死の境に棲まうモノ(7/11)PDFで表示縦書き表示RDF


死の境に棲まうモノ
作:都築景



六章:狩り前


深夜、車どころか野良犬一匹見当たらない通りに暁とツクはいた。他の三人の姿は見えない。
「…ねぇ、本当にこうして突っ立っているだけでいいの?」
暁が隣に立つツクへと何度目かの問いを投げ掛ける。
「そう、いいの。後は、奴が来たら校内をひたすら走ればいいから」
「…アバウトすぎる…」
額に手を当て、暁が呆れまじりにつぶやく。
「ま、そんなもんでしょ。深く考えない方がいいって、ね?」
ツクが右手に持った細長い鞘を器用にくるりと回してにっと笑った。
「人形に近いほど知能も高くなるからね、それによって対処の仕方も変わってくるんだよ。だから、臨機応変にやるのが一番」
「…」
暁はますます呆れてしまい、深くため息をついた。それ以外にはどうしようもないのだ。
沈黙が降りた。人通りがないせいで余計に冷たく、しん、と感じる。
「―ねぇ」
「どうかした?」
欠伸を噛み殺してツクが暁を見る。
「一つ聞きたいことがあるの」
「俺で答えられることなら…」
片目を覆う布を大切そうに撫で、ツクは空を仰いだ。その仕草が何となく嫌そうに見える。
暁も夜空を見上げた。
金色の光を放つ月が薄い雲を通してぼんやりと見えている。その周りの星々も控え目ながらにも輝いている。美しい、けれどもどこか現実味の欠けたように見えるのは暁だけなのだろうか。
「…あのさ、イザってどうして
「デキソコナイ」に構うの?ペナルティーって言ってもたいしたことないんでしょう?」
ツクが煩わしそうに前髪をかきあげた。ついでに困っているらしく、視線が泳ぐ。
再び降りた沈黙は当然気まずいもので二人はただ空を仰いだ。
「…イザは、野党供に村を荒らされ、楯にされたあげく…大好きだった人が酷い殺され方をした後になぶり殺されかけたらしい。そいつらを殺す為に契約した」
「…」
「イザは千の人間を殺した、けど…イザに殺されかけた人が同じ道を選んだ」
「うそ…」
口に手を当て、暁が信じられないとばかりにつぶやいた。
だが、ツクは静かに首を横に振るだけだった。
「嘘じゃない。それに、彼女は結局死神にはなれずに
「デキソコナイ」になったんだ」
「だから、なの?」
「そう、だな。だからあいつはヤツらを狩ることに積極的なんだ。その中の彼女を殺すのは自分の役目だ、と」
ツクが何かを堪えるように細く細く息を吐いた。その目が見ているのは、遠い何処か。
「俺達は、何年かに一度仕事でこっちの世界、いや空間と言った方がいいかな…。とにかくこの場所に来るんだ」
「…」
「その目覚めていない間はずっと眠っているんだ、悪夢を見ながら。それも、また代償ってやつなの」
ツクはどこか寂しげに、懐かしげに、躊躇うように笑った。その指が少し迷ってから片目を覆う眼帯を外した。
抉られたような傷痕が露になった。すぐに閉じられた目には…眼球がそっくり無くなっていた。
ツクは眼帯を頭上に翳して笑みを顔から消した。
「これはね、俺の大切な人がくれたもの。他の三人も、それぞれ大切な人の遺品をたった一つだけ持っているんだ。あの時の覚悟を忘れないように、ね」
ため息をつき、眼帯を元の位置に戻す。にっこりとどこか作りものめいた微笑を浮かべた。
「…死神って何なの?」
「さぁ…?人によって答えは違うし。でもあえて言うなら、俺はそうだなあ…死神っていうのは自分の欲の為に人である事を棄てた愚か者、かな」
「……ないの?」
小さな、風にさえ掻き消されそうな本当に小さい声で暁がつぶやいた。
「ん?」
「後悔してないの?」
「…ああ。まぁ、それはね…しまくりだけど。でも、選んだのは他でもない自分自身だから逃げるわけには行かないし」
「…」
暁は俯いた。我ながら馬鹿な質問をした、と。
「あの…、」
ごめん、と言おうとしたところでツクが
「静かに」とそれを咎めた。
暁は慌てて口を閉じた。その手のものに鈍い彼女でもわかるほどに空気が張り詰めた。
「…サノが近くにいる、と思う。暁さん、合図したら全力で校内に走っていって、楽に死にたいならね」
ツクが声だけは真面目にそっとつぶやいた。が、鞘から得物―刀を抜くその姿はどこか嬉々としている。獲物を狙う肉食獣を連想させる、そんな姿。
暁は何度か深呼吸した。膝が笑っているがツクから見てもはっきりとわかる。現実味が薄いからか、まだパニックしていないのがせめてもの救いだろう。
ツクは神経を研ぎ澄まし、同朋の気配を探した。サノはともかく、同朋の死神や奴らの気配を探るのはかなり難しい、その上サノは今隠密行動中なのでなおのこと。『…ツク』
死神だけの特殊な方法で名を呼ばれ、ツクは僅かに顎を引いた。どこかにいるであろう同朋にわかるように。 それと分からぬように構え、目をこらす。
そのまま待つこと数分、ツクはそれの気配を感じた。闇を見る中でもなお黒く蠢く何か。舌で乾いた唇を濡らし、腰を落とす。
一歩、また一歩、それがゆっくりと近づいてくる。獲物を目指して。
さらに一歩それが進む。暁にもはっきりと見えるところまで。刹那、
『ツク』
「―走れっ」
頭に響く声にやや遅れてから声をかける。ついでに腕を延ばして暁の背を押す。
牽制するように
「デキソコナイ」の目の前に立ち、暁の足音がある程度離れていくのを待つ。そのある程度を彼女が駆け抜けると同時にサノの気配もふ、と掻き消えた。
「さて、と…」
そう口にするとツクは刀を鞘に戻し、
「デキソコナイ」に背を向けて暁やサノと同様に深夜の校舎へと向かっていった。

かくして、獲物を狩るモノと自らの為に狩人から逃げるモノとの鬼ごっこは当人達のみ知るなか、ひっそりと始まりを告げた。












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