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死の境に棲まうモノ
作:都築景



二章:日常の終わり


「−それで、サノに手伝ってもらったというのに失敗した、と?」
マンションの一室、床に正座するツクとサノを見下ろし、イザは一言一言わざわざ区切ってそう口にした。
湯飲みを持って緑茶を飲むその姿は優雅ですらあったが…怒っているのが嫌というほど感じとれる。顔だけは笑っているので余計に恐ろしい。
「「すいませんでした」」
声を揃えて謝罪する二人に深くため息をつき、イザは額に手を当てた。
イザとて過ぎたことをいつまでも言うつもりは無い。だが二人が失敗したということはつまりイザがその分働かなければならないということなのだ。
仕事において一番最初に行うことは獲物と接しておくことなのだ。それも出来るだけ印象よく。ある程度心を開かせた方が仕事もスムーズに進む。
「まったく、情けないわねぇ。…まぁ、私がやればいいだけのことなんだからいいんだけどね。とりあえず貸し一つってことで」
どこか企んでいるかのような笑みを浮かべ、イザは湯呑みを置いた。
イザに貸しを作ってロクでもない目にあったことのある二人だがこの状況で文句など言えるはずがなかった。
「……イザ、一つ報告したいことが」
ふいにサノがそう口に出した。彼が誰かに振られてでなく自ら口を開くのは珍しく、それ故に三人の気を引いた。
「どうかしたの?」
「彼女の近くにいたときにわずかにデキソコナイの気配が…」
「−!…そう、厄介ね」
サノの言葉に一瞬言葉を失ったイザはだがしかしすぐにいつものようにつぶやいた。
「ナギ、それにサノも一緒に来てもらってもいいかしら…?」
「ああ」
軽く顎を引く二人に満足げに頷き、イザはそれでも不安を感じずにはいられなかった。彼女の実力は仕事をする分には申し分無いが純粋な戦力としてはやはり三人に劣るのだ。
ナギとサノについて来てもらっても確実に守ってもらえるわけでは無いし、仕事を放棄するのも絶対に不可能だ。やるしかないのだが…恐怖は拭えない。
「明日には動くから二人とも準備しといて」
ため息交じりにそう言い、共同の寝室へと入って慣れた手つきで布団を敷いた。まだ昼前だがもう寝るらしい。
布団に横たわるがやはりすぐには眠れなかった。目を閉じて何度も寝返りを打つ。
やっと眠りに落ちる直前、イザは自分を呪う声を夢うつつに聞いた…。
★★★

どうしてこんなことになったのだろう、目の前の様子を見ながら暁はそう思った。
多くの人々が常に行き交う大通りの一角で暁を含む数人と同じ年頃の青年達とが睨み合っていた。正確には友人の一人が四人の男と言い合っている。
久しぶりにみんなで遊びに来たのだが友人の一人が青年達の一人とぶつかって因縁をつけられるというベタな状況に陥ったのだ。まぁ、謝って済ませばいいだけなのだが…その当たった子が気の強い子で……今に至る。
「由紀、もういいじゃん。謝ってさっさと行こう」
友人、由紀の耳にそう囁くものの
「やだ、だって私が悪いわけでもないのに」
「でも…」
きっぱりと言い切る由紀に暁は後ろで困ったようにしているほかの友人を見た。さすがに不安になってきているらしい。
これがなければいい子なんだけどなぁ、と考えながらも由紀を止める方法を探すが見つかるはずがなかった。その間にも睨み合いはエスカレートしていく。
もういっそのこと由紀だけ置いてみんなで遊びに行ってしまおうか、とまで考えてしまう。
通り過ぎていく人々の好奇に満ちた視線も暁を苛つかせた。中にはあからさまに見学していく者もいる。 背後から蹴って無理やり頭を下げさせてやろうか、と限界がきたところで

