死の境に棲まうモノ(9/11)PDFで表示縦書き表示RDF


ずいぶんと久しぶりの投稿デス…
死の境に棲まうモノ
作:都築景



八章:狩人の夜宴(後)


暁の片腕を掴んだまま、イザは来た道を戻った。もちろん、全力で。
おそらく今回程度の
「デキソコナイ」ならば、イザ一人でも問題はないだろう。だが、暁がいる。
別に足手まといがいようとも勝てない訳では無いのだ。ナギやツクならば迷わずそうするだろう。だが、イザは誰かを守りながらの闘いは得意ではない。
なので、逃げる。
薄暗い廊下を駆けながらもイザは安心していた。あの
「デキソコナイ」は彼女じゃない。
イザにはサノ程の感知能力はないが、彼女を間違えないという絶対の自信はある。あの時の彼女の憎しみに満ちた悲痛な声も顔も、鮮やかにイザの記憶に残っている。
「―イザ」
聞き慣れたナギの声にイザははっと我に返った。
入って来た教室を通り越してしまったらしく、いつの間にか廊下の端まで来ていた。
そして、その壁を背にしてナギが。懐から抜いた愛用の銃の銃口を下に向けて立っている。いつもの白いシャツにスラックス姿の上に黒のロングコートを羽織って。
「ナギ…頼んだわっ」
その姿を認めるや否や、イザは掴んでいた暁の腕を離し、ナギへと押し付けた。
「わっ…」
「おい…っ」
ナギがバランスを崩した暁を受け止めた時にはもうイザは踵を返していた。長い黒髪がそれを追うように翻る。
その姿は段々と小さくなり、闇の中に唐突に消えた。暗い夜を割く光を放つ満月が雲に隠されたのだ。
「何があったんだ?」
暁を離し、ナギがため息交じりに問い掛けた。
「あ…、えっと…あっちにその、
「デキソコナイ」がいて、イザさんが助けてくれてそしたら急に逃げるとか言って走り出して…。あの、聞いてます?」
たどたどしく話していた暁はナギが暁を無視してイザが走っていった方を見ているのに気付き、控え目に問い掛けた。
「ああ、聞いている」
「そ、そうですか…」
突き放すようなナギの言葉になんとかそれだけ返す。初対面の時からあまりいい印象ではないからか、どうもこのナギという青年は苦手だ。
どちらも口を開かないため、何とも言えない重い沈黙が降りる。
「飯田暁」
「は、はいっ」
急に名をフルネームで呼ばれ、暁は驚きで裏返った声で応える。
「この廊下の先に
「デキソコナイ」がいるのだな。で、イザはそれを殺しにいったと」
「はい、たぶんそうだと思います」
「そうか…。全く、イザといいサノといい、どうして何も言わずにいなくなるんだ…っ」
最後の辺りにははっきりとした怒気が込められており、暁は肩をびくりと震わせた。顔は声と違って無表情のままだから余計に怖い。
「サノさんが、どうかしたんですか…?」
恐る恐ると暁が問い掛ける。出来ることならばあまりナギと話したくないのだが、このまま黙られたらと考えると前者の方が遥かにマシだった。
「…いないんだ。と、いうか何処にいるのかさっぱりわからない」
「はぁ…」
「イザはともかく、サノは元々協調性が全くといっていいほどにない。何でだかは知らないがイザに懐いていてな、イザの言う事なら聞くしイザの為なら体をはるんだが…それだけなんだ。俺達の頼みは余程の事がない限り黙殺される」
「…うわー」
ナギの言葉に暁はやっとそれだけを返した。なんとも、まぁ極端な態度だ。呆れてものも言えない、とはこういう事か。
ナギは不快そうに眉をしかめたまま、暁を見下ろした。頭一つ分身長に差があるので自然とそうなる。
「…な、なんでしょうか?」
たじろぎながらも暁はそう問い掛ける。はっきり言って怖い。
「行くぞ」
「え…っ。行くって何処にですか?」
「イザのいる所だ」
言い、ナギはすたすたとつい先程イザが去っていった方へ歩き出した。
暁は数秒呆けたものの、慌ててナギの後をついていった。


―時は少し遡る
宿直室にいた一人の教師が慌てて懐中電灯を探していた。 誰かが入って来たので注意しようとした直後に響いた悲鳴。ただ事ではないと思って駆け付けようとしたのだが、懐中電灯がなかった。
不意に、教師の上に影が覆いかぶさった。
顔をあげると、いつの間に現れたのか少年が一人教師の目の前に立っていた。フェルト帽を深く被っているので顔はよく見えないがおそらくここの生徒ではない少年だ。
「…おい、君。こんな所で何を―」
教師が言い切る前に少年がす…っと人差し指を突き付けた。
自然と教師の目が指へと移される。
「――」
少年が低い、教師にだけ聞こえる声で何か、そう遠い異国の言葉のような何かをつぶやいた。
途端に、教師の瞳が焦点を失って瞼がゆっくりとおりていく。
ばた…っと倒れた教師から聞こえるのは規則正しい寝息。どうやら眠ってしまったらしい、かなり深く。
少年は教師が完全に寝入っているのを確認するとくいっと帽子を少し上げて隣の棟の方を見、
「…さて、イザの方はどうなってるのでしょうか」
どうでもいい事のようにつぶやいた。
そして何事も無かったかのように姿を消した。


