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サントノーレ 作者:奈備 光

11章

101/118

101 行き違い

 ンドペキは目を疑った。
 これがアンドロ達の街イダーデか!

「綺麗なところね!」
 スゥが感嘆の声を上げた。
 先に街に入った市民の顔も、幾分綻んでいる。
「凄いじゃない!」

「この次元で生産される鉱物です」
 そう応えたヌヌロッチの顔が誇らしげだ。
 クリスタルが輝いていた。
「時間の流れを把握して、自ら発光します。そろそろ夕方ですから、光が落ち着いて来ますよ」
「ほう!」

 ニューキーツでは、ヌヌロッチは治安省長官。
 ンドペキは防衛省の管轄に入る一攻撃隊の隊長。
 しかも、ハクシュウ亡き後、正式に任命されていない。
 立場の違いは大きい。
 しかし、ここアンドロの街へ来ても、ヌヌロッチは几帳面な口調を崩そうとはしなかった。


「この鉱物は生きています。増殖するんです」
「へえ!」
「徐々にですが。自分で考えて、部屋を増やしていきます。長方体の空間を自ら造っていくのです。イダーデの街はそうして自動的に造られてきたのです」
 街の端に行けば、建設途中の建物があるという。

 ヌヌロッチは建物を形作る鉱物の話をしてくれたが、ンドペキがもっと驚いたのは、街路の方だった。
 プラタナス!
 立派な街路樹が並んでいたのだ。
 生きている木だ。
 しかも、その足元には美しい花が咲き乱れているではないか。
 この次元にも、土があるのか!
 植物が育つ環境がある!
 土の中には微生物がいて、適度な水分があり、日光が降り注ぎ!
 そんな環境が!
 ここなら、人は生きていける!
 そんな感触があった。

「鉱物の働きは単調ですが、私達にはこれで十分です」
 建物の中に入って、ヌヌロッチのその言葉の意味が分かった。
 外壁のきらびやかさに対して、中は全くのがらんどうだった。
 窓さえなければ、扉さえもない。
 きらきら光る鉱物で囲まれた空間があるだけ。
 百平方メートルほどの長方形の部屋。
 どこも似たような空間が、間延びした開口部を挟んで繋がっていくだけ。


「私達には、プライベートという概念はありません」
「うーむ」
「ついでに言うと、個人のスペースという概念もありません。スペースであれ、お金であれ、いかなるものも自分のものにするという概念がないのです」
 人間が作ったロボットだから。
「給金はもらいますが、お金はワークディメンジョンだけでしか使えませんしね」
 アンドロ次元では、「お金」は必要ないし、従って税金というものもない。
 税金というものがなければ、公務員という職種もない。
「誰もが自分の仕事をする。それだけです」
「そういうものなのか……」

 初めて聞く話だった。
 ハワードの話にもなかったことだ。
「ここには、上下の関係、つまり序列というものがありません。だれもが等しく、淡々と自分の仕事をしています」
「代表者は?」
「いません。必要がないからです。誰もが自分の仕事に精一杯取り組む。それで十分ではないでしょうか」
 こんな社会は、人類の歴史の中になかったことではないだろうか。

「じゃ、ヌヌロッチ、君は代表者ではないのか」
「違います。たまたま、私がンドペキ達と顔見知りで、避難してきた市民を東部方面攻撃隊が取りまとめようとしていた。だから私がエスコート役をすることにした。ただ、それだけのことです」
「そういうことなのか。恩に着るよ」
「そういう指示もありましたしね」
 ヌヌロッチはニコリと笑うと、では、こちらへ、と案内してくれる。
「作戦室にいかがでしょう」
 ひときわ広い部屋だった。
「ありがとう。でも、もうそんな部屋は必要あるかな」
「まあ、この広い部屋、それなりに使い道はあるでしょう。扉が必要ならつけてください」


