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死の境に棲まうモノ
作:都築景



三章:死神は語る


冷蔵庫から水のペットボトルを取り出し、イザは1リットルはあるだろうそれを一気に呷った。
暁という名の少女の手を引いて10キロほど全力疾走して来たからか非常に疲れていた。
涼しい顔で横に立つナギを恨めしげに睨み、リビングの椅子に座る呆然としたようすの少女を見る。
「貴女も何か飲む?」
水とお茶しか無いけど、と出来るだけ愛想よく付けたすが暁は何の反応も示さなかった。ただ目を丸くして部屋とイザとナギとを見ている。
ペットボトルをごみ箱にほうり込み、イザは暁の正面に座った。
「…説明は必要かしら?」
ため息交じりに問い掛けると、暁がゆっくりと頷いた。
背後に立つナギと目を合わせ、テーブルの上に肘を乗せる。毎度の事ながら説明をすることに気を滅入らせながら。
「さてと…、あまりに突飛で信じられないかもしれないけど…私達、俗に言う死神ってやつなの」
「…はい…?」
イザの言葉に暁はたっぷり間を空けてから間抜けな声を出した。
「死神って…あの魂を取ったりする小説に出てくるあの死神…?」
慌ててそう口にする暁に苦く笑い、イザはゆっくりと頷いた。困ったように髪をかきあげ、
「正確にはちょっと違うんだけど、一応分類上はそうなるわ」
付け足す。
暁は驚きで見開かれた目でイザとナギを見た。
いきなり会ったばかりの者に死神ですと名乗られて信じるはずがない、そんなこと位イザもナギもわかっている。だが、ソレ以外に言いようが無いのだ。ほかに適切な表現が無い。
「えっと…百歩譲ってあなたたちが死神であるとして……私は死ぬの?」
「死ぬ、一応そうなるかしらね。ただ、正しく言うと貴女はもう死んでなければなの」
「死んでなければ…?」
イザの言葉を反芻して問い掛ける暁に面倒そうに頭を掻き、口の中で悪態をつく。
「ああ、もう面倒臭い。一から説明するからよく聞いて」
先ほどより砕けた口調で言うとイザは暁の顔を覗き込んだ。
「まず、世界には一人一人の違う運命を刻んだ本のようなモノがあるの。その中には貴方達が考えるようなたった一つだけの運命があるんじゃなくて、ある岐点毎に幾つもの選択肢があって選ぶものによって未来が変わる。ここまでは分かる?」
こくん、と頷く暁に満足げに唇を緩め、イザは腕を組み直した。
「ただ一つ問題があるの。その本の持ち主、『書き手』って言うんだけどそれが一人しかいない。その上最初の時と比べて人が多くなりすぎてしまった。一人の神と数千万もの人、どっちが強いと思う?」
「…わかりません」
「それが正解、かしらねぇ?…人の正の念と神だったら神が勝つわ。けれど、人の負の念と神だったら勝つのは人よ。人って不思議でね、喜びや幸せの正の感情より怒りや憎しみといった負の感情の方が何倍も強いの」
ゆっくりと諭すように言ったイザだが暁はあまり理解しているようには見えなかった。いきなりこんな事を話されても信じるどころか飲み込む事も難しいのだから当然だろうが。
「すみません…理解できません」
本人もはっきりと言い切れるらしい。
「ま、理解しろって言う方が無理だわね…。簡単に言ってしまえば…人の負の感情が神の力さえ越えて運命にない道を見出だせるようになったってこと」
「…そんなのって、アリですか?」
さらっと言うイザに暁は目を丸くした。神の存在を信じているにしろ、いないにしろ、イザの言葉は以外だったに違いない。
「アリ、よ」
艶かしさのちらつく年にそぐあわない笑みを浮かべ、頷く。
同性だというのにわずかに胸が高鳴るほどのモノだが、暁はその中に裏があるような気がした。
クスリ、と笑ったイザの白い指が優雅に暁に向けられる。
「−だって、貴女がそうだもの」
「……えぇっ!」
ワンテンポ遅れて反応する暁に死神がゆっくりと頷いた。
「神を越えた感情はそれだけではただの因子に過ぎないの。だから運命を変えるには人の強い願いと結び付かなければならない」
暁に向けられていた指がゆっくりとテーブルの上を滑るように動く。
それを目で追う暁の顔は相変わらず驚いたままで、まだ話の先がよくわからない状態だった。
「…死んでもおかしくないのに奇跡的に助かった、ってことに覚えは無い?」
イザの問いに応えるように暁の頭に浮かんだのは二年前のあの事故だった。確か、医者も彼女と同じような事を口にしていた。
「ある、みたいね」
暁の表情の変化を読み取ったイザが呟く。
「それがどうしたって言うのっ?」
ふいに暁は声を荒げた。
嫌な予感がした、漠然とした予感が。暁本人もよくわからないがこれ以上目の前のソレの声は聞いてはいけない、本能がそう告げていた。
そんな様子の暁にわずかにイザが躊躇うような素振りを見せた。
「どうもしていない。ただ、生きたい、まだ死にたくない、そういう願いは本能に直結しているそれ故にどんな願いよりも強い」
だからだろうか、暁の問いに答えたのはイザではなく、ずっと黙っていたナギだった。
暁は無表情で立つ青年を見上げた。だが、彼は暁もイザも見ずにただ遠くを見ていた。
「ナギの言った通りでね、生きたいという願いは他のものよりも強いから負の感情と結び付きやすくて死ぬはずの人を生きさせてしまうの。……貴女みたいに」
静かにゆっくりと紡がれる死神の言葉。
その瞬間、飯田暁の心が音もなく崩れた。まるで砂の城のように脆く…あっさりと。
「…どうしてそんなこと教えたの?知らない方が…」
呟く暁にイザは困ったように首を傾げた。
「ごめんなさい、本当はこんなこと知らせたりしないの。ただ、貴女の場合はもっとややこしい事情があって…」
軽く頭を下げて謝る死神は本当に申し訳なさそうで暁もそれ以上責める気が起きなかった。
イザはそっと暁の手を取った。温かい人の感触に込み上げたのはある種の懐かしさだった。死人のようにとまでは行かないが、生きている人に比べれば死神の手は格段に冷たい。
「貴女はきっと私たちを恨むでしょうね、けど…死人である貴女が生きているだけで数百人の人の運命が狂ってしまうの。だから…ごめんなさい」
2つの黒瞳に見つめられ、暁はため息をついた。ここまで謝られてまだ文句を言うほど子供では無い。
どうしたって彼らは殺すのだろうから、と諦めてさえいたのかもしれない。
「そんな謝らなくてもいいよ。で、そのややこしい事情っていうのも教えてくれるの?」
「ええ、もちろん」
頷いたイザは立ち上がってコップに麦茶を注ぐと暁へと差し出した。
「けど、その前に一息つきましょう。騒々しいのも帰ってくるし」
イザがそう口にしたとたん、玄関のドアが音を立てて開いた。と同時に
「ただいま」
という聞き慣れた声が耳に届く。
ナギが二人に見えないように小さく溜息をついた。余計に話がややこしくならなければといい、と胸中で呟く。
「イザ、御所望の物買ってきたよー」
スーパーのビニール袋片手に入ってきた青年に暁は目を丸くした。
「ツク、お帰りなさい」