「−邪魔よ」

ふいに少女の凛とした声がそこにいる者の鼓膜へと入ってきた。と、同時に蹴りを喰らった男が一人よろめいた。
ゴスロリで腰に手を当てて偉そうに立つ少女に全員が言葉を失ってポカンとしていた。
「日本語が理解できないの?そんなところにいられると邪魔だからさっさと失せろって言ってるの」
舌打ち交じりにまくし立てる少女に青年の一人が手をのばしてその肩をつかんだ。
「いきなり現れて何様だ、お前」
「はっ、ワタクシサマに決まってるでしょう?」
少女はそう言うと青年の腕を掴み…気がつくと彼は道路に背中から叩きつけられていた。
「もうニ三発殴らないと失せる気分にならないのかしら?」
呆然とする青年達にそう告げ、少女はどこか蠱惑的に笑った。わざとらしく腰を落として構える。
さすがにそこまで言われて残るだけの強さがあるはずもなく、青年達は情けなくその場から逃げていった。
パン、と手を叩くと少女は由紀の前へと移動した。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
戸惑いながらも礼を言う由紀ににっこりと微笑みかけ、少女はその頬に張り手を食らわした。先程と同じようにそこには容赦のかけらもなく、パシンと小気味よい音がした。
「な…っ」
いきなりの少女の張り手に由紀が言葉を失った。音通りかなり強かったらしく、片頬が明らかに赤くなっている。
少女は笑みを崩さない。
「……いきなり何するのよっ」
「私からすれば邪魔なのは彼らも貴女も同じなの。なら片方だけやってもう片方をやらないのは不公平でしょう?」
睨みつけてくる由紀に少女はきっぱりと答えた。無茶苦茶と言えばそうだが筋は通っている。
「由紀。…えっと、ありがとうございました」
今度は少女に食ってかかろうとする由紀を押し止め、暁は少女に向かって軽く頭を下げた。
少女は暁をまるで値踏みするかのように見ると興味深そうに目を細めた。わずかに交ざっているのは今すぐにでも刃を向けてきそうな嫌な気配、とでもいうようなものだ。
「どういたしまして、…私の名はイザ。貴女は?」
「えっ…、飯田暁です」
何の前振りもなく名乗る少女に気圧されるように暁は名乗った。そもそも由紀ならともかく何故暁なのか。いや、それよりもこの少女の名前は変ではないか。 混乱してしまった暁だがたった一つだけ断言出来ることがある。こういう変な輩は関わってはいけない。
「変な奴には関わらない方がいい」
不意に少女がそう口にした。まるで暁の心を見透かしたかのように。
「とか思ったでしょう?」
「えっ……あ、そんなこと…」
思っていない、と続く言葉はじっと見つめてくる少女の視線に喉から出てこなかった。
「嘘があんまりうまくないのね。その方が私好みだけど」
ふふ、と笑って呟くと少女は身を翻しかけた。そうかけたのだ。
ぴたりと動きを止めて驚いたかのように目を見開いて空を仰いでいた。朱いルージュを引いた唇が声を出さずに動く。
暁も少女の豹変ぶりが気になり、同じように空を仰ぐが…何もない。
やっぱりただのイカレタ人だろうかと思ったとたんに
「−イザっ」
誰かのどこか切羽詰まったような声がした。
少女の体がビクン、と痙攣したかと思うと…暁は誰かに後ろへと引っ張られた。バランスを崩し、石畳に尻餅をつく。
「ちょっ…」
暁が文句を言おうと口を開いたとたん、直ぐ目の前を何か黒いものが通り過ぎていった。すごい勢いなのでぶつかっていたら…考えたくも無い事態になっていたかもしれない。
「何、アレ…?」
呆然とした由紀の呟きに暁がその何かの方を見たとたん、息を飲んだ。
驚きのあまり後ずさった人々に囲まれていた何かは人、だった。と言っても黒い靄を纏ったそれが人に見えるのは辛うじて、であるが。
背後で舌を打つのが聞こえて振り返るとあの少女がいた。どうやら暁を助けてくれたのは彼女らしい。
「…あっ」
ぐん、と少女が暁を勢いよく立ち上がらせた。細い腕からは考えられないほどの力で。
「−ナギ、サノ、引くわよっ」
少女は鋭く叫ぶと身を翻して走り出した。暁の手を持ったまま。
「えっ、ちょっとっ」
「舌を噛んで死にたくないなら黙ってなさいっ」
驚きの声を上げる暁を焦った声で制し、少女は人とは思えない速さで人々の間を駆けていった。

その日、飯田暁は失踪した…


何とかここまで来ました。イザが暁を誘拐してます。ていうか強いな、イザは。どうでもいい事ですが、途中で出てきた青年達。彼らは昔読んだ少女漫画に出てきたナサケナーズという奴らです。というかあんなことする奴らは今時いないでしょう。次はもう少しうまく書けるといいなぁ…











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