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アロエ
作:小日向雛



第6話 真友


アロエに戻った春平は美浜に会うことなく勝手にその日の報告書を書き終えた。



しばらくして他の仕事から帰ってきた美浜は、布団の中で丸くなっている春平を叩き起こし、リビングに正座させる。

「共同勤務の時は全員で報告書を書く規則でしょ。何があったか知らないけど、勝手な行動は謹んで。もう子供じゃないんだから!」

「……すみませんでした」

本当に反省したように、生気のない声を漏らした春平を見て、美浜は罪悪感を覚えた。

「どうしたのよ」

「あはは、別に。ただ、嫌いって言われただけ」

楽しそうに笑ってはいるが、心の奥底で傷ついているのがわかった。


春平は参っている。
そして、おそらく佳乃の立場を痛感し、苦しんでいる。


今まで仕事で、こんなにも春平が参ったことがあっただろうか?

美浜はじっと考えていた。


きっと、ない。

だってしゅんちゃんは、仕事と生活を2つに分断している。

なのに、こんなにも参ってしまうのは……


「佳乃ちゃんと、自分を重ねてるの?」

春平は何も答えない。

「佳乃ちゃんがいじめられているのを自分の立場で受け取って、感じ取って、苦しんでいるの?」

美浜はぽん、と春平の背中を叩き、抱きしめる。

「なら、それを伝えればいいんだよ。

佳乃ちゃんの、心を開きたいなら。自分が心を開かなきゃ、相手は開いてなんかくれないよ。



心を開かなくちゃいけないのは、あなたよ。しゅんちゃん」

「俺が……心を…?」

「うん。だって、一方的に開いてもらったってダメじゃない?受け入れる心がなきゃ」

ね。と春平の頭を優しく撫でる。

春平は美浜の柔らかい髪の毛の匂いをかいで、ゆっくりと深呼吸した。

「伝えなきゃ……」
春平は、今にも寝そうな意識の薄い声を漏らした。

「佳乃が頑張って告白したように、俺も俺のこと、告白しなきゃ」

春平は深呼吸を何度もする。

緊張からか、高鳴る心臓を沈めようとしているのだ。



春平が眠りについたあと、寺門がアロエに戻ってきた。

「お帰りなさい」

「あぁ、咲。まだ居たのか」

寺門はコンビニで買ってきたおにぎりをテーブルの上に置いて座る。

「うん。しゅんちゃんが結構参ってるみたいだったから側に居たの」

「春平が?」

寺門は信じれないというような表情で美浜を見上げた。

美浜は同意しながらも、こくりと頷いた。

「珍しいな」

「今回の仕事。しゅんちゃんにやらせなきゃ良かったかも」

「まさか。もう20歳にもなって自分の好き嫌いで仕事を選ぶような男に育てた覚えは無いぞ」

にっこりと微笑む寺門を頬を染めて見つめる美浜。

「そっか」

落ち着いたように思えた寺門が急に立ち上がりだした。

「あれ?もう寝る?」

「いや、これからまた仕事だ」

マフィアがらみなんだなぁ。と痛感しながら笑顔で寺門を見送ったあと、自分も布団を敷いて寝ることにした。

隣で眠る青年の寝顔は、まだ幼い少年のような寝顔だった。

「……もう20歳か…。まだ20歳って感じだよ、しゅんちゃんは」






翌日目が覚めると、出勤に備えて着替えている美浜の後姿が目に入った。

「美浜さん……目のやり場に困るからどっか行って」

眠そうな声に美浜はぎくりと顔だけ振り返る。

「起きたの!? やだ、ごめんっ! じゃあ私これから高校の講師の仕事入ってるから」

そう言って玄関に向かう美浜を春平は大声を上げてとめる。

「待って!」

「?」

「今日の帰り、俺が佳乃の所に行くから、美浜さんは来なくていいよ」

春平がそう言うと、美浜はにっこりと微笑んで「お願いね」と一言言って去った。


美浜がいなくなってから、春平は鼓動が高鳴るのを感じた。

今日佳乃の所に行くのが怖いのだ。

「落ち着け……。落ち着けって」

自分に言い聞かせて何度も何度も深呼吸をする。







午後4時、佐々木家にたどり着いた。

家には鍵が掛かっているが、佳乃の母がアロエの人に合鍵を預けているから問題はない。

「佳乃」

玄関から入ってすぐ右にある佳乃の部屋のドアをノックする。

