アロエ(45/57)縦書き表示RDF


アロエ
作:小日向雛



第44話 巨大な迷路へ


楽しかった。
両親と一緒に遊園地に行くのが、好きだった。

そういう所では、自分のお父さんがヤクザだとか、自分はお嬢さんだとか言われないから。

なのに、なのに。

楽しい思い出を、私から、お父さんから、皆から奪ったあの男。


私の、大切なものを奪ったあの男。

私自身から、大切なものを奪おうとしたあの男。


でも違う。あの男は悪くない。

悪いのは、私なんだ。

私が娘じゃなかったら。皆に迷惑かけなかったのに。






美羽は右腕を春平に捕まれたままだ。顔を恐怖に引きつらせて、左手で必死に春平の手を振り払おうとしている。

「いやっ!いや、いや、いやあぁあっ」

錯乱している美羽を見て、それでも春平は手を離さない。

たぶん美羽は、目の前にいるのが春平だということにも気付いていない。

このままここにとどまっているわけにはいかない。

春平は美羽の右腕を強引に引っ張って抱き寄せた。

こんな風にして抱きしめたのは初めてじゃない。だから戸惑うな、と自分の心臓に命令する。

「俺だってば。落ち着いてよ」

とんとん、と軽く背中を叩くと、美羽は小さくうめいている。

「だから、あんまり嫌とか言わないでよ。傷つくでしょ」

苦笑まじりに春平が言うと、美羽はようやく静かになった。

「春平くん……」

落ち着きを取り戻した美羽は、過呼吸になりながら春平に身を預けている。

まだ過呼吸が収まらない美羽だが、いつまでも待ってはいられない。

春平は彼女を背負って弥八を確認する。

弥八も春平を確認すると、静かに頷いた。この際春平のことなどどうでもいいのだ。

男たちは弥八によって完全に伸されている。

弥八は刀を鞘に納めると、もう一度春平を確認して走り出した。

清住と久遠に美羽のことを伝えに行ったのだろう。

「美羽ちゃん、どこか隠れられる場所ある!?できれば地下室とかあればいいんだけど」

適当な部屋なら見つけられそうだ。押し入れなんかだとひとたまりもない。

走りながら尋ねると、背中で美羽の頭が左右に揺れたのを感じた。

「……屋上なら」

「屋上!?」

こんな平屋敷の屋上といったら高さのない瓦屋根だ。

「そんなの、地上からでも這い上がって来れるから駄目だ!」

「大丈夫、中からも外からも見えないから」

中からも外からも見えない屋上?そんなもの、有るわけがない。

そこで春平はハッとした。

そうだ、屋根裏!

