挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
サントノーレ 作者:奈備 光

1章

2/118

1 尾行

この小説は、前作のミステリー小説「ニューキーツ」の続編(第二幕)です。
「ニューキーツ」で提示されたいくつかの謎が継続しています。また、前作のネタバレになります。
できましたら、「ニューキーツ」を先にお読みいただけますと幸いです。
 夜の街路は雪混じりの雨に濡れ、ほのかな黄色い光が、平板なコンクリートの舗道に不思議な模様を描いていた。
「静かだな」
 人通りはほとんどなく、市民に対する何らかの統制が敷かれていることが窺われた。

「つけられているよ」
 と、追い越しざまに少年が呟いて、駆け抜けていった。
 む!
 緊張が走ったが、意識的に悠然と通りを歩いてゆく。
 スジーウォンとスミソ。

 カイラルーシの街はニューキーツと違い、まるで寸胴なビアグラスを伏せたような小さな建物が建ち並んでいる。
 整列しているところもあれば、ランダムにかなりの間隔をあけているところもある。
 黄色い光は、それらの建物内部から、金属的な光沢を持つ外壁を通して発せられていた。
 それぞれが住宅であり商店であるのだろうが、よそ者のふたりにはその区別がつかなかった。
 どれもこれも同じサイズ、同じデザインである。
 街の中枢はすべて、これら寸胴建物の地下にあるとは聞いている。

「厄介だな」
 建物がすべてシリンダー状であるため、待ち伏せして追手を捕まえるタイミングが難しい。
 見を隠すような物影もない。
「二手に分かれるか」

 地球上で最も大きな街で、公称人口二十万人。
 武闘派として有名だ。
 ニューキーツでは許されない街の中の武装も、ここでは普通。
 防衛軍、攻撃軍という区別もなく、街中での軍の行進もよく見かける光景だ。
 スジーウォンとスミソも、武装したまま人通りの少ない夜の街を歩いていた。


「抜かるな」
 スジーウォンの言葉を背に、スミソはするりとひとつのシリンダーを回り込んだ。
 俺達を何のために。そう心の中で呟いてから、尾行者の後ろにつける。
 相手は装甲は身に付けていないようだった。
 黒いロングコートにつば付き帽。よく見かける服装だ。
 背丈は小さく、華奢な体つき。

 建物に窓はない。
 何の飾り気も無い樹脂製のシリンダーの中に、人がいるのかいないのか見当も付かない夜の街角に、監視カメラだけが生き物のようにレンズを光らせていた。
 スミソは小型のレーザー銃を構えた。
「止まれ!」
 追手は驚く様子もなく、悠然と振り返ると、両手を挙げ、
「撃たないで」と言った。
 女の声だった。

「動くな!」
 慎重に女に近づいていった。
 女が小声で言った。
「武器は持っていないわ。銃を下げて。目立つから」


「どういうつもりだ!」
「悪意じゃないわ。あなた方が飛空艇を探していると聞いたから」
「それでは回答にならない。なぜかと聞いている」
「私も飛空艇を探しているのよ。私より、あなた方の方が見つけるだろうと思って、だから」

 見つけた飛空艇を横取りしようということではなく、あわよくば、同乗させてもらえたら助かる、と思ったからだという。
 スジーウォンとスミソは女を間に挟んで、歩きながら話している。
 警戒を解いてはいないが、立ち止まって話すのは憚られた。
「この街は、軍の人の力が強いでしょ。私のような市民は、なかなか飛空艇を探せなくて」
 市民、だろうか。
 スミソは、なんとなく、女から発せられる気力が、普通の女性のものではないと感じた。
 どこかで感じたことのあるものだったが、思い出せないでいた。
「私、サブリナ」

 女がポツリポツリと話す。
 懸命な判断だ。カメラもマイクもいたるところにある。
 重装備した兵士に挟まれて歩くのは、気持ちのいいものではないだろうが、平然としている。
「行きたいところがあるのよ」


 カイラルーシの街は、制空管制が敷かれていた。
 街の噂では、戒厳令の発令も間近だという。
 パリサイドの要求をはねつけ、戦闘による排除も辞さぬ、という構えなのだ。
 カイラルーシの長官ジュリエットは、多くの人類を連れ去った神の国巡礼教団を絶対に許すことができず、その末裔であるパリサイドも激しく憎んでいるという。
「私は、そうねえ、例えばニューキーツとかに行きたいのよ。大きな声じゃ言えないけど、もううんざり」
 女は、戦争なんてごめんだ、という。
「だって、勝てると思えないもの」

