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サントノーレ 作者:奈備 光

2章

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12 飛空艇乗り

 飛空艇乗りの店はすぐ近くだった。
 というより、スジーウォンとスミソは、その周りを歩き回っていたのだった。
 何の看板も上がっていない陰気なドアを開けるなり、アビタットが大声で言った。
「さあ、今日こそは了解をもらうよ。ほら!」
 大人を二人も連れてきた!というわけだ。

 飛空艇乗りはいかにもそれらしい人物で、盛大に髭を蓄えたいかつい造りの男だった。
 入ってきた兵士を鋭い眼光で睨み付つけたが、すぐに目を落とし、自分の作業に戻っていく。
 飴色の光を湛えた狭い部屋に、埃が舞っていた。
「帰んな!」
 男はそう言ったきり、手元の年代もののタブレットから立ち昇る映像を弄んでいる。
「そりゃないぜ、おやっさん!」
 アビタットが食って掛かった。

 飛空艇乗りは、映像をいじくる手を休めようとしない。
 新型の飛空艇だろうか。
 男が触れるたび、全体像になったり、一瞬のうちに微細な部品になったりする。
 複雑なレイヤーを一枚ずつ確認してしき、立ち昇る飛空艇の像はそのたびに姿を変えていく。

「帰れと言ってるだろうが!」
 男がタブレットに何かを打ち込み、がなりたてた。
 声は、通りにも響きそうだ。
「どうしてさ! 大人を連れてきたじゃないか!」
 飛空艇乗りは、カーキ色の古びたつなぎから、紙巻タバコを取り出した。もうめったにお目にかかれない代物である。
 ふと、油の臭いがした。
 どことなく懐かしい臭いだった。
「気にくわねえ」
 目を向けるでもなく、手を休める様子もない。


「だからなぜ! 誰か大人がいればって約束だったじゃないか!」
「約束? 勝手に吼えてろ!」
「くそう!」
 男は、かなりな高齢に見えた。
 薄暗い部屋の中でもはっきりと分かるほど、男の顔は皺だらけで、頭も髭も白かった。
 筋肉質かと思った身体も、それは骨格だけで、よく見れば骨と皮だった。
 指には美しい指輪が盛大にはめられていたが、それらが痛々しいほど、どの指も痩せていた。


「それがカイラルーシ一番の飛空艇乗りの仁義か!」
 アビタットが食い下がっている。
 スジーウォンも頼んでみる。
「お願いですから、私たちをロア・サントノーレに連れて行ってください。
 老人は、応えようともしない。

 と、扉が開いた。
 予想していた通り、サブリナという女だった。
 飛空艇乗りは、目に見えてますます嫌な顔をみせた。
「お揃いのようね」
 男は応えるつもりはないのだろう。完全無視の態勢だ。
 アビタットが入ってきた女を睨みつけたが、サブリナは意に介せず、
「四人も乗客が集まったんだから、飛んでくれません?」と、穏やかに言った。


 沈黙が流れた。
 電力供給の調子が悪いのか、時折、照明が暗くなり、タブレットの像もぼやける。
 目を上げようともしない男を見つめながら、スジーウォンは、なんとしてでもこの男に飛んでもらわねば、と思った。
 そして、陸路も考えなければならないかも、と思った。
 アビタットが男の白髪を睨みつけている。
 サブリアは壁にもたれて、男の声を待っている。

「いい加減にしろ! 飛ぶかどうか、俺が決める!」
 と、飛空艇乗りががなりたてた。
 ねえ、とサブリナが猫撫で声を出した。
「怖いの?」
 聞きようによれば、小ばかにしているとも取れる言い方だった。
「俺がか!」
「違うわよねえ」
「おまえ!」
「制空管制が敷かれているしねえ。そもそもロア・サントノーレは、一週間も前から立ち入り禁止だし」
「飛べないのは街の空港だけだ。俺はどこにでも行ける!」
「うん」