きって美羽は屋根裏のことを言っているんだ。

「その屋根裏、広い!?」

「180センチぐらいの高さがあったと思います。広さも家全体なので」

春平はしめた、とにやついた。

身長の低い自分にピッタリの場所だ。
背の高い男なら身動きもまともにとれないが、春平なら軽々と走り回れる。

初めて自分の背の低さに感謝した春平だった。



「それじゃあカモフラージュとして美羽さんの部屋の警備をした方が良さそうだな」

弥八の言葉を聞いてそう言ったのは清住だった。

弥八は一礼して早々に立ち去った。

「そうね。それじゃあ、私は右京の様子を見てくるわ」

久遠がそう言って清住から離れた時だった。

――廊下のすみで息を潜めていた大野組の若衆と目が合ったのは。

「っきゃ――――!」

あまりに突然なことに久遠は咄嗟に反応できず、男は一目散に逃げていった。

「久遠、どうした!?」

彼女の悲鳴を聞き付けて、清住が駆け付けた。久遠の顔は真っ青になっている。

「清住、どうしよう」

「え?」

「今の男、私たちの話立ち聞きしてた」



春平と美羽が押入れの隠し扉から屋根裏に無事辿り着いた時、大野組の人間は大急ぎで2人を探していた。
もちろん、清住と久遠も急遽きゅうきょ2人を探す。

「探せ!まだそこらにいるかもしれないだろ」

「お嬢が居たんじゃ、変な所には隠れられない!」

バタバタと走り回る男衆。大野組と袴田組が殴りあい、切り付けあう。

そんな中、ずっと走りっぱなしだった清住が、ピタリと制止した。ゆっくりと周りを見回して、深呼吸する。

「屋根裏がある、とか言ってなかったか?」

そうだ、美羽は昔は屋根裏でよく遊んでいたと言っていた。とても広い、屋敷中をつなげる巨大な屋根裏だ。

この状況で隠れられる場所なんて高が知れている。

だとしたらその屋根裏とやらは絶好の場所だろう。

「そうだ、屋根裏だ」

一方、大野組のリーダーも同じことを考えていた。

この家は平屋敷なのに、普通のものより高さがある。2階が無く、部屋の高さもそれほどじゃないところを見ると、巨大な屋根裏があるに違いない。

巨大な屋根裏なら、道だってたくさんあるはずだ。

男は屋根裏へと通じる道を探し始めた。



ガコッ、と音がした。

大野組のリーダーが回廊の果てにある天井に手を押し付けた。すると蓋がわずかにずれた。

ここだ。

男がにやりと笑みを作る。

――同時に、ダンッ!と地を蹴る音が聞こえた。

目の前に、日本刀を右手に握り締めている男がいる。

「そこを通りたかったら、俺を殺して行け」

リーダーは眉を顰めた。

「大野組、火野ヤスシ。貴様、名乗れ」

リーダー・火野が言うと、男は獣のように鋭い眼光を火野に向けた。

「袴田組、藤堂清住」

そして清住は日本刀の刃先を火野に向ける。



火野の日本刀が清住の日本刀と擦れ合い、嫌な金属音が響く。

「藤堂とやら、剣道でもやっているか」

「っはは、一応訓練はしてるんでねっ」

そう言って火野の刀を跳ね返す。そして突き。しかし火野はそれを瞬時に回避して、清住の左肩を切りつける。

バッと肩から血液が噴出した。床が赤く染め上げられる。

「――っ」

歯を食いしばって声をあげない。それが、清住の意地だった。

火野は容赦なく清住に襲い掛かる。

「遠慮なく死んでもらおうか!」

火野が清住を切りつけようとした時、

清住はその刃先を左手で抑えた。大量の血が滴る。

「うっひぇー。よく飛ばなかったな俺の指!」

自分で絶賛して、苦笑する。火野はまさかの事態に目を丸くする。

「死ぬ覚悟で日々を生きているのが、自分たちだけだと思ってんじゃねェよ!」

清住の怒号とともに、火野に向かって右拳が鼻っ面に直撃する。

豪快に鼻血を吹きだして、火野はその場に仰向けに倒れこむ。

そして火野の目の前に日本刀を見せ付ける。

「ぐっちゃぐちゃにされたくなかったら、去れ」

清住がそう言うと、

「っふ」

何が可笑しいのか、火野は笑みを溢した。

「今更何を言う。屋根裏に誰も行かせるつもりがないと言うなら、それは甘ったれた考えだな。俺の他の大野組の奴らは既に屋根裏に行ってるだろうよ」

「何っ!」

火野は、美羽が屋根裏に隠れていると勘ぐった時から、他の人間にそれを伝えていたのだ。
何としても屋根裏への道を探し、見つけたものから侵入しろと。

清住は言葉を呑んだ。

そうしてもう一発、火野の顔面に拳を殴りつけて気絶させる。

「清住っ!」

駆けつけた久遠は、目の前に倒れている火野を見てから、血相をかいて清住を見る。

「右京ヤバイ!早くしないと出血が致死量に達しちゃう!」

「こっちもヤバイんだ。早く行かないと本当に取り返しつかないぞ」



屋根裏に行けばひとまずは安全だと思っていた。

「美羽ちゃん走って!」

春平は美羽の手を引いて屋根裏の中を全力疾走する。
2人とも慎重が低いので、他の男達よりは俊敏に移動することが出来る。

しかし追っ手の足音が四方から聞こえてくる。

「もう逃がさねぇ!」

目の前に男が現れる。それと同時に、周りから続々と男たちが駆けつける。

春平は美羽を屋根裏の奥に追いやって、背後に庇う。

さすがにこの広さでは日本刀など使えない。短刀も厳しいところだ。つまりは素手。
春平はほっと胸を撫で下ろす。

「絶対に、俺から離れないでね」

振り返らずに、美羽に言う。

そして、目の前の敵と対峙する。


藤堂清住。本名発覚(笑)
ようやく非難できた春平と美羽ちゃんだけど、ここにも追っ手がやってきて!
次回、美羽ちゃん実家編終了!






ネット小説ランキング>現代シリアス部門>「アロエ」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう