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サントノーレ 作者:奈備 光

10章

100/118

100 スパイの告白

 溶岩はすぐさま変化を始めた。
「パリサイド、二人、見かけなかったかい」
 ライラが畳み掛ける。

 たちまち人の姿になっていくアンドロに、
「急いでいるんだよ」と、噛み付かんばかりだ。
「口だけでもきけないのかい!」
 ホトキンが袖を引くが、ライラの口は収まらない。
「えーい、イライラするね!」

「ライラ。ちょっと待って。口ができないと喋れないじゃない」
「そんなもんかい」と、今度はニニを睨みつける。


 溶岩はやがて立派な体躯を持った男の姿になった。
 そしてようやく口を開いた。
「ばあさん! 相変わらずだな! ライラらしいぜ!」
 男が豪快に歯を見せて笑った。
「ん? 俺を覚えていないのか!」

 大男に負けじと小さな老婆が背筋を伸ばした。
「知らないね! それより!」
 ガハハハ!
「そう急ぐな。ちゃんと教えてやるから! それより! 俺を思い出せ!」

「知らないね! 何度言わすんだい!」
「けっ! 残念だ! ヘルシードと言えば、思い出すか!」
「は? なっ!」


 見る間にライラの顔に驚きが広がっていった。
「あんた! ヘルシードのマスター!」
「そうともさ!」
「アンドロだったのかい!」
 ガハハハハ!
「名はたしか」
「名はどうだっていいさ!」
「イエロータド!」
「いやあ、ライラ! 久しぶりだな!」

 ヘルシードのマスターは、やっと気づいたようにチョットマに向き合った。
「そこのお嬢ちゃん。んっと、そう! チョットマだな!」
 ヘルシード。エリアREFのバーである。
 チョットマがライラを初めて出会ったのが、この店のカウンターだった。
 今は、ホステスをしている一つ目のお姉さんに、チョットマは歌を習っている。

「どうだい! ちいとは酒でも飲んでみたら! いつも、ソーダー水とイチジクじゃ、つまんないだろ!」
 そう言うとマスターは、
「ライラ! 俺の話を聞いてくれ!」と、がなりたてた。
 ハイ……、と応えるチョットマの声など聞いてはいなかった。


 ライラが応酬する。
「あたしの話が先だよ!」
「うんにゃ。ここはアンドロ次元。あんたにゃ、マナーってもんがないのかい!」
 ライラの唸り声をものともせず、大声で笑う。
 ガハハハハ!

 ライラが折れた。
 ふうっ、と大きな溜息をついて。
「分かったよ。聞かせてもらおうかい。その前に、あんた、ここで何してるんだい」
「ふふん」
「バーのマスターって面じゃないと思ってたけど、あんた、本当は何者だい」

 よく聞いてくれたといわんばかりに、マスターが両手を打った。
「バーは仕掛けさ!」
 情報を集めるための。
「本来は秘密だが、もうこうなってしまっては、秘密もくそもあったもんじゃない! 俺へ指示飛ばしてたやつもいなくなったことだしな!」


 あのバーには特殊な人間が集まる。
「軍の将軍や、サキュバスの庭の女帝なんてやつもな」
「ふん!」
「そいつらが話す内容を通報していたのさ!」
「なんだって!」

「アンドロの中には、愛とか恋とか、そんなことに興味を持つ者もいる」
 マスターがにやりと笑った。
「俺は違う。俺は価値のある情報を、それが必要な人間に流す。それが仕事だ!」
「そうかい。ただのスパイが! 偉そうに言うんじゃないよ!」
 ガハハハハ!

 歴代の治安省長官から指示を受けて、巷の情勢、特に政府の幹部連中の動向を探っていたという。
「俺の上司、最後はタールツーってやつだ」
「で?」
「いつもなら単に情報として挙げていただけなんだが、最近になって、ちょっと細かい指示が来た」
「どんな」
「レイチェルを信奉している者を選別しろってんだ」

 選別の基準は、忠誠度、そしていざという時に役にたつか。
「役にたつというのが曖昧でな。俺はそれを、こう考えた。奇妙な忠誠心のおかげで、結局はレイチェルに危機を及ぼす恐れのあるやつ」
「ほう! アンドロのスパイにしちゃ、上出来だな!」


 ライラは我慢強く聞いているが、チョットマは段々イラついてきた。
 いったい、この男は何を言いたいのだろう。
 単なる自慢話なら、聞いている暇はない。
 タールツーの指示というなら、レイチェルの身近な人間の中の誰に、裏切らせるか、というようなことなのだろう。
 しかし、もう、レイチェルはいないのだ。

 チョットマはハッとした。
 えっ。
 まさか。
 サリ!