返事が返ってこないと、さらに胸の鼓動が早くなる。

「佳乃」

かすかに佳乃の呼吸音が聞こえる。

「佳乃っ……、ごめんっ! ごめん!」
謝ったって仕方ないのは承知の上だが、どうしても言葉が出てきてしまう。

「俺気に触るような事言って、ごめん!」

返事がなく、春平はだんだん息が荒くなってくるのを感じた。

そして耐え切れず、佳乃の部屋の前で崩れ落ちる。

「はぁ……はぁっ」

とりあえずドアを背もたれにして呼吸を落ち着かせる。

「佳乃。佳乃。俺も、聞いてほしいことがあるんだけど」

佳乃は何も答えない。

「ドアに近づいてほしいんだけど」

荒い息を整えながら言う春平の言葉通り、佳乃はドアに近づいた。

「来た? 話していいかな」

「別に聞きたくないんだけど」

「いいよ。一方的に懺悔するだけだから」

ふぅとため息をついて、春平は瞳を閉じた。


「佳乃はさ、俺に『あんたに何がわかるっていうの』〜みたいな事言ってたじゃん。……俺にだってわかるよ、お前の気持ち。1人ぼっちの孤独」

佳乃はその言葉に反応した。

ドアに背を向け、ドア越しに春平と背中を合わせている体制になる。







5歳の時から両親がいなく、寺門さんと2人で暮らしていた俺は、そういう複雑な環境も重なって小さい頃から興味の対象になっていた。

「どうして春平くんのおじいちゃんってみょうじ違うの?」

「お父さんとお母さんはいないの?」

「さびしくないの?」

「春平くんのおうちってどこにあるの?」

大人だって例外ではなかった。

毎度授業参観日に来てくれる寺門のおじさんが他の生徒の母さんたちに囲まれているのを見ると、とても罪悪感が増した。

寺門のおじさんが困らなければならないような事じゃないのに。
おじさんが俺と一緒に住まなかったらこんなに大変な思いしなかったのに。

いつもそういうことばかり頭の中をよぎっていた。



そして子供は残酷だ。

「僕も一緒にサッカーやりたい」

そう一言言うだけで

「お前ん家お父さんとお母さんいないから嫌だぁ」

そう言って置いていってしまう。

今考えればそんなの理由にならないのだが、当時の俺にはどんなに辛いことだったか。


そうして少しずつ孤立していく。
学校に行くのが憂鬱になって、自宅で授業を受けるようになる。

「春平。どうして学校に行きたくないの?」

「みんな馬鹿だからだよ」

そう言って、自分の弱さを見せまいと必死に抵抗してみせた。

「どうして馬鹿なやつらと勉強しなきゃいけないんだよ!」

これが世に言う第一次反抗期。


本当は小学校で皆相手にしてくれないのが寂しくて、辛くて、泣きたいんだ。

だけど、そんな事言ったら寺門のおじさんは心配しちゃう。


アロエには美浜さんも、高瀬も、河越さんもやってくる。

みんなに散々迷惑かけて部屋の中に閉じこもっていた。





「ずっと。ずっと。1年近く外に出なかったんだ。佳乃と一緒。ただ、違うのは、俺には助けてくれる人が居たって事だけかな?」

小学4年生になったある日、そいつは突然現れた。


「しゅんちゃん?」

無断で俺の部屋に入ってきてしゃがみこむ俺の前に立ちはだかった。


俺はその人物を見たことがなく、きょとんとすることしかできなかった。

「何で名前知ってるの?って顔してるよ」
にっこりと天使のような笑顔で微笑んだ。

「咲ちゃんから聞いたんだよ。正田のしゅんちゃん」


葵春貴(あおいはるき)は、女の子と見間違えてしまうような容姿で、真珠のような大きな瞳と長いまつげが可愛らしかった。

同じ小学3年生で、便利屋本社の人間だという。

「しゅんちゃんは知らないでしょ? アロエは本社にいた寺門のおじさんが上の命令で創設した支社なんだよ」

楽しそうに目を細めて笑う顔や仕草が大好きだった。

春貴が楽しそうに笑うと、俺も楽しい気分になれたからだ。


「はるきくんは本社って所に住んでるの?」

「まさかぁ! あそこに人は住めないよ」

「じゃあ何しに行ってるの?」

春貴は折り紙で折った紙飛行機を春平に手渡す。

「勉強しに行ってんの!」

「何の勉強?」

「将来立派な便利屋になるためだよ」

「便利屋?」

