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サントノーレ 作者:奈備 光

1章

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11 アンドロの涙

 あのヘルシードのひとつ目のお姉さんに、いつから歌を習いに行こうか。
 でも、まだ早い。
 レイチェル騎士団と合流できていなければ、街も奪還できていない。
 小規模な戦闘が続くばかりで、緊張も徐々に緩んできているようにも思う。
 やばいかも。もっとしっかりしなくちゃ。
 そんなことを思いながら、チョットマは毎日を過ごしていた。
 もちろん、セオジュンのことは全く進展なしだ。

 ニニと会う約束があった。
 二人きりで。
 どんなふうに切り出せばいいのだろう。
 以前のチョットマなら、そんなことを前もって考えておくことはなかった。
 その場の雰囲気で、あるいは自分の気分で話を進めようとしただろう。
 少しは私も成長したのかな、とチョットマはひとり微笑んだ。


「私、チョットマ。覚えてるよね」
 こんな言葉で、ニニと話を始めた。
「私のこと、知ってる? 私さ」
 レイチェルのクローンであることを告げた。
 そのことで自分の重みを付けようとしたわけではない。
 レイチェルから託された使命も話した。
 アンジェリナと同じなんだよ、ということを伝えるために。

 アンジェリナがレイチェルから期待されていた任務。
 ニニはそれを知っているのだろうか。
 まず、そこから聞いてみたいと思ったのだった。

「そうなんだ……」
 ニニはそう言ったきり、口をつぐんだ。
 笑えば、きっと誰もが惹き付けられる口元。素直な目鼻立ち。
 華奢な身体からは若さがほとばしり、少し高いが柔らかい、美しい声をしていた。
 ただ今日もニニは、どことなくそわそわして、瞳を合わそうとはしなかった。

 ニニの部屋はエリアREFの比較的浅い階にあった。
 思っていたより広く清潔で、近代的とさえ言えた。
 地下では珍しく綺麗な長方形で、壁も天井もきちんと塗装され、床は板張りで、調度品も整っていた。
 チョットマとニニはダイニングテーブルを挟んで、向き合って座っている。
 凝った装飾のあるテーブルの上を照らしていた。


 ニニが奥のベッドルームに眼をやった。
 淡い色のカーテンで軽く仕切られているが、二つのベッドが並べられているのが見えた。
 ニニとアンジェリナのものだろう。

 チョットマはさりげなく部屋を見渡して、
「素敵ね。ここ」と言った。
 本心である。
「私、こんな素敵な部屋に住んだことない」
 ふわりといい香りが漂ってくる。
「女の子の部屋は、こうじゃなくちゃね」
 ニニは無表情のまま、また、奥のベッドをちらりと見た。
「私は兵士でしょ。だからというわけじゃないけど、こういうふうに部屋を飾るなんてこと、今まで考えたこともなかった」


 そろそろ本題に入らなくては。
 ニニは、迷惑がっているわけでもないが、チョットマを無視するかのように、物思いに耽っているようにみえる。
「私、セオジュンとアンジェリナが今どこにいるのか、どうしているのか、知りたいと思って」
 チョットマは単刀直入に聞くことにした。
 というより、自分のスタイルとして、回りくどい話し方はできない。
「あなたなら、知っていると思うのよ」

 ニニがようやく目を合わせた。
 ただ、それは一瞬のことで、再び目をそむけてしまう。
 困惑しているようでもなく、拒否しているようでもない。
 孤独な殻に閉じ篭っているような。
 そんな目をしていた。

 最後にアンジェリナと一緒にいたのはいつ?
 どんな様子だった?
 そんなことを質問すればいいのだろうか。
 あるいは、セオジュンに照準を絞って話せばいいのだろうか。

 以前、ライラに初めて会ったとき、叱られたことを思い出した。
 自分には、相手を重んじる気持ちも思いやりもなかった、と思い知らされ、泣いたときのことを。
 しかし今、悄然としているニニを前にして、何を話せばいいのか、チョットマには分からなかった。