 サブリナはしばらく飛空艇乗りと遣り合っていたが、それでもいい答えは引き出せない。
 スジーウォンは、任務を思った。
 そして、心に秘めた小さな希望も。
 と、痺れを切らしかのように、サブリナがきっぱりとした声を出した。
「セカセッカスキ、聞いて欲しいの」
 名を呼ばれた飛空艇乗りが、初めて困惑の色を浮かべた。
「あなたが逡巡している理由は分かるわ。でも、それってやっぱり、恐れているんじゃない?」
「きさま……」
「でもそれは、事実を確かめてからでもいいと思うのよね」


 スジーウォンは黙って彼らのやり取りを聞いていた。
 サブリナが、ちらりと流し目を送ってくる。
 なぜロア・サントノーレに向かいたいのかを話せ、と言っているように感じた。
 任務の内容は話せない。そうは思うが、しかし……。
「実は私たち……」

 セアセカッスキは顔を上げようとはしなかったが、アビタットの目がこちらを向いた。
「ニューキーツから来た」
 これ以上、話すつもりもなかったが、アビタットがしゃべらせてくれなかった。
「ほら!」
「なにが、ほら、だ」
 相変わらず食って掛かるが、セカセッカスキの言葉が微妙に和らいでいた。
「ね」
 サブリナも飛空艇乗りに念を押す。

「この人たちはカイラルーシ軍じゃないわ。普通の旅人」
 なるほど。
 スジーウォンは理解した。
 制空管制が敷かれている状況で、またロア・サントノーレが立ち入り禁止になっている状況で、軍に睨まれたくはなかったのだ。
「困っている旅人を見捨てるの?」

 セカセッカスキがちらりと目を上げた。
 先ほどまでの目つきとは違い、瞳に柔和な色が浮かんでいた。
 この目が、この男本来のものかもしれない。
 なんとなく、意地っ張りだが優しい心根の爺さん、という方が似合っているのかもしれない。
 スジーウォンは、ふとそんなことを思った。

「よし! この二人は連れて行こう」
「あっ、ありがとうございます!」
「おいおいおい! そりゃないよ!」
 アビタットが叫んだ。
「僕も困っているんだよ!」


「お前はだめだ」
 セカセッカスキがアビタットを睨みつけた。
「なぜ! ひどいじゃないか!」
 サブリナがアビタットを応援する。
「セカセッカスキ、この人も連れて行ってあげたら? どんな事情があるのか知らないけど、立ち入り禁止区域に行きたい、何か理由があると思うのよ」
「ふん。だからだめだ」
「どうしてさ! この人たちと僕と、どこが違うっていうのさ!」

「どこが違うって? ふん! 俺はあんたらの旅の目的なんて、興味はない。俺が乗せようと思う人だけを乗せる」
 セカセッカスキの怒りがまた噴出したようだ。
 目元が厳しくなり、言葉そのものに毒が含まれているようだった。
「それがおれのやり方だ!」
 ロア・サントノーレに行ける。
 スジーウォンはほっとしたが、成り行き上、ここはアビタットとサブリナの交渉を見守るしかない。

 かなり厄介な男だった。
 気分の振れが大きい。言い出したら聞かない。そんな男。
「この人はさ、いい加減な気持ちじゃないよ」
 サブリナがまたアビタットの援護射撃をするが、セカセッカスキが引き下がる様子はない。
「俺はそんなことに興味はない。何度も言っとるだろうが!」
「逆にチャンスだとは思わない?」
「はっ! ごちゃごちゃ言うな!」

 セカセッカスキの心の中を、サブリナは知っているのかもしれない。
 この男の心を、どう揺さぶればいいのかを考えながら話している。
「最近、ジュリエットと話したことある?」
「ぐっ」
 セカセッカスキは、見ていて分かるほど、狼狽した。

 ジュリエット。
 ここカイラルーシの長官のことだろうか。
 好戦的な老婆だということになっている。
 油臭い部屋に、再び静寂が舞い降りた。
 これで十分だというように、サブリナも黙って男の反応を待っている。
 老飛空艇乗りが、カイラルーシ長官のジュリエットと、どんな……。
 そんな疑問はあるが、スジーウォンに関心はない。

「明日朝、もう一度、来い!」
 ついに、セカセッカスキが怒鳴った。
「よし! そうこなくちゃ!」
 アビタットが叫んだ。
「私も来ていいのね」
 サブリナが微笑んだ。
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