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死の境に棲まうモノ
作:都築景



プロローグ:目覚め


ふ、と意識が現実へと浮かんでいった。未だに慣れないい他者による意識の覚醒。
ゆっくりと目を開き、世界を映す。
何度か瞬きしながらも全身の神経及び筋肉に異常が無いか確認する。
「悪趣味」
ここにいない、いやそもそも姿すら知らない誰かに向かって呟く。
イザがいるのはどこかの映画館だった。平日の昼だからか、人はあまりいない。
スクリーンには何か恋愛物の映画が流されていたが最初から見ていないのでわからなかった。それ以前に興味もない。
薄暗い中、立ち上がると一応ほかの人間の邪魔にならないようにシアターから出る。
オレンジっぽい蛍光灯に照らされたいくつかのドアが並んだ廊下には人気がなく係員が一人退屈そうに立っていた。
イザが早足でその目の前を通り過ぎると、少し驚いたように彼女を見て首を傾げた。
なにせ、イザの姿は俗に言うゴスロリというやつでかなり目立つのだ。だが、係員が驚いたのはおそらくそんな彼女が入るのを見ていないからだろう。
実際、イザはあの場に出現させられただけでチケットなど持っていないのだから。
面倒なことはできるだけ避けたいので係員を見ることもせずにさっさと横をすりぬける。
シアターはデパートの最上階にあるものらしく、やはり人のまばらな売場を早足で行き、エスカレーターで下に降りる。
降りてまず向かったのは本屋だった。雑誌等で今が何年のいつ頃なのか、何が起きているのか確認するのが習慣となっているのだ。 ぱらぱらと雑誌をめくりながらもイザは人の目を引いていた。
雑誌を棚に戻し、息をついた。必要な情報は大体手に入った。さて、どうしよう?
とりあえず外に出てここが何処か調べようと考え、本屋から足を外に出したとたん…同胞の呼び声が聞こえた。しかも、かなり近い。 肩先までの短い髪を揺らしながらエスカレーターを駆け降りる。
彼はすぐに見つかった。
花のような笑みを浮かべ、イザは自動ドアに寄り掛かる少年に近付いた。
「−久し振りね、サノ」
黒のフェルト帽を被った少年、サノはイザの言葉に黙ったままわずかに顎を引いた。
いつも通りのサノの寡黙さに肩をすくめ、それでもイザは笑っていた。やはり、数少ない同胞の変わらぬ姿を見ると安心してしまうのだ。
「ナギとツクは?もう二人とも覚醒してるの?」
「ええ、すでに二人とも合流しています」
「また私がラストかぁ。いつも私が最後なのよねぇ」
腰に手を当てイザは不服そうに呟いた。
サノはくい、と帽子を深く被るとすたすたと歩き出した。相変わらず何も言わないままで。
小さく笑い、イザもその後について外へと出る。まだ夏の名残をわずかに残した風が頬を撫でてすぐに去っていく。
通り過ぎていく風の中に交じる排気ガスの鼻に残る臭いに眉をしかめる。もう何度も嗅いだ臭いだが今でも不快で慣れることが出来ない。
「大丈夫ですか?」
サノがイザの顔を覗き込み、抑揚のない声で問いかけてきた。
イザが前にこれにやられて調子を崩したことを彼はまだきちんと覚えているらしい。あの時は本当に気持ち悪くて死にそうだった。
「大丈夫、ありがとう」
軽く頷いて笑うと安心したらしく、また無言で歩き出した。
「それにしても、人間はよくこんなモノに耐えられるわね」
「イザの鼻がいいだけなのでは?」
「まぁ、そうなんだろうけどさ。後はもう慣れだろうね。毎日こんなの嗅いでたら嫌が応でも慣れそう」
わずかに顎を引いて同意を示し、サノは軽く辺りを見回した。確かに昔と比べて今のこの社会は不快なものが多い。イザほど鼻の良くない彼でも時折この濁った空気に嫌気がさす。
「…どうかした?」
「いえ。早く行きましょう、二人とも待っていらっしゃるでしょうから」
わずかに姿勢を低くして顔を覗き込んでくるイザにそう告げて少し歩くスピードを上げた。
どちらにしろ彼女に害であるものがある場所に長居する気はない。
その横に並び、イザは空を仰いだ。彼女が知っている物の中で唯一変わっていない物を。 サノの横を歩きながらここ最近の出現の多さがつい気になってしまう。一年に一回、多ければ三回も出現させられている。前と比べると異常なほどに多い。
濁っているのは空気だけでない、ということだろうか。
何にせよ、疲れることには違いない。
イザは小さくため息をついた。

