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レイン・ハート・レイン
作:kazuya


二時間目から雨はより激しさを増していた。


私は雨の日が好きだった。


高校の退屈な授業を聞いているよりは窓の外の雨が降っている様子を何を考えるのでもなく眺めているのが好きだった。ここから見ていると天と地を雨がつないでるように見える。そしてその天と地も雨によって表情を変える。天は真昼なのに薄暗く光をさえぎる。地は無数の水溜りを作って私たちを映す。そして教室の天井を見ると蛍光灯が光っている。私は今すぐにでも消したいと思う。この雨の景色の中と私は同化したい。


私は雨の日が好きだった。


私はこの高校で唯一のイラスト部の部員である。顧問の先生はいるが、たまにしか顔を出さない。今日も薄暗い窓とまだ何もかかれていない紙を交互に見ながら私はイラストを書いていく。レイン、彼の名前だ。私は今日も紙にあなたを書いている。今日は手を振っているあなたを、この前は腕を組んでいるあなたを、その前は何だったか、そうだ、微笑んでいるあなたを。表情はいつも違うが、いつだって素敵なあなたを描き続けていた。窓を見ると、雨は少し小降りになったようだ。いつもの下校時刻よりは早いが帰宅することにしよう。部室を出る前に窓を少し開けた。やさしい雨の音が心地いい。


私は雨の日が好きだった。


この部室から靴があるロッカーまでは少し遠い。この部室は使われていなかった教室を借りているもので場所はこの高校の端の端である。私はロッカーまでの少し汚れた廊下をゆっくりと歩いた。そしてロッカーについた瞬間に思った。これは現実なのか私の頭が狂ったのかファンタジーの中に紛れ込んだのか、その場に立ち尽くして、彼の方を見た。


レイン。


私の空想が生んだあなたがなぜここにいるの。この世界がファンタジー小説ならまだわかるけど。そもそも私がなぜあなたをレインと思ったのだろう。私が書いているのは絵で、今いるあなたは私と同じ人間の形をしている。確かに似ているといえば似ているが絵は絵である。ここで私はひとつの結論にたどり着いた。私の頭が狂ったせいであると。その認めたくない現実を振り切るかのように頭を振る。窓の雨はもう止んでいて、あなたも消えていた。


レイン。


次の日も雨だった。私はあの後の記憶がない。正確に言えば、状況を整理するためにすべての思考を停止したのだろう。また私は窓の外を見ている。今朝からの雨はそれほど激しくなかった。いつものように退屈な授業を受け、たったひとりの部室に顔を出し、あなたを描き、ロッカーに向かう。昨日と違って雨は止みそうにない。ちょうどすべての授業が終わって部室に向かう途中からそれは激しくなった。ロッカーについた。彼は今日もいた。


レイン。


昨日の思考停止も何ら意味を持たない。私は昨日のように頭を振る。そうすることで彼は消えると思ったからだ。窓の雨はやはり止みそうにない。そして彼も消えていない。この場から立ち去るしかない。早歩きで自分のロッカーへ向かい、靴を出し、適当に履き、外へ出ようとしたところに彼の声が響いた。


「待って。」


できれば待ちたくなかった。でも自然と振り返っていた。


「まさか君に会えるとは思っていなかった。」


私も思っていなかった。今でも夢であって欲しい。なかったことにして欲しい。


「僕は君に会えてうれしいよ。」


雨はさっきよりも激しさを増していた。私もうれしいという感情を断ち切るように雨の中に出て行った。もう頭がおかしくなりそうだった。いや、もうおかしくなっていたのだ。


雨が嫌いになった。


次の日も雨だった。私が雨を嫌いになろうがなかろうが雨は降り続けている。でも不思議なもので私はまた彼を描いていた。ロッカーの前に立っている彼を。雨は昼前にはあがっていた。今部室の窓には曇り空が映されている。この先、また雨を降らすか太陽が顔を出すかはこの映像からは判断できない。結果はすぐにわかった。彼はまたそこにいた。彼は何か口にしようとしたが、私は足早にその場を去った。