「何でも屋さんのこと!」

春貴は便利屋専門学校で小さな頃から英才教育を受けているエリートだった。

明るくて、楽しくて、頭がよくて、めぐまれてて。

そんな春貴がうらやましかったと同時に、尊敬できた。


だけど、数年後春貴に異変が起きた。

今まであんなに優しくて、柔らかい笑顔を見せてくれた春貴が急に冷たくなった。

少しずつ小学校に行き始めた俺に、冷たいまなざしを向けるようになった。

「ハル……なんか、最近機嫌悪い?」

「何で?」

笑顔を見せたとしても冷ややかな笑顔だった。
それが無性に怖くて、不気味だった。

「いや、表情が硬いというか……その」

戸惑う返事をする俺を見て馬鹿にするように春貴は息を漏らした。

「っは! あははっ! あ〜あ、しゅんはおもしろいねぇ」

にやりと笑って俺の目の前で肘をつく。


「僕、しゅんのそういう所、嫌い」


「え……」


耳を疑った。

「今、何て?」

「だから〜、僕しゅんの事嫌いなの!」

「…………」

何も言葉が出てこなかった。

「昔からさぁ〜、しゅんの事好きだと思ったことなんか無いよ。ずっとしゅんの所に来てたのだって、寺門さんの依頼だったわけだし。まぁ、ようするに仕事。わかる?」

俺のあごを右手の指でもてあそんでいる。

「友達じゃないの?」

かすれた声で言うと、春貴は無表情に答えた。

「誰が」



それ以来、春貴はアロエに来なくなった。

何も言わずにやってきて、何も言わずに去っていた春貴の行方は誰も知らなかった。

どこかの支社の店長を命じられたと寺門さんから聞いた。それだけだ。






「まぁ、俺の場合はまだ小さかったことがあるからちょっと立場が違うんだけどね」

春平は一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めた。

「わかるよ、佳乃の気持ちは。1人ぼっち、孤独、信じてた人に裏切られるような感覚、恐怖。全部、わかる。わかるから……怖い」

春平の震える声がドア越しに聞こえてくる。

「また裏切られるんじゃないか。1人になっちゃうんじゃないか……。でもさ、悩んでたってしょうがないんだよ。結局友達って何なんだろうなぁ。助けて、助けられて、裏切って、裏切られて。友達ってさ、そうやってお互い成長していくもんなんだよ。
だから、嫌いなんて簡単に言うなよ。言わないでくれよ」

春平がすすり泣いているのがかすかに聞こえて佳乃はドキッとした。

「嫌いなんて……言わないでくれよ。俺はお前のこと……」

必死に泣いているのを悟られないようにしているのがドア越しに感じられる。

「……以上。懺悔終わり。ごめんね、長い話につき合わせて。もう帰る。……明日からは美浜さんが来てくれるから」

そう言って玄関のドアが開かれ、閉まる音がして、佳乃は部屋を飛び出す。

「春平……」

春平はもうすでに外に出て行ってしまっていた。

佳乃は、今追いかけないともう二度と春平と会えないような気がした。

そして、意を決して靴を履き、玄関の扉を開く。






1年ぶりくらに出た外は、佳乃にはまぶしかった。
少しずつ紅く染まり始めている空を呆然と見つめ、ゆっくりと辺りを見回す。


雪はすでに溶け、草花が青く茂っていた。
桜の木には蕾が膨らんでいて、空気は清々しくほんのり暖かかった。

とても新鮮だった。

一度深く深呼吸をすると、どこまででも走れそうな気がした。

もう後ろ姿も見えない春平を勘を頼りに探して走り回る。


たしか春平と咲さんはいつもこっちの方向に帰って行ってる気がする。
そこからの道のりはわからないけど、追いつける!


すっかり紅く染まった夕陽の向こうに人影を発見した。
その人影は川原で何をするでもなく突っ立っていた。

「――――春平っ!」

佳乃の叫びに一瞬体を反応させたが、振り向きはしなかった。

佳乃はそれを春平だと認識して川原に降りていく。

夕陽のせいか、彼の背中は大きく見え、とても寂しげだった。

「ごめんなさいっ!」
春平の背中にひたすら頭を下げて謝る佳乃。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

