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サントノーレ 作者:奈備 光

12章 解決編1

112/118

112 ハワードが残した言葉

 ハワードの面影が蘇ってきた。
 几帳面で真剣な顔をするハワード。
 突然感情を暴発させ、あっという間に鎮静化するハワード。

「彼はもう少し前に遡り、ある仕掛けを施しておくことにしたんだ」
 パリサイドにレイチェルを助けて欲しいと。
「俺は、パリサイドの誰かが、そんな依頼を受けたんじゃないかと思う」

 それがポイントを突いていることは、事前にユウに確かめてある。
 実際にはスゥに。
 そのとき、ンドペキはなぜ話してくれなかったのか、とは言わなかった。
 詳しく聞こうとも思わなかった。
 スゥが困ることになる。
 話せないだろうから。
 その理由は、簡単だ。
 ルールは曲げられない。
 自分が知れば、エリアREFでの活動内容が変わり、歴史が変わってしまうから。


 ハワードがパリサイドになにかを持ちかけたことを、今は知っている。
 しかしンドペキは、その内容をあくまで自分の推理として話した。
「ハワードの依頼はきっと、こういうことだ」
 事前にあの水中に潜んでおいてくれ。
 そして、レイチェルをあの腕に包み、水系を伝って別のところへ連れて行ってくれ。
 そこで、傷の治療をするからと。

 そしてそのとおりにパリサイドは協力してくれた。
 レイチェルは助かったんだ。
 エリアREFの地下深く、どこかの部屋で傷が癒えるのを待ったんだ。
 どこかとは、昔、プリブの部屋があったあの下辺り。

 ゴミ焼却場のブリッジで、プリブとシルバックがハワードとマリーリとすれ違っている。
 大きな花束と、大きな荷物を持った二人と。

 その時、嘘のつけないハワードは、苦し紛れにこう言った。
 僕らのアジトがあるんだと。
 レイチェルの病室をアジトと呼んでも、全くの嘘だとはいえないだろう。
 彼らはレイチェルのSPなんだから。 
 そして、あの花束の意味は?
 その時、シルバックが助け舟を出したんだ。
 花を手向けに?と。
 ハワードは、それに乗った。
 水系へ放流するのだと。
 実際は、病室で寝ているレイチェルに届けるものだったが。


「でも、ここで考えてみてほしい。パリサイドに依頼したのは、果たしてハワード?」
 ンドペキはゆっくり、この言葉を発した。
 みんなの思考が、空回りしないように。
「実は、違うんだ」

 誰も何も言わなかったが、ホトキンだけがにやりとした。
 そう。ホトキンには仕組みが理解できている。
 いつも、エーエージーエスでアンドロが時間を遡ってくるのを見ていたのだから。 


「というのは、もしハワードだったら、ハワードが二人存在することになってしまう。このニューキーツに」
 紛らわしくないかい?
 時間を遡ったとしても、わずか一月かそこらだ。
 十年も二十年も遡るわけじゃない。
 ハワードは、あのハワードの姿のまま出現することになる。

 もし我々がその二人を見たら、なぜ?ということになってしまう。
 アンドロの世界では問題にならなくても、俺達は間違いなく、ハワードに詰問したはず。
 いったい、どういうことなんだ。お前は本物か? どういうつもりなんだ。何を企んでいる、とね。

 ハワードにとって、それは避けなければならないことだった。
 この計画は、秘密裡に実行されなければならないから。


「言っている意味、わかるよな」
 ンドペキは床に座った全員に目を向けたが、ついて来れない者はないようだ。
「わかるよ。続けて」
 チョットマがそういって、先を促した。

「こういう場合は考えられるかな」
 コリネルスが話を先回りした。
「レイチェルが殺される前、洞窟に現れたハワードが、時間を遡ってきたハワードだったってことは? つまり、事前にレイチェルがああなることを知っていて、パリサイドにも依頼済みだったという場合は?」
「うーん」と、チョットマが唸った。
「レイチェルが殺されたとき、実際は助かることになっている、なんてことが分かってる。そんな状況がありえるかなあ」


「サリがレイチェルを刺すのを、黙って見守っていられるものか」
 部屋の中で、推理が動き出していた。
 コリネルスやチョットマだけでなく、いくつもの考えが出された。
「あいつ、そんな役者じゃない」
「無理だ。それに、そうする意味もない」
「というか、ハワードはあそこにいたから、そのあとどうすればいいのか考えられたんだから」
「そう。あそこにいなければ、レイチェルが死んだことも知ることができなかったはず」

「じゃ、どういうことになる?」
 ンドペキは改めて問題を提起した。
 コリネルスが、ゆっくりと状況を整理した。
「あの洞窟に現れたハワードは、時間を遡ってきたハワードじゃない。しかし、あの時点で既に、時間を遡ってきたハワードがいたはずで、そいつがパリサイドにレイチェル救出を頼んでいたはず。そうでなければ、レイチェルは助からない……」