「ニニ……、力になりたいのよ……」
 パパなら、こういうとき、どう言うんだろ。
「もし、あなたが知らないなら、私のパパが探してくれると思うんだ。優秀な探偵も友達みたいだし」
 チョットマはニニが何かを隠している、とは思っていなかった。
 話すことができないのかも、となんとなく思っていた。
「私は頭が弱いけど、パパは」
 と、ニニがようやくかすかな微笑を見せた。

「ねえ、卒業式の日……」
 何かあったのだろう。
 チョットマは自問するように言った。
 初めてニニがまともに顔を上げた。
 目元が潤んでいるようだった。
「あの日……。ううん、その前に私たちのことを話すわね」
 ニニの声が、今までとは違う。
 生気を帯びていた。

 チョットマは思わず身を乗り出した。
「私たちも、ハイスクールには行ってないよ」
 ニニが朗らかな声を出した。
「私はアンドロだしね。アンジェリナはメルキトだけど」

 ニニはアンジェリナの任務については語らなかった。
 自分の役割も。
 その代わり、毎日がどんなに楽しかったかを話してくれた。
 話の中に、セオジュンの名が頻繁に出てきた。
 私たち三人という言葉も。
 セオジュンが、私の誕生日に。
 セオジュンはいつも。
 セオジュンが、私たち二人を。
 私たち三人は、よく……。

 そんな話をしながら、ニニがまた涙ぐんだ。
「どうして……」
 なぜいなくなってしまったのか。
 ニニの涙は次々と零れ落ち、声にならなくなっていった。
「三人いつまでも一緒だって、あんなに……」
 そして、嗚咽をあげ始めた。


 チョットマは貰い泣きしそうになりながらも、先を促した。
「卒業式の朝、一緒だったの?」
 ニニは首を横に振った。
「私、準備のために、先に学校に……」
 尋問調に聞こえないようにと祈りながら、言葉をかぶせた。
「朝、アンジェリナはいつもと変わりなかった?」
 またニニが首を横に振った。
「ううん。朝、起きるとアンジェリナはいなくて……」

 前夜、ニニの発案で三人が集まり、この部屋で小さなパーティをしたという。
 いつものようにはしゃいで、色々な話をして。
 夜遅く、セオジュンがこう言い出したという。
 今は僕たち三人、こうして集まって遊んでいるけど、これからはそれぞれの役割を果たすときが来る。
 でも、そうなっても友情は消えない、と。

「セオジュンが卒業したら政府に勤めることになっているから。だから、そんなことを言ったんだと思った」
 ニニが涙を拭い、きっぱりと言った。
「私、その言い方がなんとなく気に食わなかった。だって」
 アンジェリナはセオジュンの言葉を聴いて、大きく頷いたという。
「私、そんなことを考えてみたこともなかった。なのに、アンジェリナは分かってる、というように……」
 ただ、セオジュンは将来のことなど、話もしなかった。
 ニニはそのことも心に引っかかるものを感じたという。
 本当はそんなことを聴きたかったのに。
 いわば、かすかな疎外感を感じたというのだった。


「そうなの……」
 チョットマの口からは、そんな言葉しか出てこなかった。
 三人がどんな友情を紡いできたのか、私にはわからない……。
 正直に言えば、興味もないかも。
 私の心の中にあるのは、セオジュンだけ。
 アンジェリナには何度か会ったが、親しいわけじゃないし……。

 と、ニニが挑戦的な目を向けてきた。
 そして、ニニの口から出た言葉に、思わず目を剥いた。
「ねえ、チョットマ。これでどう? セオジュンとアンジェリナの行方を捜せる?」
「えっ」

 何も応えられないでいると、ニニが唐突に立ち上がった。
「あなたに何が分かるの! あなたのパパに、何が分かるというの!」
「そんな……」
「首を突っ込まないで!」
 あっ。
 チョットマは生まれて初めて、平手打ちを味わった。
「放っておいて! 私たちのこと!」
 そう叫びながら、ニニがまた、たちまち涙声になった。
「ごめんなさい……」
「ニニ……」
「ごめんなさい……」
 チョットマは打たれた頬を手で押さえながら、テーブルに溜まっていく、ニニが落とした涙を見つめた。
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