春平は佳乃が何を言っているのかわからずに顔だけ振り向く。

「違うの。私、春平嫌いじゃないの」
ごくりとつばを飲み込んで、落ち着こうとする。

「嬉しかったの。初めて私のことを強いって、尊敬できるって言ってくれてうれしかったの。

そんな春平を、私も尊敬して、強いと思った。

素直に、自分の意見を伝えることが出来るあなたが強いと思って、正直にあこがれた」


春平は体ごと振り向いて佳乃と向かい合うが、逆行で春平の表情は見えない。

「あなたは私のこと素直に受け止めてくれるのに、私はあなたの事を受け止めてあげれない。信頼できない。それが、無様で。

情けなくて、自信がなくなって。

ごめん。そういうつもりじゃなかったの」

佳乃の瞳から静かに落ちてくる涙を、佳乃は焦って両手でふき取る。



「春平の友達に……なりたい」


いつも不安だった。

いつも自分が友達だと思ってるだけで、相手は何も思ってないんじゃないか。

自分が一方的に思い込んでいるだけなんじゃないか。

とても不安だった。

私はただ一緒にいるだけでいいの。

一緒に話して、遊んで、買い物して。

それだけなの。

別に大勢いなくてもいい。

1人だけでも、私の存在を認めて欲しかったの。

これは、わがままなのかな……?

でももし、わがままならそれを受け止めて欲しい。

「私は、春平のこと好きだから」


両手で顔を覆って、泣き続ける佳乃の頬を優しく両手で包み込む。

「ありがとう……」

佳乃が春平の顔を見上げると、頬に一筋の涙が流れているのが見えた。

「佳乃は、ちゃんと俺のことを受け止めてくれたよ。
俺の話を聞いて、共感してくれた。

俺を追って、外まで出てきてくれた」

あ。と自分でなんだか恥かしくなってきた佳乃。

「俺も佳乃の事好きだよ。……大好き」

そう言うと春平は目に涙をためて優しく微笑んだ。

佳乃は何も言わずに春平に抱きついた。

「俺、間違ってた。いつも佳乃に心を開いてもらうことだけ考えてたんだ。

でも、違う。俺が心を開かなきゃ佳乃は心を開いてくれないよな」


2人とも、陽が暮れるのも忘れてずっと抱き合っていた。








数週間後、報告書を書く為に佳乃はアロエを訪れた。

「佳乃ちゃん!」
美浜はいきなり訪問してきた佳乃に抱きついた。

「咲さん、痛いですよ」

あははと楽しそうに笑う佳乃は、すぐ目の前にいる春平に目を向ける。

「よっ!」
片手を挙げて挨拶をする春平に少し頬を染めて笑顔で返す。


アロエでは、依頼をこなしたあとに色々な書類を書かなければならない。

社員が書いた「報告書」にハンコを押してもらい、最後に誓約書にハンコを押してもらう。

「これは、アロエのことは一切話しませんという誓い。これにハンコを押してもらうまではアロエから出れないことになってんだ」

「いいよ。ちゃんと押す」

持参したハンコを端にポン、と押して書類を春平に渡す。

「どうだ? 学校行ってる?」
前まではそんな話をふったらすぐに眉間に皺を寄せた佳乃だが、今日は笑顔で答えた。

「行ってるよ。できるだけ毎日行けるように頑張ってるの! あと1ヶ月ぐらいだもん、皆と卒業したい」

ピースをして心底楽しそうに話す佳乃を見て春平は笑顔で頭を撫でる。

「そうだな!」


アロエを出るとき、佳乃はためらった。

「どうしたんだよ佳乃」
心配そうに顔を覗き込む春平を見上げて顔を真っ赤にする佳乃。

「今日で契約解消でしょ。『私の友達になる』って契約」

春平はきょとんとした表情で佳乃を見ている。

「今日でもう会えなくなるじゃん」
熱くなった目頭を軽くこする。

「もう友達じゃないのかな……。私はやっぱりこれからも春平と」

そこまで佳乃が言うと、春平は「はぁ」と大きなため息を着いた。

「何言ってんの?」

否定されたと唇をきゅっと引き締める。

「会いたきゃいつでも会いにくればいいじゃん。

友達ってのはな、期限なんてのは無ぇんだからさ」

佳乃の手を握り締める。

「もう友達。ずっと友達。俺たち親友!」

「変な心配してんじゃねぇよ」

そう言って、泣き続ける佳乃の頬に優しくキスをする。

にっこりと楽しそうに言う春平に佳乃は少しずつ笑顔を見せた。

「うん! それじゃあ私帰るね。……また今度会おうね!」

そう言って笑顔で手を振る佳乃を見て、春平は心に引っかかったものが取れたような気がした。


ようやく佳乃編が終了しました。
自分でもあまり整理ができずに、少し後悔しています。
感想や、意見を言ってもらえるとうれしいです。






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