「そういうこと」
「時間を遡ったハワードがいたはず……」
 隊員達の口から同じ言葉が漏れた。


「セオジュン」
 ンドペキはさりげなく言ったつもりだったが、反響は思った以上に大きかった。
「ええっ!」
 チョットマの声が響いた。
「セオジュンがハワード!」
「だと思う」
「そんな!」

「ありえないことかい?」
「うむう」
 証拠と言えるものはない。
「でも、今やセオジュンがアンドロだってことは、はっきりしているだろ。アンジェリナと一緒に、ベータディメンジョンに行くことができたんだから」

「セオジュンが……」
 チョットマはまだ納得できないようだ。
 セオジュンと交わした言葉を反芻しながら、その可能性を吟味しているのかもしれない。
「アンドロの子供が、何の仕事も与えられず、エリアREFで過ごしている? 絶対にないとは言えないが、めったにあることじゃないはず。違うかい?」

 首を傾げたままのチョットマに向かって、ンドペキは話しかけた。
「ハワードはセオジュンとして時間を遡り、何年か前にエリアREFに住み着いたんだと思う」
 ライラの元に身を寄せて。
 そして、エリアREFの奥深く、つまりレイチェルの病室にする部屋にも自由に行ける方法を見つけ出した。
 あるいはライラから、その立場を与えてもらって。
 そうしておいて、パリサイドに依頼し、準備万端の上であの日を迎えたんだ。

 ハワードはうそつきだと思うかい?
 あの日の行動や涙は、演技だったと思うかい。
 違う。
 その時点では、ハワードはあんな事態が起きるとは思ってもみなかったんだ。

 時間を遡ったのはハワードであっても、遡った先に元からいるハワードは、何も知らないハワード。
 すべてを知って、計画を実行に移していったのは、セオジュンとして出現したハワード、ということ。

「ねえ、チョットマ。セオジュンって、ハワードの小さい頃。どう? 今の推理、信憑性はある?」
「うううーむ」
 似ていると言えなくもない。
 ンドペキはそう感じていた。
 ただ、セオジュンの顔をそれほどまじまじと見たことはない。
「似てる! そう言われれば、そっくり!」


「セオジュンはチョットマにこう言ったことがある」
 僕が将来、約束を破るようなことになったら、どう思う?と。
 そのときチョットマはこう感じたそうだ。
 子供らしい例え話だなと。
「でも、セオジュンはハワードだ。ハワードがチョットマにした約束をまた思い出して欲しい」
 私は貴方といつも一緒にいます。
 これからもずっと身近なところで。
 でも、私の姿は見えなくなるでしょう。

「この言葉。ハワードは本心で言ったはず。もちろんレイチェルSPとして、与えられた任務だから。たとえ、時間を遡ったとしても、姿を変えて、チョットマの傍にいるつもりだった」
 セオジュンはハワード。
 意識は引き継いでいる。
 しかし経験は別物で、思考も別。
 つまり、セオジュンの過去はハワードだが、今は別人格としての道を歩む。

「そういうことだったのか……」
 チョットマが目頭を赤くしていた。
「ハワードっていい奴だったよな。昔、チョットマは煙たがっていたけど」
「うん……」

「だからセオジュンは、約束を破ることになると思ったんだな」
「アンジェリナと……」
「そういうこと。セオジュンはセオジュンとしてチョットマと知り合った頃、既にアンジェリナと行動を共にすることを決意していた。レイチェルが治癒した暁には、自分の愛を全うしようと」
「だから、私に」
「そう。ああ言って断りを入れたんだ」


 ンドペキはまたワインを口にした。
 ますます喉が渇く。
 次は水。そして、ポテトに手を伸ばす。ビーフが散らしてある。
 パリサイドが作った地球上の食べ物。

「さあ、アンジェリナ、セオジュン、ハワード失踪事件、そしてレイチェル救出作戦の全貌は以上だ。なにか、質問は?」
 チョットマが手を挙げた。
「聞いていい?」
「いいよ」
「あの、サリは。サリは助けられなかったの?」

「聞くだろうと思ってたよ」
「サリも助けられたの?」
「実は、この一連の事実を想定した時、俺は一つの結末を恐れた。レイチェルがサリを抹消したっていう」
「そんなっ!」
「大丈夫。レイチェルはサリに殺されかけた。でも、サリを消す気にはならなかった。二人は和解した、と聞いている」

 チョットマの安堵の溜息に、部屋の空気も緩んだ。
「チョットマ、この船に避難してきた市民の中に、サリに似た人、見てない?」
「えっ、あ、あああっ!」
「そういうこと。でも、彼女の辛い気持ちを蒸し返すようなこと、しちゃだめだよ」
「あわわっ、了解!」
 久しぶりに見た、チョットマのこんな笑顔。


「じゃ、次の話に移ろう。こまごました謎。これを解明していこう」
 ンドペキは時刻を確認した。
 ピッタリだ。

「でも、その前に、特別ゲストを!」
 ンドペキは自ら会場の扉に近寄った。
 示し合せていた通り、ドアの隙間にピンク色の紙が挟まれてあった。
 外で待っています、と記されたメモが。
cont_access.php?citi_cont_id=706025280&s
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