ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  アロエ 作者:小日向雛
第48話 久遠のチャンス
「教えてくれよ、ハル」

春平の懇願する言葉に、春貴は戸惑いを隠せなかった。

今では、春貴も嫌な汗をかいている。

「……っんだよ」

「え?」

春貴の呟きに耳を傾けると、目が合った。

「どうしていつも僕ばっかりが悪いようなことを言うんだよ!僕が何をしたっていうんだよ!」

「それは」「お前らだって!」

春貴はぐっと唇を噛んだ。

「お前らだって心の底では僕を馬鹿にしているじゃないか!」

悲痛な叫びと共に頬を伝う涙。

「――――――っ」

そんな様子を、春平は驚愕の表情で黙って見ているしかなかった。春平が何も言わないのを見かねて、ユキナが春平の腕を引っ張った。

「春平さん。申し訳ないですが、私のお客様の精神を不安定にさせないでください」

ただでさえ、春貴は今カウンセリングを終えたばかりなのだ。

春貴はそのまま奥の部屋へと舞い戻る。その後をユキナが追い、遺された2人は呆然と立っているだけだった。

「あの、春平さん、大丈夫、ですか?」

右京の言葉にも春平は反応しない。ただ、春貴が去っていた奥の部屋の扉を見つめているだけだった。

「――俺は、あんなハルを見たことが無い」

必死に掠れた声でつむぎ出した言葉は、それだった。











「おいおい、何で春平があんなに落ち込んでんだよ」

部屋の隅でピクリともしない春平を見て、清住はため息をついていた。

「さあ?」

こればっかりは右京にも分からなかった。

「でも葵店長が原因なのは分かります」

そんな右京の言葉は、春平の耳にも届いていた。

「ねぇ春平。私これから出掛けてくるから、これ、頼むわね」

久遠はそう言って、春平に鍵を投げ付けた。

「これ、何」

「私の部屋の鍵」

「何で?」

春平がそう言うと、久遠は少しむっとして背中を向けた。

「毎年この時期には変なストーカーさんが出没するから、春平が退治しといてよ」



今日も引き抜きの日らしく、仕事は無い。
暇になった春平はとりあえず1階に行き、決して暇ではないだろう人物のところへ行った。

「暇になっちゃったんだ?」

沖田は童顔をくしゃくしゃにして笑みを作っていた。仕事では決して見せない笑顔だ。

左手には数冊の資料が束ねられていて、右手はこちらに向かって手を振っている。

やっぱり、忙しいようだ。

「ごめんね。もう少しでお昼休憩だから、先に食堂行って待っててくれる?」

春平の心情を察したのか、沖田はそう言い残して右手に携帯電話を装備させる。

「……だよな」

一人で呟いて、食堂へと向かう。時刻は昼の1時近く。春平も昼はまだだったので、沖田ととろうとは思っていた。

食堂は勿論混んでいる。しかしその混んでいる時間も、まだ始まったばかりなので座る席は確保できそうだ。

ゆっくりと腰を下ろして水を飲む。

「――だろ?」

「……まぁ、俺たちには高値の花って奴ですか?」

「だろ。その分あの方はそんなもの関係ないでしょ。頭もいいし、仕事もできるし、顔もいい」

「まったく人生楽できてるよな、葵春貴は」

――近くの席から聞こえてきた声に、春平は振り返った。
そこに居たのは3人の社員のような人々。昼食をとりながら、何かを語っているようだ。

何か、つまり、葵春貴のことを。

耳をそばだてている春平のことなど気付かずに、社員たちは話を続ける。

「だからさぁ、あの人は小学校から専門学校通ってんだろ?それであの容姿に能力だったらちやほやされ放題じゃん」

「そりゃまぁ、天狗になるのも分からなくは無いな」

「だろ?だからちょーっと世間というものを教えてやったのさ」

「それだけじゃ駄目だろああいうタイプは」

「でもかわいそうだろ。だから少しだけだよ、な?小学生だったんだし」

ラーメンをすする音が響く。



「でも別にいいんじゃないの?どうせあの人のことを信頼している店員なんて1人もいないでしょ」



春平は絶句した。

今、あの男は何と言った?

