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死の境に棲まうモノ
作:都築景



一章:飯田 暁


飯田暁はなにかに呼ばれたように感じ、学校の廊下でふいに足を止めた。だが振り向いてもそれらしい人影は無い。
「暁、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
友人の問いに軽く首を振り、再び足を前へと向ける。早くしなければ次の授業に遅れてしまう。
学校に来て友達と馬鹿みたいなことを言い合って…それが飯田暁の日常だった。一度失いかけた、日常。 こう普通に生活しながらもあの時もし…と考えずにいられない。
奇跡、と誰かが言ったが確かにそうだった。あの状況にいたのにこうして日常の中にいられるなんて、奇跡に違いない。
「そうだ、暁。今日一緒に帰れる?」
「ごめん、今日は無理。寄る所があるんだ」
「寄る所って…まさか男じゃないでしょうね?」
どこか探るように友人にまさか、と暁は笑った。
そんな、いつもと同じ変わらない日常。いつ崩れて失われるかわからない、モノ。
友人の話しを聞きながら暁は窓から空を見上げた。いつもと同じようにそれは少しづつ変化しながらもそこに変わらずに存在していた。

★★★

飯田暁は二年前に一度死にかけた。
通学中にトラックと乗用車との事故に巻き込まれたのである。
乗用車の運転手は助手席にいた人ともに即死でトラックの運転手もただでは済まなかった。なのに、暁は自転車の下敷きになって打撲とかすり傷を負っただけであった。
両親は奇跡だと言って喜び、警察や医者などの関係者も運がよかったと言った。
暁には、暁にだけは日常が戻ってきた。
それから一度死にかけた少女は事あるごとに死について考えるようになった。 それがただ一つの変化。

★★★

学校近くの駅から2、3駅離れたそこそこ大きな駅のすぐ側にある百貨店の中にある本屋に暁はいた。
無類のというわけでは無いがどちらかといえば好きな部類に入る暁は月に一度はここに来て一時間近く本を見ていく。ここら辺で一番大きいので品揃えがいいのだ。
前から目を付けておいた文庫本数冊とハードカバーの本を一冊買い、店を出る。
全てがいつもと同じだった、ここまでは。
まだ時間があったので服や雑貨を見て回っていると、まるで生きているかのように鞄が腕から落ちた。
「はい」
暁が拾うより早く伸びてきた腕が鞄を取り、差し出してきた。
「あっ…ありがとうございます」
「いいえ」
そう言う青年を見た瞬間、暁の愛想笑いがわずかに引き攣った。
黒のハーフコートを着た青年は人懐っこく笑っていて美形と言ってもいいが、片目を覆う眼帯がそれをどこか異質な感じにしていた。いや、眼帯など特に珍しいものではないのだが……さすがに黒いのはどうかと思う。
ヤのつく人のような危ないかつ怪しい雰囲気ではないが関わっておきたい感じでも無い。
「…ところでさ、君、今暇?」
明らかにナンパとしか思えない青年の言葉に暁の思考がフリーズした。
中の中もしくは中の上と言われる暁の顔は平均的でそう言う風に声をかけられたのは今回が初めてであった。しかもその相手が眼帯の怪しい人物とは…。
「もしよかったらお茶でも一緒にどう?」
にっこりと笑みを浮かべる青年に頭の混乱がさらに加速した。
初めてのナンパだからか、非常に怪しい青年に声をかけられたからか、あるいはその両方でか
「えっと、あの…っ。ま、間に合ってるんでっ」
気がつくと、暁はそう口にしていた。軽く頭を下げて駆け足でその場を去る。
あんな断り方自分でもどうかと思うが頭が回らなかったのだ。緊張、していたと言ってもいいのかもしれない。
近くのトイレに駆け込み、暁はハァと息を深く吐いた。緊張と恥ずかしさとで心臓がドキドキしていた。顔にもわずかに朱が上っている。
「あー、もう…」
小さくつぶやき、暁は額に手を当てた。自分でももう何をしたいんだかさっぱりわからなかった。
朝見たテレビ番組の占いコーナーでは今日の運勢は最高だったのに、と少しズレたことが頭に浮かんだ。 再び溜息をつき、暁は一応水を流してからトイレを出た。手を洗って気を取り直してからデパートの中をふらふらとする。
すると、
「…」
いつの間にか少年が暁の目の前に立っていた。
少年は線が細く、服からのぞく肌も白い年上の女性に好かれそうな感じだった。深く被ったフェルト帽がそれを削いでいるが。
「…」
少年は何を言うでもなくただ暁を見ていた。
「えっと、何か用ですか…?」
沈黙が気まずくなって暁がそう問い掛けると少年は小さく口を開いたが結局何も言わずに閉じてしまった。 少年は困ったようにわずかに横を見ると首を傾げた。だがすぐに暁に向き直るとじっと見下ろした揚句、無言のままその場からすたすたと立ち去ってしまった。
「…一体なんだったのよ」
少年を見送りってからつぶやき、暁は出口へと足を進めた。
本当に何が何だかわからなかった。あからさまに怪しい眼帯青年にナンパされて、見知らぬ少年にじっと見つめられて…本当に疲れた。
とりあえずもう二度とあの占いだけ信じない、と深く心に決め、肩を落として暁は歩いた。
日常へと、同じいつもへと戻るために。
そうすればこのいつもと違うのも過去となり、すぐに忘れてしまうだろう。今までと同じように。
実際、人々の中を縫うように進んで電車に乗ったときにはもう先程のことなどすっかり忘れていた。買ったばかりの本の内容だけが暁の頭の中にあった。そうしていつもが終わるのだった。
明日には今日あったことなど日常に埋もれるだろう。
だが、その先にどうなるかなど誰にもわからない。 こうして飯田暁の愛すべき日常は本人の知らないうちに終わりを告げられていたのである…


二話目です。暁は特に設定を決めてませんが極極普通の人間を目指したつもりです。私が普通でないのかも知れないので少し不安ですが。次回は今回全く出番のなかった主人公・イザもちゃんと出てくるので。一応暁は主人公ではありません











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