イザが恐ろしいほどの微笑みで出迎えると、ツクの表情がわずかに引き攣る。パシリに走るまで文句を並べていたイザの豹変ぶりによぎる嫌な予感。
それは振り返った暁を見てさらにひどくなる。
「こないだのナンパ男っ」
暁が責めるかのようにそう言うとツクがナギを睨みつけた。どういう事だ、とその視線が訴えている。
そう睨まれてもとばかりにナギは肩をすくめた。
ちらりと盗み見たイザはニッコリと笑って二人を見ていた。明らかにこの状況を楽しんでいる。
「……イザ」
責めるかのようにナギが呟くと、イザは若干不服そうな顔をしたがそれでも文句を口にはしなかった。
「暁さん、コレは仲間でツクって言うの。ツク、こちらは飯田暁さん」
「いや、言われなくても知ってるから…。それよりも獲物がどうしてここにいるかを教えてくれ」
「サノの予感が当たっていた」
ナギがたった一言で簡潔に問いに答えた。
だがそれだけで十分らしく、すぐにツクの眉がひそめられた。露になっている瞳が胡乱げに暁を見る。
「何よ…?」
「それで、どうするんだよ?また、構ってやる積もりなのか?」
どこか責めているかのような声音でツクが呟く。
イザはその瞳の奥の温度をわずかに下げ、ツクをいや、その遥か遠くを見ていた。当然でしょ、と唇だけで答える。
「あいつ等は放っといて仕事を優先的にするべきじゃないの?」
「どちらにしろ、何時かはやらないといけないのだから早い方がいいでしょう?」
「違うだろう?ただ自分の過去を精算したいだけなんだろう?」
「ツクっ」
一気にまくし立てるツクを咎めるようにナギが声を上げた。
イザはぎゅっと拳を強く握って俯いていた。ツクを責める言葉も無い。
そして…
「暁さん、ややこしい事情のせいで貴女には少しの間ここに住んでもらわないとなの。最低限の衣食住は保証するわ。貴女に生活してもらう部屋に来てもらってもいいかしら?」
微笑みを浮かべてそう口にした時にはもう暁の手を取っていた。
ナギもツクも見ずに居間を出ていく。まるでそこに何もいないかのように。
暁は半ば強引に引きずられて玄関脇の部屋へと入って行った。というか、放り込まれた。
「とりあえずここにいて。食事は後で誰かが持ってくるわ」
「えっ、ちょっと…」
「ごめんなさい、ややこしい事情についてはまた今度話すわ」
「いや、そうじゃなくて…大丈夫?」
本当はもっと文句やらを言う所なのだが暁はただ少女を心配していた。
「…ええ、大丈夫よ。ありがとう」
驚いたような呆れているような顔をしてからイザは頷いた。だが、はっきり言って全然大丈夫そうに見えない。
「それじゃ」
と呟いて小走りに部屋を出ていく。暁の更なる追究を逃れるかのように。
「全然大丈夫じゃないでしょ」
ドアを見つめ、暁は呆れまじりに呟いた。


こうして短期間での人と死神との同居が始まった…


随分と間に間が開きました。我ながら情けないうえにそんなに時間をかけたのに出来たのが相変わらず下手です。次こそはもう少しマシに出来るといいなぁ











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