エピローグ:まどろみに
ふ、と意識が浮かび上がった。ただ、それは覚醒に至ることはなく、内での目覚めだった。
それは例えるならば…夢と現を行き来するような、微睡み。
自分の意識の中で目覚めたイザは、それを理解するや否や眉をしかめた。
「どういうつもりなのかしら、『書き手』殿?」
言い方こそ柔らかいがその声は低く、詰問するかのようである。
その声に応じるように、暗い闇の中から溶け出すようにソレが現れた。辺りは全てを飲み込むような闇だというのに、その姿は浮き彫りにされたかのようにやけにはっきりと見える。
「――さぁ?どうだと思う?」
ソレは少年だった。年の頃は12、3歳だろうか、腰までの黒と銀とが交じりあった不可思議な色合いの髪をはためかせている。
唇こそ笑みの形になっているが、紫紺の瞳は笑わずに値踏みするようにイザを見ている。
「仕事が終わって休みに入ったというのに、どうして起こしたの?」
少年は問いかけてくるイザにクスクスと笑った。
「ナギにもツクにもサノにも聞かれたくはないだろう、アノ事は。ねぇ、『アキ』ちゃん?」
からかうような口調の少年をイザは睨み付けた。ギリ、と皮膚に爪が食い込む程強く拳を握る。
「ああそういえば、今回も
「デキソコナイ」が現れたんだって?お望みの彼女だったのかい?」
「フン…白々しいわねぇ、『語り手』。全部、識っているくせに」
「それはずいぶんな言い方だなぁ。僕はいつだって君の願いが果たされるよう、祈っているのに」
舞台上のように大袈裟な仕草で胸に手を当てる少年に、イザは鼻を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい。このくだらないゲームを作り出した張本人のくせに」
「…ああ、そういえば君は識っているんだったね。テラと前のサノが仕組みを知って、君にも伝えたんだった。…でも、くだらないとはひどいな」
少年は悲しげに目を伏せたが、それでも唇は固まったかのように笑みのままである。
「知ってるわ私達死神も、
「デキソコナイ」も貴方の暇潰しの産物だってね。所詮は、貴方の創ったゲームの駒でしかないってね。そして、だからこそ私とあの娘が出会えるかどうか握っているってことも、ね」
「確かにそうだけど、それでも存在意義があるだけマシじゃぁないかい?」
「……」
イザは応えず、ただ少年を睨みつけた。これ以上ないほどの敵意をこめて。
少年は肩を竦めると何もないただ闇がわだかまった空間を蹴って、器用に重力に逆らって半回転した。ただ、頭はイザのと同じ高さに維持されているが。
「君は、真実を識っている。ならば何故、かつてテルと前のサノが君にソレを伝えたように、彼等に教えてあげないんだい?彼等にも知る権利はあると思うけど?」
少年はまたもやクスクスと笑いながら問いかける。逆さまになったままであるというに役者が如く両手を広げて。
「今でさえ、この選択を後悔しているのよ?自分達が貴方の暇潰しの為の駒だと知ったら…もっと、そう、壊れてしまうほど後悔するに決まっているわ。そして、私のように……っ」
服の胸元を強く握りしめ、吐き出すようにイザは言った。
だが、数秒経ってから上げられた顔には決意だけがあった。そして、少年を真っ向から見据える…どこまでも彼女――『アキ』らしく。
「だから、私はまだ彼等には話さない。いつか、彼等にそれだけの事を受け止められそうになるまで…私、に覚悟ができるまで…」
叫びにも似た宣言に、少年は楽しげに目を細めた。まるで、新しい玩具を手に入れた無邪気な幼子のように。
「君は、君達は、人である事を棄て、仮にも神と名がつくモノと成った。なのに、君達はいつまでも人であり続けるのだね」
「当たり前でしょ、姿が変わらなくとも、存在意義が変わろうとも、私達が人であったことに変わりはないのだから」
イザは『書き手』を、全ての始まりを見据えたまま、不敵に笑った。
少年は満足そうにこれまた微笑むと、元の体勢に戻った。
音もなく少年の体が薄れ、溶けていくように少しずつ消えていく。
『次に会う時、君がまだ人である事を、そして願いが叶い君があの娘を今度こそちゃんと殺せている事を祈ろう…あき、ちゃん―――――』
その言葉を最後に、『書き手』はイザの前から姿を消した。
イザは、今はもう闇が残るだけの彼がいた位置をしばらくの間、睨み付けていた。
だが、ため息を一つつくとそこから目を逸らして目を閉じた。
かつては恐れ、近寄ろうとするのを極力避けていた闇だが、今はただ心地よかった。これが他でもないイザ自身であり、その身を守るものだからだろう。
その守りに包まれ、心安らかに死神は深い深い眠りに落ちていった。今度は誰にも邪魔される事なく、眠りと悪夢だけの中へと意識が溶けていく。
これはそんな、『人』である事を棄てた、けれども誰よりも『人』らしい少女の物語。そして、彼女はまだ歩き続ける、願いが叶う時まで…彼女が死ぬその時まで………………… |