シュ、と利き腕に付けた手袋から得物―鋼線を獲物へと放つ。
糸は
「デキソコナイ」の首らしき部分めがけ空を切るがぎりぎりの所で避けられた。
「―チッ」
イザは舌打ちをすると手を軽く捻って糸を器用に戻した。
図体が大きいので的としてはかなり当てやすいと思っていたが、存外避けるのだけは早い。お陰で先程から傷一つつけられていない。
そのせいでか、イザの中をらしくない焦躁が焼いていた。
「…あー、もうっ。苛つく奴ね…っ」
苛立たしげに毒づき、利き手を振って本日十数回目に鋼線を
「デキソコナイ」目掛けて放った。
今度は肩の辺りを掠っただけで致命傷どころか斬ってもいない。
「往生際の悪い…っ」
呻くように言い、糸を手元へと戻す。
攻撃して来ないのが幸いと言えば幸いだが、こちらの攻撃も当たらないのだからそうも言えない。
確実なのは近づいて攻撃する事だがはっきり言ってイザの得意とする事ではない。むしろ、苦手だ。
「近距離はツクの専門なのよね…」
呟き、念のため
「デキソコナイ」と間を置く。
せめて注意さえそらせればどうにか出来るが。しかし、その方法の実行法が現時点ではない。
不意に
「デキソコナイ」が動いた。大きく一歩踏み込み、腕らしき部位をイザへと突き出す。
「うわ…っ」
それを体を引いてぎりぎりでかわす。
バランスを崩し、倒れそうになるのを足を踏ん張って堪える。が、勢いを上手く逃がせず、よろめく。
「…今まで、出し惜しみしてたってわけ、なのね」
数歩下がって慎重に
「デキソコナイ」から間合いを取り、呟く。先程より声が低くなっているのは気のせいではないだろう。
「ふざけんな…っ」
そう言うや否や、イザは手を降って気迫と共に鋼線を放った。
それは先程と同じように真っ直ぐに
「デキソコナイ」へと向かっていく。
だが、先程と同じように避けられる。
なのに、イザは笑っていた。
一気に距離をつめると、床を蹴って
「デキソコナイ」の顔の辺りに膝を叩き込む。
のけ反る
「デキソコナイ」の目の前に綺麗に着地し、鋼線を放つ。彼女の意のままに動くそれは真っすぐに
「デキソコナイ」の腕に巻き付き、切り離す。
が、
「デキソコナイ」は傷に構うこともなく…残った腕を振り回した。イザの予想に反して。
「な…っ」
やばい、と思ったときにはもう腕は目の前で…避けられそうにはなかった。
イザは舌打ちをすると、わずかに腰を落として自分に向かってくる『デキソコナイ』の腕を見据えた。
「――っ」
だが、想像していたような衝撃がイザを襲うことはなかった。
確かに
「デキソコナイ」の腕は繰り出されていたが、その腕は途中から失くなって…いや、床に落とされている。
「わりぃが、こっちは一対一ってわけじゃないんでね。…てなわけで覚悟しやがれ」
抜き身の刀を片手にツクが
「デキソコナイ」を挟んだ向かい側にいた。にやり、と笑う。
イザは
「デキソコナイ」の注意がツクに向くや否や後ろに数歩下がって距離を置いた。
「デキソコナイ」はツクに気を取られていて、イザの方は見向きもしない。ただ、ツクもそれなりにてこずっているようだ。姿からして大したことないと思っていたが、案外そうでもないらしい。
イザが己の武器を構えた、その刹那
「――が…っ」
ツクの身体が投げ飛ばされた。
どうやら、先ほど彼が切り落とした腕を何とも器用に
「デキソコナイ」は蹴り上げて、ツクに当てたらしい。
「ツク…っ」
イザが声を上げた。
「デキソコナイ」がツクを踏み潰そうと足を上げたのだ。あれをまともに受けては、いくら死神といえども死んでしまう。
イザはすぐさま鋼線を放ったが、間に合わない。
「……イザ」
静かな、こんな時でさえ平淡な、声音の変わらない声がした。
振り向くと、サノがすぐ後ろにいた。真っすぐに腕を
「デキソコナイ」に伸ばし、睨みつけるようにソレを見据えている。
そして、フェルト帽の下にある目が冴え冴えとした、見る者さえ凍らせるような青に変わっている。
サノは他の皆のように武器を使って戦いはしない。彼はまだ人であった時から異能の力を持ち、死神となった今でもそれは変わらず、いやますます強くなっている。そして、それを武器としているのだ。また、力を使っている際彼の瞳は青くなる。
サノの力によってだろう、
「デキソコナイ」はツクを踏み潰そうと足を持ち上げたまま固まっていた。指の一本さえ、動かせないようだ。
「――イザ…っ」
サノに名を呼ばれ、イザは鋼線を中に戻して…両手を前に伸ばした。心を細く細く研ぎ澄まして、魂の中のイメージを固定する。
キラリ、と鈍く月光を反射する何かが闇の中から滲みでるが如く、現れた。
長い長い柄がイザの握った手の中に唐突に形成され、大きく湾曲した鋭利な刃が光を受けてギラリと獰猛に輝く。
それは鎌だった。よく人がす考えるるような死神の大鎌。
冴え冴えとした月光を受けて硬質さと、そして獰猛性を秘めた大鎌に輝きが宿る。自身を強く主張するようにただ、鮮やかに。
イザは息を深く吸うと、その感触を確かめるように強く強く凶器の柄を握りしめて…静かに構えた。

「―あぁぁぁぁぁあ!」

声を上げ、大鎌を――断罪の刃を振るう。

刹那、宵闇の星が一つ…堕ちた。


そして、夜明けはゆっくりと近づいてくる。けれども、確実に――












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう