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アロエ
作:小日向雛



第42話 苦痛の傷跡


右京と2人で、門の目の前に立つ。

普段眠たそうな右京だが、今はそんな様子が微塵も感じられない。さすがはプロ、といったところか。

「さっき何であんなことをした」

春平は冷たく問いただす。
右京は春平を一瞥して、すぐに視線を目の前に戻す。

「美羽さんが望んでいたから」

「望んでいたから何でもしていいのか?」

「春平さんにその気が全くないなら問題はないでしょう」

右京にしては珍しく抑揚のある声音だった。不満げに言う右京は、自分はまったく悪いことなどしていない、といった風だった。

春平からしたら「こんな可愛くない奴は右京じゃない」といった様子だ。

「そうだとしても、親方や弥八は納得しないんじゃないのか?」

春平のその言葉に、右京は一瞬眉をひそめた。

「春平さんて、意外と自分勝手なんですね」

「何がだよ」

「それって結局は自分の立場が危うくなる、とかいうことなんじゃないですか?」

春平はむすっとする。しかし反論はできない。

だって、まったくそのとおりだと思ってしまったから。

「会いたいって言ってくれる人が居るんです、いいことですよ。もっと大切にしましょうよ」

その言葉に何か深いものが隠されているような気がした。

いつも右京は春平が羨ましいというようなことを言う。

それっきり黙ってしまった右京を見て、春平は俯く。

「……そーだ、な。ごめん」

素直な言葉に右京も俯いてしまった。

「僕は謝られるようなことはしてません」

右京は参ったような声をもらした。

そして、長い沈黙が続く。

夜の静けさに小さく2人の息づかいだけが聞こえている。

2月の夜空は肌寒い。

そういえば佳乃の卒業式には行けるのだろうか、などと考える。

そしてちらりと右京を見ると、右京もこちらをじっと見ていた。

何だか居心地が悪くて視線を反らそうとしたが、どうしてもできなくて見つめあってしまった。

「な、何」

春平がそう言うと、右京は少し目を細めた。

「美羽さんに、あまり厳しい言葉を投げつけないでください。彼女は」

そこまで言って右京はさらに目を細める。痛さに耐えるような表情だ。

「彼女は可哀想な人なんです」

春平は目をしばたかせた。


可哀想な人?


「自分がどんな立場に居て、どう悪用されてしまうか知っているんです。……だから、どれだけ周りの人間に迷惑をかけるかも」

あ。

春平は息を止めた。

春平は美羽に言ってしまった。

「誰のためだと思ってんの」と。

こんな恩着せがましいセリフ。最低だ。

春平は今更ながら頭を抱えた。

その様子を、右京はじっと見つめている。

「……美羽ちゃんが起きてから謝っても間に合うかな?」

「それは春平さんへの愛次第ですね」

「この野郎、そんな恥ずかしいことをしれっと言いやがって」

春平が照れ隠しに顔を赤くして毒づくと、右京は嬉しそうに口を綻ばせた。

――その時。

2人の目の前に火の玉の灯りが掠めた。

否、あれは松明だ。

「来ましたよ」

右京の声色が固くなる。春平もじっと目の前を見据える。

「去年も来たの?」

「いいえ。警備を始めたのは去年からでしたが、きっと去年は行動を起こさずに、こちら側に油断させておいて今年を狙っていた、というところでしょうか」

松明の灯りはだんだんと大きくなり、物騒な男たちが姿を現し始める。

そうして2人の目の前におそらくは集団の長と思える男が一歩前に出る。2人は微動だにしない。

「俺らは大野組というものだがね」

「一体こんな真夜中に何のご用件でしょうか」

春平が冷たく言っても、男は一切表情を崩さない。

むしろ何とも近寄りがたい威厳さえ放っているようだ。

「ただ袴田組の親方に話がある、というだけなんだ。なに、ほんの挨拶程度だからすぐに終わるさ」

「わざわざ夜中に来る必要はありますか」

「昼間は時間がなかったものでな」

春平はじっと目の前の男を見る。

「明日ではいけませんか」

「駄目だ」

言い放たれた男のセリフ。春平は右京の顔色を伺う。すると厳しい目付きだった。

どっちにしろ、答えは1つということだ。

「ではお引き取りください。通すわけにはいきませんから」

春平の言葉を聞いて、男の眉がピクリと動いた。

そして着物を翻しながら、下駄をカコカコと鳴らして歩み寄ってくる。

「1つ君らに教えてあげよう」

男はそう言うと胸元から取り出した煙草を加える。
後ろの集団の男たちの中から1人が走りより、火をつける。

すう、と煙を吸って大きく吐く。たった一回吸っただけでそれを地面に捨て、足で消火する。


「大人が駄目だと言ったら駄目なんだよ、小わっぱども」

――――刹那。

春平の目の前を一筋の銀色が駆け抜けた。

短刀だ。

突然、煙草に火をつけた男が短刀を持って春平の目の前を掠めたのだ。

目標は春平じゃない。春平の目の前を通り抜けたその男の先には――

「右京っ!」

春平が叫んだが、それで右京が逃れられる訳がない。

短刀はそのまま右京の顔目掛けてくる。

「ちっ」

春平は右京の楯になろうと走り寄る。しかし男の握る短刀が右京に到達するまでには間に合わない。

「残念だったな!大人しく言うことを聞いていれば綺麗な顔に傷を付けずに済んだのによっ!」

男がそう叫ぶ。春平は声にならない叫び声をあげる。



「――あんたがな」



そんな声が聞こえたと思った瞬間、右京の姿は消えていた。

「あ、あれっ?」

男が短刀を空振りすると、その真下から右京が飛び上がってくる。どうやら身をかがめていたようだ。

そして右京の右ストレートが炸裂する。たちまち男はその場に倒れこむ。どうやらアゴに当たって軽い脳震盪のうしんとうを起こしてしまったようだ。

「な、んだー!?」

すっとんきょうな声をあげたのはリーダー格の男だった。

それを合図にして、後ろの男たちが一斉に2人に襲いかかる。

「ちょっ!」

拳で襲いかかられたら春平にも相手ができる。

飛んでくる拳を避けて、自分の拳を食らわせる。

肉弾戦なら野球バカでもなんとかなる。


でも右京は!?


春平が視線を右京に向ける。

「てめぇ死ねー!」

右京の顔に拳が飛ぶ。

それをするりと交わし、その直後男は空中で回転して無様に倒れ込んだ。

「……へ?」

春平は口をあんぐり開けた。

何があったかよく分からなかったのだ。

そうしている間にも男たちが次々と襲いかかる。

しかし右京はそれさえも華麗に交わしていき、次々と男たちが倒れていく。

右京の手刀を見ていると、春平は自分の拳が何とも不格好なものに思えてきた。

それだけではない。
手刀も疲れてきたのか、今度は腹に蹴りを入れる始末だ。

ことごとく倒れていく男たちを見て、春平は唖然としていた。


全然頼りなくないじゃんか!


「春平さん、よそ見しないでっ!」

右京の言葉で我に返ると、左頬に激痛が走った。

「ってぇな、グーで強打はないだろ!」

そうして反撃。自分もグーで強打している。

春平は痛む頬に触れて、目の前の状況と対峙する。

リーダー格の男は腕を組んで立っているだけだ。

後ろに控えているのは、男衆。一体何人居るのか。

そこから次々と2人に襲いかかる。

そして、

「っ右京!ヤバイ、奴等敷地に入ってく!」

2人が手こずっているのをいいことに、何人かがリーダーと一緒に門の中へ堂々と侵入していく。

目の前で手一杯の2人は叫ぶことしかできない。

「だっ――」

右京がそう叫んで襲いかかる男衆をかき分けて敷地内に駆け寄ろうとしたが、

「黙ってりゃ傷つかないって忠告しただろ?」

春平は自分の目を見開いた。

今の現状が全く理解できない。

言葉が出てこない。

どうして、

なんで、

さっきの、右京が伸した男が……

「右京――――――っ!」

右京の腹に短刀を突き刺しているなんて――


ままま、まさかの急展開です!
いざ出陣!といったのはいいですが、2人に美羽ちゃんがらみで微妙な空気が漂い、大野組の人間が押し寄せてきた!
――右京、死ぬな!

ちなみにタイトルは、「右京が刺された」ということだけを意味しているわけではありません。






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