「おまえ、そんなことを兵士の前で言っていいのか」
 女が笑みを作った。
「だって、兵隊さんたち、カイラルーシ軍じゃないでしょ」
「……」
 どうしてそれがわかったのか。
 カイラルーシ軍を装っているわけではないが、一般市民にもたやすく見分けがつくのだろうか。
 この街で見かける兵も、特殊な装甲や武器を保持しているわけではなく、特別な記章をつけているわけでもないのに。
 スジーウォンとスミソは見分けはつくまい、目立つわけでもない、という判断で装甲を身につけたまま街を歩いていたのだ。
「ねえ、飛空艇が見つかったら、私も同乗させてくれませんか?」
「断る」


 比較的賑やかな通りに入ったところで、スジーウォンとスミソは、女を解放した。
 女はがっかりした表情を見せたが、たちまち人波に消えた。
「やれやれ、なんだ? あの女は」
「大都会の女は厚かましいんだよ」
「ふう。ここが大都会ねえ。それにしても、この街はどうする気なんだ?」
「ん?」
「パリサイドと戦う気なのか?」
「さあな。関係ないさ」

 スジーウォンはンドペキ隊の伍長。スミソは一般の兵士である。
 隊の中での地位は異なるが、言葉遣いに制約はない。
 だれしもいずれ歳を取れば、再生される。再生時の年齢が若ければ駆け出しの兵士から再スタートだ。
 今この時点での、上下関係は意味がない。
 あくまで、役割としての肩書きなのである。
 それがニューキーツ軍東部方面隊の不文律であった。

「さっきの女、サブリナといったな。あいつ、なぜ、俺たちが飛空艇を探しているのかわかったんだろ」
「なに言ってんだ。空港ででも聞いてたんだろ」
 カイラルーシの空港は、さすがに世界一の大都市だけのことはあって、それなりに混雑していた。
 ニューキーツからこの街までは、定期運行の飛空艇でやってきたものの、着いたとたんに制空管制である。
 空港係員に乗り継ぎ便の有無を聞いて回ったのだ。
「それにしても」
 こんなことになろうとは。
 ふたりとも、カイラルーシの街は初めてで、勝手がわからない。
「それより、今の課題は今晩どうするかだな」


 制空管制で、政府運営の定期便は使えない。
 すでに夜の九時を回っていた。
「今晩中に出立は無理だな。泊まるしかないか」
「明日になれば、闇商売の飛空艇も飛べなくなるかもしれないが、しかたがない」
「念のためにホテルを探そう」
 ふたりは闇雲に通りを歩いていった。

「どれがホテルなんだ?」
 看板やサインといったものが極端に少ないのだ。
 装甲を身につけているので、寒くはない。食料もたんまり持っている。
「しかし、まさか野宿ってのも、まずいだろ」
「旅人に優しくない街だな」
「人通りがあるうちに探さないと」
「ああ。それにしてもここの人はどうしてこうも、空ばかり見ているんだ?」
「知るか。満月だからだろ」
「あるいはパリサイドの来襲を気にしているのかもね」


「あっ」
 目の前に、さっき追い越していった少年が立っていた。
 微笑んでいる。
「あっ、おい」
 目が合うなり、少年は親指を立てて見せ、クルリと背を向けた。
「おい、さっきの」
 しっ。
 黙ってついて来い、という。

「おっ」
 とあるシリンダーに、少年の姿が消えた。
 ここか。
「なるほど」
 何の看板もないが、ひとつの扉が開いていた。
 閉じていれば壁と同化して見つけられなかっただろう。
「信じて入るしかないようだね」
 中には黄色い光が満ちていた。

 スジーウォンが先に踏み込み、スミソが続いた。
 誰もいない。
 と、後ろで扉が閉まる音がした。
「兵隊さんたち、なんだか無防備だね」
「むっ」
 いつの間にか少年が真後ろに立っていた。

 十歳そこそこ。
 短く刈り上げた髪に切れ長の目。
 色白だがしっかりした顔つきをしている。
 足元まで隠れるだぼだぼのコートを羽織っている。

 ふたりが返答に窮していると、少年は胸元を広げて見せた。
 バトルスーツを身に付け、小型の銃器が覗いていた。
「どういうつもりだ?」
 少年が、「助けてあげようか?」と笑った。
cont_access.php?citi_cont_id=706025280&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