★★★

「へぇ、今回はマトモじゃない」
目の前のマンションを見上げ、イザは呟いた。
少しぼろくはあるが今までのものに比べれば格段にいい。なにせ、非常にぼろい幽霊ビルっぽい物やら絶対に人が住まない今にも崩れそうなアパートやらマトモで無いものばかりだったのだから。「前のような場所も無いわけではないのですが…人目につく場所だったので」
「でも、私としてはやっぱり普通の場所の方がいいけどね。サノもそう思わない?」
「仕事に支障が出ない程度ならどこでも」
ある意味サノらしいと言えばサノらしい言葉に肩を竦め、イザはマンション中に足を踏み入れた。部屋がどこかというのは大体わかる。
エレベーターで最上階まで上り、すぐそばの鉄製のドアをインターホンを押すこともノックすることもせずにただ開けて入る。
薄暗い玄関で靴を脱ぐと躊躇うこともなく、リビングに踏み入る。
「やっほー、久し振り」
のんびりと寛いでいた二人の青年はいきなりの侵入者に身構えたが、
「お嬢じゃん、久し振りぃ」
すぐに(約一名のみ)が切り替えて朗らかに笑いかけてきた。
「相変わらずね、二人とも。ツクはウザイくらい無駄に元気でナギはムカつくぐらいに無口で」
「アハハ、お嬢も相変わらずさらっと痛いこと言うねぇ」
「あら、でも本当のことでしょう?それよりもツク、またその眼帯外してないの?」
呆れたようなイザの言葉に眼帯を付けた青年、ツクは困ったように淡い笑みを浮かべた。
「大事な人から貰った物だからねぇ、そう簡単には外せないんだよね。…イザにもそういうもの、あるでしょ?」
「さぁ?でも黒の眼帯なんて胡散臭くて女の子にモテないわよ」
悪戯っぽく笑い、イザはリビングの床にぺたんと座り込んだ。つい昔からの癖で床に座ってしまうのだ。 軽く首を傾げて見上げるとナギが唇の片端を持ち上げた。彼は口数こそ少ないが表情の起伏はそう少なくない。まぁ、サノに比べれば、の話だが。
今時の染めたのでない白ような銀のような髪をかきあげ、ナギはイザ・サノ・ツクをテーブルのまわりに集めた。その手にはいつの間にか黒いインクが刻まれた紙の束が収められていた。
「今回の仕事だ」
テーブルの上に紙を広げると各々が手近なものを取った。
「秋山正実、38歳広告会社勤務。ふうん、中々のエリートさんね」
「松本優美、27歳フリーター」
「井上薫、31歳自営業に渡辺香織、18歳フリーター。うわ、この年で2児の母だって」
「昔だったらそんなものだったな。小暮拓哉、20歳専門学生」
取った紙に書かれた文字からそれだけを抜き出して四人が順に声に出した。紙面には他にも住所や一ヶ月先の予定や立ち寄る場所、さらには顔写真までもが写されていた。
「五人、か…。前回よりも少ない」
ナギが腕を組んで呟いた。確かに前回よりは少ないがそれでも一回の仕事で五人は多い。
「…ごめん、訂正。六人みたい」
紙束の下に隠れていた紙を引っ張りだし、イザはひらひらとそれを振った。
紙にはまだ幼さを残す少女の顔写真と『飯田暁16歳高校生』という文字とが無機質に印刷されていた。
「だ、そうだ」
「チェッ、面倒だな。大体、ここ最近仕事が多すぎだろう」
「確かに昔と比べると異常です」
「一ヶ月で六人、そう一人には時間を割いていられないな。忙しいのは好きでないんだがな」
珍しくサノを交えて文句を言い合う三人に見向きもせず、イザはどこか緊張した面持ちの少女の写真を眺めていた。
16歳、あの時のイザと同じ年齢だ。
この年の、今のイザの外見年齢と同じ年の少女を見ると、つい考えてしまう。 この少女は幸せに日々を過ごしているのだろうか?
将来という物のために努力しているのだろうか?
それをもぎ取る資格があるのだろうか?
かつてただ一つの復讐のために自らの将来をもぎ取った者の答えの無い問いだった。
首を振って頭から疑問を追い出し、イザはパンッと手を合わせた。
「さぁ、とっとと計画でも立てましょう」
三人に告げ、行動を起こす。
あの時選んでしまった役割を果たす、ために……。


まだ書き始めたばかりなので自分でも謎な設定がありますが気に入っていただけたら続きもお願いします。かなり時間がかかると思いますが…(^-^;)











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