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サントノーレ 作者:奈備 光

1章

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9 ヘスティアーに保護されし孤児

 ゲートAZを襲った敵は、今回も小規模なものだった。
「ちょこちょこ出てきやがって」
「つまらない?」
「いや。というか、意味が分からない」
「偵察だと思う?」
「知るか」
 プリブとシルバックは警戒任務を終え、交代にきた隊員と声を掛け合った。

 警戒任務は、二人一組で行う。
 プリブはシルバックと組み、ゲートFEを守っていた。ホトキンの間方面からの敵を防いでいる。
「たまにゃ、一緒に飯でも食うか?」
「そうねえ」
 これから、十六時間のフリータイムだ。
 睡眠、食事、身の回りのこと、そして娯楽。
 敵襲や特別な任務がなければの話だが。

 異性を食事に誘う、異性でなくとも同じことだが、そんなことは何百年もなかったことだ。
 しかし、お互いに素顔を見せ合い、心をひとつにする出来事を経た今となっては、違和感はない。
 それに、シルバックも変わった。
 以前は人を寄せ付けないためか、棘のある言動がトレードマークのような女性だったが、すっかり柔らかい言葉遣いをするようになって

いた。
 シルバックだけではない。
 隊員たちに、変化が起き始めていた。
「ヘスティアーってのは、炉の女神なんだって。神話の」
 シルバックの声は、やさしさを帯びている。
 もっと話していたいというように。
 今はヘッダーを被っているが、シルバックの表情を想像することができた。


 プリブの元部屋の辺り。人通りは以前同様、ほとんどない。
 シルバックの話は、レイチェル騎士団が篭っているといわれるシェルタの位置を示す言葉についてだった。
「ヘスティアーに保護されし孤児、生贄を喰らう」
「ラーに焼かれし茫茫なる粒砂、時として笑う」
 二人でひとつずつ口に出してみる。

 この二つの言葉を、ンドペキやコリネルスがひねくり回していた。
 孤児とは誰?
 生贄とは?
 砂が笑うってどういうこと?

 なんとなくではあるが、ラーに焼かれし茫茫なる粒砂というのは、つまり太陽に照り付けられた砂漠ということだろう。
 となれば、これはニューキーツ西部に広がるエリアのどこかを指しているのではないか。
 可能性として高いのは、光の柱の辺りではないだろうか。
 とするなら、もうひとつのヘスティアーの方が、エリアREFに関しての言葉であると考えていいだろう、などと。
「炉か。ということは、火に関係しているんだな」
 火の女神に守られた孤児が崇められていて、生贄を捧げられている、ということになる。
 孤児というのは、単純に考えてレイチェルその人ということになるのだろうか。
 レイチェルは孤児ではないが、それに近い境遇だった。

 隊員たちは、普段、シェルタ探しをしているわけではない。
 ンドペキたち、リーダーの仕事だという意識がある。
 それに、闇雲に入口を探し回って見つかるものでもないだろう。
 プリブも関心がないわけではないが、深く考えてみることはなかった。
 しかし、暇つぶしの格好の話題ではある。


 シルバックとプリブは、ゴミ捨て場に差し掛かっていた。
「やっ、ハワード!」
 鉄の橋をハワード、その後ろからマリーリが渡ってきた。
「珍しいな、こんなところで会うなんて」
「元気かい」

 ハワードとマリーリは、少しばつが悪そうな顔をした。
「どこ行くんだい」
 二人は大きな荷物を背負っていた。
「ほら、これ」
「おっ、すごいな。そいつは」
 マリーリが大きな花束を持っていた。

 生の花など、貴重な品物だ。
「昔、人にはそういう風習があるって聞いたもんだから」
 プリブはハワードの言葉の意味がすぐにはわからなかったが、シルバックが、
「レイチェルのために?」
 と言ったことで、ようやく花束の意味が理解できた。

「花を手向けに?」
 ハワードは照れたように、肩をすくめた。
「水系へ、その……」
 放流するのだという。
「そうなのか……」
 プリブがなんと応えてよいか、口ごもっている間に、「じゃ、また」と、ハワードは通り過ぎていこうとする。

「その荷物は?」
 シルバックの問いかけは、穏やかなものだったが、ハワードは幾分気分を害したのかもしれない。
 そもそも、レイチェルが死んだのはンドペキ隊の落ち度なのだ。
「我々の、その、アジトもあるんです」
 と、ハワードは早口に言った。
 プリブは、また今度、そこに顔を出すよ、と言いかけてやめた。
 知られたくない、を言い返されそうな気がしたからだった。


 ハワード達と別れ、シルバックとプリブは、鉄の橋を渡り始めた。
「それはそうと」
 シルバックが橋の中央で立ち止まった。
「火ねえ」
「この地下で、生の火を盛大に見ることができるのは、ここだけよね」
「ああ。だから、かなり探したじゃないか」

 この空間はくまなく調べていた。
 天井まで三十メートルほど。概ね立方体をした空間だ。バーチャルのものも含めて、出入り口らしきものはない。
 天井の四隅には、二メートル四方ほどの縦穴が上部に伸びているが、その内部にも何も発見できなかった。
「あれを登っていったら、あっさり街の上空に出たぞ」
「そうよね。あれはただの煙突」


「生贄も空振りだったね」
 生きた鼠を炎の中に放り込んでもみた。
 火に守られた何者かが、この下にいるのではないか、と。
 臨戦体制で固唾を呑んで見守ったが、可哀想な鼠は焼け焦げていっただけだった。

「ねえ、プリブはどう思う? この下に何かいると思う?」
「さあな。大蛇とか?」
「蛇は暖かいところが好きでしょ」
「ふうん。いろいろ調べたんだな」
「そういうわけじゃないけど」
「大蛇がいるとして、シェルタの入り口は?」
 竜神様がシャルタの入口を守っている、ということになるのだろうか。
「なんだか、パッとしないな。ありきたりなストーリーで」
「そうよねえ」
 きっと、そんな安っぽい話ではないだろう。

「ねえねえ、私が生贄になって、飛び込んでみようか」
「おいおい。やめてくれ」
「私が惜しい?」
「そうじゃなくて、そんな勝手なことをして、万一のことがあったら困る」
「だめか」
「当たり前だ」


 ここを通るたびに、チョットマのことが思い出された。
 プリブは、ふと思うことがある。
 わずか二か月ほどの間に、色々なことがあった。
 数百年かの間の、もっとも密度の高い日々だったといえる。
 しかし自分にとって、最も大きな変化は、人を好きになるという感情を思い出したことではなかったかと。
 今も、出会えば、チョットマと話をする。
 なんとなく照れている自分をもてあましながら。


「なんかさあ、ああいう言葉って、現在進行形とは限らないと思わない?」
 シルバックがまた言った。
「うん?」
「だってさ、過去のことを言ってるのかもしれないし、未来のことかもしれないなって」
「なるほど」
 二人はゴミ捨て場の橋を渡り始めた。
 いつもと変わらず、下には大量のゴミが燃えている。
「で、君の推理では、どういうことになるんだ?」

「推理ってものじゃないよ。ぜんぜん分からない」
「なんだよ」
「というかさ、考える必要なんてないのかも」
「はあ?」
「本当は、謎掛けなんて面倒くさいことじゃなく、単に意味のない尾ひれが付いているだけなのかもって」
 シルバックが言うには、火というキーワードだけがあって、その他の言葉には意味がないか、あるいは惑わせるだけの言葉ではないか、

というのだ。

「つまり、それでどういうことになるんだ?」
 この場所を示しているだけだとしても、進展はない。
 出入り口はもう十分、探したのだ。
「でもさ、火の下は探していないよ」
 確かにその通りである。
「でもさ、この火は消せないんだよ」
 以前、消火してみたことがある。
 しかし、ものの一分もしないうちにまた轟然と炎を上げ始めるのだ。


「ふうん。そうなのか」
 そう言いながら、シルバックが立ち止まった。
 手すりにもたれ、ゴミが燃え盛るのを見下ろしている。
「でも、もう一度やってみない?」
「消すのか?」
「うん。たとえ数十秒でも。私たちなら降りていくこともできるだろうし」

 プリブは思い出そうとした。
 以前、消火してみたときに、出入口らしきものがあったかどうか。
「少なくとも、壁に横道なんてなかったと思うな」
「ううん。そんな単純なことじゃなくて……」
「下に?」
「なんとなく」
 どうしても調べてみたい、と言い出した。
「大蛇がいるなんてことは考えないで、降りてみようよ」
「ううむ」

 プリブは思った。
 シルバックは、隊の現状に倦んでいるのだ。
 事態展開の糸口を探そうとしているのだ。
 その気持ちはよく分かる。
 小規模な敵襲ではなく、いつ何時、本格的な戦闘が始まるかもしれないのだ。
 勝てるかどうか分からない。
 エリアREFの住人達からは、とりあえずは受け入れられているように感じる。
 さして応援はされてはいないが、無言のうちに、居ても良いといわれているような状況だ。
 しかし、それはレイチェルを擁していると考えられているからではないのか。
 いずれ、レイチェルがもういないということが知れるだろう。
 そのときも、住人たちは今までと同じように接してくれるだろうか。


「消火剤は持っていないぞ」
「あなたの部屋には?」
「何を言ってるんだ。あそこは隊の詰め所に提供したじゃないか。なにもないよ」
「本当?」
 実は、自分の荷物は別の部屋に移してある。
 急遽、新しく借りたのである。
 変装用の衣類など、捨てるには惜しかった。しかも、隊員たちには見られたくはなかったからだ。

「本当かなあ」
 シルバックは疑っている。
「あなた、変装の名人でしょ。ということは、いろんな小道具を持っているはず。捨てるはずがないと思うけど」
 痛いところを突いてくる。
「どこかに隠しているんじゃない?」
 プリブは記憶を探った。
 消火剤はあっただろうか。
 あったとすれば、持ってきてもよいという気になりかけた。

 しかし、シルバックはあっさりと追求をやめ、歩き出した。
「じゃ、次回ってことで」
「なんだ。やっぱりやるのか」
「次の交代は十六時間後ね。それまでに消火剤、手に入る?」
「何とかしよう」
 エリアREFにも店はある。見つけられるだろう。
 それに、隊として持っておいて損はない。
「でも、隊長に聞いてからだ」
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