その言葉を後押しするように、もう1人の男は言った。

「当然でしょ」

春平が勢いよく立ち上がってあの男達に近寄ろうとした時

「おまたせ」

目の前には、少し驚いたような、はにかんだような笑みを見せる沖田が立っていた。

その様子に呆気にとられて春平は硬直してしまった。

「何か頼んだ?」

春平は無言で首を横に振る。
すると沖田はにっこりと笑って春平を席に座らせる。

「頼んでくるから、座ってて。何がいい?」

「……ラーメン」

どうしていいのか分からずほうけているうちに、沖田は素早く注文して席に運んできた。

そうして春平の目の前に腰を下ろして食べ始める。

「春平くん、どうかしたの?」

「へっ!?」

思わず大きな声を出してしまった春平だが、沖田はそんなの気にしない。

「さっきから変」

「……あのさぁ、あそこに座ってるのって、ここの社員?」

春平の指差している方向をちらりと一瞥して、沖田は箸を置く。

「1人は2階で働いている人。他の2人は葵店長の所の店員だね」

その言葉を聞いて、春平は複雑な気持ちになってしまった。

仲間なのに。一緒に働いている店長なのに、悪口を言っている。

ずっと一緒に働いているのに。

『どうせあの人のことを信頼している店員なんて1人もいないでしょ』

その言葉ばかりが春平の心の中でこだまする。

「ハルってさ、結構悪名高い?」

春平のひとことに、沖田は顔をほころばせる。

「面白い言い回しをするね。――確かに、葵店長はあんな性格だから、物事を直球に言うし、少し人を馬鹿にしたような言葉も使うから、あまり人気はないよね」

「沖田も嫌いか?」

「僕は別に。普通に仕事の対象としてしか見てないし、それほど罵倒されないし。……まぁ、少し気に障るようなことはたまにあるけど」

むーん、と少し迷ったような顔をして空中を見つめている。

「久遠さんは最たるものだよね」

「?」

「気に入られてるでしょ?何でか分からないけど、葵店長、馬鹿にしてるわりに久遠さんのことは好きそうだし」

「――あ」

何となく、春平は納得してしまった。

確かに久遠にはしつこく話しかけていた。

そして、久遠が言っていた言葉。

毎年この時期には変なストーカーが出没する。

それってもしかして……



久遠の部屋、というよりは、家だな。
久遠の家は本社のすぐ近くに建てられていた。それほど歳月が経っていないように見える。

家の鍵を開けて、居間のソファに腰を下ろす。

全体が木目調と白を基調にした過ごしやすい空間になっていて、春平は自宅のようにくつろいでいた。
もっとも、自宅はアロエなのでこんな家ではないのだが。

そうしてさっそく玄関のチャイムが鳴る。

「どうぞー」

インターホンの男の声を聞いて、客人は一瞬声を失う。

しかしすぐに不快感丸出しの美青年が、久遠の家に上がりこんでくる。

「久遠がストーカーっていうから、どんな奴かと思ったらこんな美青年」

けけけ、と春平が笑うと、春貴がきっと睨みつけて向かい側のソファにどかっと腰を下ろす。

「久遠はちゃんと分かってたのかもな」

俺が何で落ち込んでいるのか、俺たちが今するべきことを。

せっかく久遠がくれたチャンス。

春平は気を引き締めて、春貴を見つけた。彼は相変わらず春平を睨みつけている。

「僕は久遠に会いに来たんだ」

「でもその肝心な久遠は、俺にハルと会えって言ったんだ」

拳を握り締めて、精神を落ち着かせる。

本当は今にでも泣き叫びたい。嫌だと言って逃げ出したい。

このままでもいいって思っている自分が居る。

一瞬辛い思いをするのが嫌だから、永遠に少しずつ辛いのを選んでいる自分が居る。
一瞬の恥より、一生の恥を選ぼうとしている自分がここに居る。

でも、それじゃあ駄目なんだ。

「俺は、ハルのこと好き」

その言葉に、春貴は驚いたように目を見開く。

「できることなら友達でいたい。お前が本当はいい奴だって知ってるから」

「分かっているような口を利くな。そういう知ったかぶりが一番不愉快なんだ」

「知ったかじゃない。俺は知ってる」

そうしてもう一度春貴の手首を掴む。
春貴の表情が驚きと怒りに紅潮していく。

「教えてよ。俺が、何をした?俺の仲間が一体ハルに何をした?」

「なか、まっ……」

春貴の表情が驚愕に彩られる。

同時に春平の手を無理矢理振り切った。

「お前に何が分かるんだよ!たった数日一緒に居ただけなのに自分の仲間だって言い張れるような奴に、この苦しみが理解できるかよ!」

春平はじっと春貴を見つめている。

その視線に耐えられなくなったのか、春貴は泣きそうになりながらも、嘲笑うように顔を歪めた。

「お前はずっと愛されてきたんだもんな。不幸な境遇を可哀相と言われて、心から大切に思われていて。……そんなお前は、目の前で自分を否定されたことなんて、一度もないだろう!?目の前で自分の全てを否定されたことなんて、一度もないだろう!」

声を張り上げる春貴を目の前に、春平は冷静に口を開いた。

「ある。お前に、罵倒された。俺は何もできないんだって、思い知らされた」

その言葉に、春貴は唇を噛み締めた。

そう言いながら、春平はあることを考えていた。

「……思ったんだ。春貴は、小学校3年まではずっといい子だった。優しくて何でもできて、俺の憧れだった」

「褒めれば嬉しがるとか思うなよ!」

春貴の言葉を無視して、春平は続ける。

「でもその3年の時に、ハルは変わった。全然、優しくなくなった。まだ10才にも満たない子供が、仕事と私生活での振舞いをあんなに器用に区別できるわけないだろ?俺だってそこまで馬鹿じゃない。仕事だから俺に優しくして、私生活だから冷たくするなんて、そんな器用な真似できないだろ」

春貴は言葉を失う。ただ春平から目をそらして何かに耐えているように見える。

「そんな10才にも見たいな子供が、その時に他人の自分の全てを否定されたんだとしたら、それは、それは……深い、心の傷に繋がる。俺みたいな大人がお前に罵倒されるのとは違う、もっと、心の底に深い傷を負う」

「くっ……」

春貴は俯いて、小さく声を洩らした。

「教えてくれよ。お前に何があったのか。俺はお前と本当に友達になりたいんだ。……別にお前の心を軽くしたいだとか偽善者ぶるつもりも、お前の過去が気になるなんていう好奇心を持つつもりもない。ただ、俺が納得できないんだよ。どうしてお前が俺を『友達じゃない』なんて言ったのか。どうして今になっても俺のことを罵倒してるのか、納得がいかない」

春平の言葉をきいて、春貴は自分の膝に額を押し付けた。
必死に堪えるものがある。

「僕は――」


やっぱり春貴には心に長年抱え込んでいる悩みがあるようだ。
そして何かを覚った久遠は、春平に春貴と話し合うチャンスを与える。
次回、春貴に起こった全てが明かされる!


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。