落ち着きを取り戻したのか、きらきらする光がまばらになっていきつつあった。
「水……」
 やがて金色は失せていき、やがて水そのものとなった。
 透明の貯水タンクに入れられたかのような、直径五十メートルほどの円筒形。
 高さ五十メートルほど。
 水を透して、ロア・サントノーレの燃え盛る火が見えた。

 そう見えたのも束の間、水嵩はどんどん低くなっていく。
 そして、無くなった。
 稜線の上に残された剣。
 地面に突き立った剣は、何事も無かったかのように、太陽の光を浴びて光り輝いていた。
「おい」
「ん?」
 ひとっ走りで取ってくることのできる距離。
 しかし、スジーウォンの足は動かなかった。
 アビタットの足も。

「スジー! 急いでここを離れよう!」
 アビタットが叫んだ。
「了解!」
 スジーウォンにもその恐怖が伝わってきた。
 泉の水は地面に浸透したのだ。
 水が地中を走り、自分達を包むように吹き出したら。
 もう逃げることはできない。
 さっきのマシンのように。

 アビタットの後を追って走り出す。
「あの水……」
 まさか、意思があるのでは。
 自分達を襲う意思を持っているのなら。
 剣に引き寄せられただけならいいのだが。
 再び、言いようのない恐怖を感じた。
 どこまで逃げればいいのだろう。
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