 まさかサリは、この男の報告によって、再生時の思考が捻じ曲げられたというのか!
 このやろう!
 チョットマは、手元に武器があれば、とさえ思った。


 チョットマの顔色が変わったことにも気づかず、男は喋り続けている。
「もう一点は、頭の固いやつ。こいつも、最後にゃ、己もろともレイチェルを危うくする可能性がある。ん? チョットマ、退屈か?」
「おまえ! まさか! はっきり言え!」
「まあ、最後まで聞け。レイチェルのクローンよ!」
「なに!」
「ガハハハハ!」
「おまえ、サリを!」

「サリ? 知らねえぞ。そんな名、聞いたことはないぞ。一例を挙げよう。ロクモンってやつ、覚えているか?」
 忘れるはずもない。
 裏切り者だ。
「やつはレイチェル信奉者だ。第一級のな」
 思い出すだけでも、胸が悪くなる。

「じゃ、サリは」
「チョットマ、知らんといったら、知らん。アンドロは嘘がつけない性分だ」
 ガハハハハ!
「ロクモン、奴の忠誠心には、私情が入り込んでいる。細かい網のように、心の中に食い込んでいる。そんな報告をタールツーにあげた。そうしたら!」


 頭に血が上ってしまったチョットマに代わって、ライラが聞いた。
「そうしたら?」
「消せ、と!」
「な!」
「驚くにゃ当たらんよ。俺はもう慣れっこになっていたな! ガハハハハ!」
 ロクモンはこのマスターに煽られ、焚き付けられ、レイチェル騎士団の前でンドペキを裏切り者だと罵ったというのだ。

「俺の部下が射殺した! ついに奴が本性を現した、そのチャンスを逃さずにな! それだけのことさ! ガハハハハ!」
「そんな!」
「ん? チョットマ、不満か? いざという時、あいつはチョットマを殺してでもレイチェルに尽くそうとしたぞ。そういうやつだぞ!」
「でも」
「でももしかもない! 地球はこんな状況なんだ! レイチェルひとり生き延びても意味がない! そう思わないか?」
「……」
「タールツーの指示はそういうことだ。俺はそう判断した!」


「ふう!」
 ライラが大きな溜息をついた。
「で、あんた、ここで何を」
「思案していたのさ。もう、エリアREFに戻るべきかと。俺は、こういう状況になって、タールツーからの指示が途絶えたことが不安になった。これでも宮仕えなんでな」
「で?」
「ところが、タールツーなんてアンドロはいないじゃないか! いや、いたにはいた。ニューキーツ治安省長官としてのタールツーは! しかし、数年前に解体処理になっているんだ! 廃棄処分じゃないぞ! 解体処理だ! ど

ういうことかわかるか!」

 それを知って、無性に自分の部下達が懐かしくなったのだという。
「俺はもう、役なしだ。ほとんどのアンドロと同じようにな!」
 バーのマスターは、急に柔和な顔つきになって、ぼそりと言った。
「仕事のないアンドロなんて、頭の固いただの人型ロボットさ。自分じゃ何も決められない。それならせめて、あいつらと一緒にまたバーを。そいうことさ!」

 チョットマは、ふと一つ目のお姉さんを思い出した。
「チョットマ!」
「なに?」
「あんたの歌の先生。生徒が最近来ないって、心配してたぞ!」
「……」

 そうか、この男も普通のいい人なんだ。
 アンドロだけど。
 それにスパイだけど。
 サリの件と無関係なら。
 そう思おうとした。
「でも、もう」
「会えないか?」
「帰れないんでしょ」
「帰れるさ
「えっ、そうなの?」
「さてと」


 マスターがライラに声をかけた。
「ということで、おれはワークディメンジョンに帰ろうと思う。あんたらの次元に。一緒に行くか?」
「私の娘のことは!」
「ん? あ、言ってなかったか」

 マスターがわざとらしく、目を丸くした。
「パリサイドは二人、瀕死の状況だった」
 ライラもホトキンも、そしてチョットマも、息を呑んだ。
「ここでは治療ができない。マトやメルキトならともかく、パリサイドときてはな」
「どこにいるんだい!」
「で、付添をつけて、ワークディメンジョンに帰ってもらった。無事に帰れたかどうか、そこまでは知らないがな!」
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