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サントノーレ 作者:奈備 光

1章

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10 手探りのチョットマ

「ねえ、パパ。少しいい?」
「もちろん」
 戦闘後の後片付けも、あらかた終わりつつあった。
 深夜にもかかわらず、エリアREFの住民達が集まっている。
 今回の襲撃は少々大掛かりで、ゲートはかなり破壊されたが、エリアへの侵入は阻止していた。
「ここで話す? それとも場所、変える?」
「うん。パパの部屋で。じゃ、もう少し手伝ってくるから。後でね」
 と、チョットマは瓦礫を運ぶ列に戻っていった。

 イコマの部屋は狭い。まるで岩の隙間のような場所だ。
 フライングアイの身では専用の部屋は必要なかったが、ンドペキと同室というのも具合が悪い。
 まだ誰にも、意識も過去も共有していることは話していない。
 むしろ、きっと話すときは来ないだろう。
 そんなことを話せば、チョットマは恥ずかしさのあまり、唇を噛むだろう。
 恨まれるかもしれない。
 なにしろ、チョットマはンドペキへの恋心をイコマに告白したのだから。

 部屋の照明が点いたり消えたりしていた。
 最近、数分間、停電することもあった。
 エリアREFだからではないし、イコマの部屋だけが特別なのでもない。
 太陽フレアが極大期を迎え、地球上の送電網や通信に障害をもたらしている。
 ただ、被害は大きくはない。
 影響が大きくなれば、フライングアイはもちろんのこと、自分の意識も飛ぶのかもしれないと思ってはいた。
 しかし、イコマは深刻に考えることはなかった。

 チョットマが話したいこととは、セオジュンの行方不明のことに違いない。
 結局、あれから1週間ほども経つというのに、セオジュンは姿を現さなかったし、何の情報もないままだった。
 しかも、同時にアンジェリナという娘の姿も消えていた。
 ハワードと同様、レイチェルのシークレットサービスである。
 彼女の失踪についても、ハワードはじめSP達は首を捻るばかりだった。


「ねえ、パパ。セオジュンのことなんだけど」
 息の詰まるような狭い部屋で、チョットマが話し出した。
「さっきの後片付けの人の中に、ニニっていう子がいたの、知ってた?」
「いや。誰だい?」
「セオジュンやアンジェリナのことを知ってる子」
 三人で仲良しグループを作っている娘だという。
「彼女なら何か知ってると思って、聞いてみたんだけど」

 チョットマはライラから情報を得て、ニニと会ったという。
「それがね、私を避けてるみたいで……」
 友達が二人も急にいなくなって、気落ちしているんだと感じたという。
 友達の失踪について、見知らぬ人に、べらべら喋れるはずもないから、と。
「でもね、元々はとても快活な子なんだって」
 常に溌剌として、セオジュンやアンジェリナを引っ張っていくような子だという。
 ところが今は、顔色も悪いし、なんとなく上の空で。
「ライラにそう言ったら、彼女もニニの様子を気にしてるんだって」


 イコマはチョットマと話すとき、ンドペキとして話しているような気分になることもある。
 ンドペキの意識を排除することはできないのだ。ただ、イコマとして話すことはそれほど難しいことではなった。
 意識の共有は完成していたが、同一人格としては未完だったからだ。
 また、相手が眠っている間は、二つの意識が共存することはなく、比較的容易にイコマ自身になりきることができた。
 小規模な戦闘が頻繁に起きることで、ンドペキとパキトポークとコリネルスが順に隊の指揮を執ることになり、幸いに今、ンドペキは眠っている。

「それからさっき、シーランという子もいたんだ」
 セオジュンの同級生で、一緒に卒業した男の子である。
「彼は逆に、なんと言うか、ハイテンション」
「へえ」
「でも、彼は関係ないみたい」
「うん」
「私さ、なんとなく彼を疑ってみたりしてたんだけど」
 同年代の女の子であるアンジェリナとニニが二人ともセオジュンと仲良く、シーランは面白くなかったはずだから。
 セオジュン十六歳、シーラン十八歳、アンジェリナとニニは共に十七歳である。
 アンジェリナもニニもチャーミング。エリアREFのアイドルといってもいい。それに、セオジュンは少女と言ってもいいほどに美形である。
「シーランは、アンジェリナが好きみたいみたいだし」
 ライラの情報でもあるし、シーランの口ぶりからもそれは窺われたという。
「セオジュンは頭が良くて、政府への就職も決まってるでしょ」
 そういう妬みもあるかもと。


 セオジュンとアンジェリナが死んだと決まったわけではない。
 それを先走って、シーランが犯人かも、と思うこと自体がどうかしている。
 普段のイコマなら、やんわりと諌めるところだが、そうはしなかった。
 チョットマは命を狙われているのだ。
 しかも、日々の戦闘で、死は隣り合わせでもある。
 チョットマが、常に死を意識しているとしても、責められることではないだろう。