雨が嫌いになった。


私はあなたが好きだ。だからこそいつもロッカーの前にいるあなたが私の些細な空想であることが悲しい。そう、あなたは空想。部室には様々な表情をしたあなたがいる。でもそれは単なるイラストでしかない。それがどんなに上手に描かれていたとしても、イラスト以上にはなりえない。あなたは現実には存在しない。私はあなたが好きだ。でも私のこれまでの日常を返して欲しい。明日、もしも雨ならあなたに伝えよう。きっとわかってくれるはずだよね。


レイン。


次の日は気象予報士が言っていたとおり、バケツをひっくり返したような雨だった。ここ数日で一番ひどい。前の私ならここ数日で一番うれしいはずの窓の景色が色褪せて見えた。


今日は雨が降っている、つまり、彼もいた。彼とお別れをしなくては。


「ねえ、レイン。」


私はそう言おうとしたが、彼の声にかき消された。


「君とはもうお別れしなければいけない。」


私が言おうとしていたことをそのまま彼が言ったので、少し驚いた。


「このままではだめだと思う、君も僕も。」


そのとおりだ。彼はこの世界にいてはいけないということを理解している。


「初めて君に会ったときはとても驚いたよ。」








「だって僕の小説の主人公が僕の目の前に現れたのだから。」


レイン、何を言っているの。


「そう僕はたったひとりのイラスト部員を主人公にした小説を書こうとしていた。色々とストーリーを頭の中で考えたり、君の映像を思い浮かべたりしていた。そんなことばかり考えていたら、君が突然現れた、あの雨の日に。」


レイン、何を言っているの。違う、私があなたを描いて、あなたのほうが現れたのよ、あの雨の日に。


「信じられないという顔をしているね。君はここの制服を着ているし、見た目は普通の女子高生だ。でも君に雨の日以外の記憶はあるかい?僕はまだ雨の日の君しか小説の中では描いていない。」


レイン、本当に何を言っているの。だって私はこの高校に入学して、あれ、入学式の記憶がない。いや、忘れているだけよ。そう、部活で毎日あなたを描き続けていた。顧問の先生があまり来ないようなちっぽけな部活だったけど、あれ、顧問の先生ってどんな人だったっけ・・・


「君が知らないのは当然だ。僕は雨の日の君しか書いていない。入学式の様子も顧問の先生が部活に来た日のことも書いていない。だから君が知るはずない。」


だったら、私は本当に、あなたが書いた小説の主人公・・・つまり、あなたの空想・・・嘘だ、そんなことは信じない。それこそ空想の世界じゃないか。


「信じる、信じないかは君の自由だけど、やっぱり君は君の住む世界に戻るしかない。仕方ないことなんだ。」




「僕は君に出会えてよかった。うれしかったよ。」





彼の笑顔を見た瞬間、体の力が抜けて、私はその場に座り込んだ。何かが私の中を駆け巡った。


私はあなたが好きだった。たとえ、あなたが私の作者であろうと。私は小説の中であなたを描いていたのね。なんだか不思議な感じがする。ああ、すべてを悟ったような気がする。私が消えていくのもわかる。

私は近くにあった傘を持ち、消えそうな体で雨の降る中へ向かった。そして傘をひらいた。


さあ、傘の中に入って。


彼はさっきの笑顔のまま、傘の中に入った。


最後にひとつ聞いていい?


「何?」


あなたの小説での私の名前は何だったの?あなたが書かなかったから、自分の名前がわからないの。








「レイン、君の名前はレインにするつもりだった。」




いい名前だね。




私は雨の日が好きだった。





雨は急速にあがり、雲の間から数日振りの太陽が顔を見せた。






ロッカーの近くには開かれた傘だけが残っていた。














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