 ヌヌロッチに案内されながら、ンドペキは気になっていたことを聞いた。
「ところで、人の姿がないんだが。別の場所に?」
 アンドロの人口は、数百万はあるばず。
 この次元の街は、このイダーデだけだとすでに聞いていた。
 ここから地球上の各街に出勤していくことも。
 それなら、この街にアンドロがひしめいているはずではないのか。
 ところが、ほとんど人の姿を見かけない。

「何といいましょうか……」
 ヌヌロッチは言い難そうに、言葉を濁した。
「実は……、ワークディメンジョンに移動しました」
「えっ」
「ここに残っているのは、ここでの仕事が必要なアンドロだけです」


 アンドロはあの政府建物での戦闘のために、出勤を見合わせていたのではなかったのか。
 政府建物内にいたアンドロも、兵も含めて、次元のゲートを超え、こちらに戻ってきたのではなかったのか。

「一旦は、イダーデに集結という状況でした。しかし、ワークディメンジョンに移動することにしたのです」
「うーむ」
「誰が言うともなく、そういうことになりました。ここに残っているのは、ワークディメンジョンで必要な物資を供給するための仕事に関係した者だけです」
「そうなのか……」
「言っておきますが、ワークディメンジョンを我が物にしようという動機ではありません。あくまであそこが我々の仕事場ですから」

 なんということだ。
 自分達はアンドロの次元に避難してきたというのに、アンドロ達は自分達を助けるために、あの次元に大挙して移動したというのだ。
「あの太陽フレアが怖くないのか?」
「さあ。私達も人と同じく普通の体を持っています。少しは違いますけどね。無事で済むはずがありません」
「それじゃ……」
「いいんじゃないですか」
 ヌヌロッチはあっさりと笑った。


「どういうこと?」
「私達は、ワークディメンジョンでの役割があってこその存在です」
「んー」
「ホメムやマトやメルキト、そしてアギがいてこその存在なのです」
「とはいえ」
「彼らが危機に面しているのに、私達がここにいても意味がないのです」
「むう」
「何ができるのかわかりませんが、行かねばなるまいと」

「それで、ヌヌロッチも」
「いえ。私は、長官からの指示を受けて」
「長官の?」
「タールツーの署名がありました。避難してくる市民の対応をするようにと」
「そうだったのか」
「先ほど、レイチェルからも書簡が届きました。SPは解任だそうです」
「えっ」
「ちゃんとレイチェルのサインもありました」
 ハートマークのサイン……。


 ンドペキは案内された部屋を眺めた。
「ここでお休みください」
 ここもまさしく何もない。
 ただ、床と壁と天井があるだけ。
 ベッドはおろか、何の家具もない。

 トイレやシャワーも必要でしょうから。
 食事は、こちらで。
 今はアンドロが運びますが、いずれは皆さん自身で。
 一応、テーブルとチェアは。
 念のため、私に用があるときは。こちらの……。


 ンドペキはがくりと膝を折った。
 スゥは?
 あっ。
 すぐ横で膝をついていた。

 パキトポークが走り寄ってきた。
「すまない! しばらく寝てないんだよな! 気が付かなかった!」

 ここで眠ってしまうわけにはいかない……。
 まだ知っておくべきことが……。
 しかし、意識は薄れていく。


 そうだ……。
 クシの死体を屋根の上にあげて……。
 ロア・サントノーレの荒野で、スジーウォンがカイロスの刃を手にするのを見物……。
「ヘスティアーに保護されし孤児、生贄を喰らう」の言葉のままに、ごうごうと燃え盛る火に飛び込んでレイチェルのシェルタに……。
 騎士団に捕らえられ……。
 政府建物に侵攻し、青い海のアギに弄ばれ、そして……。

「毛布を! 二人分!」
 パキトポークが叫んでいた。
「装甲を脱げ!」
「いや、もう、このままで……」
「そうか、じゃ、ゆっくり休んでくれ」
 その声を最後に、ンドペキは眠りに落ちた。
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