「私さ、シーランが二人を殺したのかもって。そんなことを少しでも考えてみたことが、我ながら頓珍漢だなって」
 チョットマはふわりとそう言って、自分を責めた。
 シーランにとって、セオジュンはライバルではあっても、憎む相手ではなかったようだという。
「彼とも話したんだけど、彼は犯人じゃない」
「殺されたと決め付けるのはどうかな」
「うん、そう」
 そんなことを話しながら、チョットマが話題を弄んでいるのではないことは分かっていた。
 彼女なりに悩んでいるのだ。考えようとしているのだ。
 いてもたってもいられず、何かを掴みたいともがいているのだ。


「もう少し、ニニと話したいんだけどなあ」
 チョットマが今度はニニを疑っているのかと、少し不安にはなったが、イコマはやはり何も言わなかった。
「彼女はきっと、何か知っていると思う」
 と、断言するように言ったからだった。
「ハワードにも聞いてみたの」
「へえ」
 以前、チョットマはハワードを嫌なやつ、と決め付けていた。
 それはそうだろう。
 守られていたともいえるが、監視されているのも同然だったのだから。
「チョットマも、折り合いをつけられるようになったんだ」
 大人になったね、と言いそうになったが、これ以上言うのは嫌味というものだ。

「でね。ハワードは」
 彼がチョットマに話したことは、イコマにとって、軽い衝撃だった。
 アンジェリナは、メルキトということになっている。
 SPではあるが、むしろレイチェル付きの特殊任務要員だという。
 街の情報をレイチェルに伝える係としてエリアREFに住んでいるが、もうひとつ、やはりレイチェルの恋人探しという任務も持っていたということだった。

「ふうん」
 としか返しようがないが、チョットマは自分のことは吹っ切れているのか、そのことを気にするふうもなかった。
「ニニはね、そのアンジェリナの友達役って、レイチェルが決めて、派遣されてきたんだって」
「友達役……」
「うん。遊び相手? 相談相手?」
 ニニはアンドロ。
 メルキトの友達役として派遣とは。
 やはり、使用人という位置付けだったのだろうか。


「でもさあ。ニニって、普通のアンドロより、かなり気持ちが……」
 チョットマは、いい言葉が浮かばなかったのだろう。
 言い淀んでいるが、イコマにもチョットマが言いたかったことの意味は分かった。
 人造人間としてのアンドロではなく、人としての豊かな感情を持ったアンドロなのだ。
 アンジェリナの友達役としてレイチェルが選んだとすれば、当然のことかもしれなかった。

「彼女、セオジュンが好きだったとしたら……」
「うーむ」
 その場合はどうなるのだろう。
 セオジュンとアンジェリナが恋に落ち、ニニは……。

 ニニが二人を、とでもいうのだろうか。
 感情を持つアンドロであっても、その起伏は激しい。
 人間も心を暴発させることはあっても、それは究極の段階であって、普段は抑制されていることがほとんどだ。
 しかし、アンドロの基準、あるいは臨界点は違う。
 それほど感情が高まるのか、と思ったすぐ後には収まったりするのだ。

「チョットマ。君はニニという子を疑っているのかい?」
 イコマは思わず聞いた。
「えっ。ううん」
 チョットマが驚いたように目を見開いた。
「パパ、そうじゃなくて……」
 チョットマも手探りなのだ。
「彼女、なんとなく変なんだ……」
 どこがどう変なのか、チョットマにも分からないらしい。
 アンドロなんだから、という言葉。これもまたイコマは飲み込んだ。
 感情の起伏。心の抑制と解放の手順。
 ハワードはハワード流の。ニニはニニ流の表現があるのだろう、と思った。


 少し疲れたように、チョットマが話題を変えた。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「スジーウォンとスミソ、どうしてるだろ」

 これについても、イコマは詳しく話すことはできなかった。
 話せば、緑色の髪をしたチョットマの役割を話さざるを得なくなる。
 その役はチョットマに決定されたわけではないが、状況はそのように向いている。
 チョットマはそれをどう感じるだろうか。
 レイチェルのクローンとして街に放たれ、加えて例の装置を動かす役目も背負っているとするなら。
 淡い恋心を抱いていたンドペキにはスゥという恋人ができ、気に入った男の子は失踪してしまった。

 そんなチョットマにとって、地球を救うという大げさな役目が回ってくるというのは。
「無事に任務をこなしているのかな……」
 チョットマはもちろん、隊員達には彼らの任務の中身を伝えていない。
 ハクシュウ隊、そしてンドペキ隊にとって、公式な作戦の詳しい中身を伝えないというのは、これまでなかったことだった。
 それほどの任務がなかったということもあるが、イコマは、ンドペキは伝えることができなかった。
 もちろん、チョットマを思ってのことである。

「そりゃ、そうだろう」
 イコマも、その任務を知らされていないことになっていた。
 チョットマに対して隠し事をしている、という後ろめたさは、心の中に押し込めておくしかなかった。
「スジーウォンってさ。前はなんとなく怖い人だと思ってたけど……」
 そういいながらチョットマは、いつも胸に下げている、ハクシュウからもらった手裏剣をいじり始めた。
「早く帰ってきて欲しいな」
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