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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ヤンデレ×メンヘラ

婚約破棄されて全てを失った私を、誰か愛して下さい

作者:黒井雛
 まるで娼婦のように、下品な赤い髪が、嫌いだった。
 この赤い髪さえなければ、お父様は、お義母様はきっと、私のことを愛してくれただろうにと、そう思ったらいっそ全ての髪を剃って、なくしてしまいたいくらいだった。

『俺は、お前の赤い髪が好きだ。まるで沈む夕日の色と似ていて綺麗だ』

 だけど貴方がそう言ってくれたから、私は自分の髪を少しだけ好きになれた。
 ――ああ、それなのに。

「リリア――お前との婚約は、今日かぎりで破棄する」

 私を励ましてくれたのと同じ唇で、貴方は私の全てを奪う言葉を口にした。



「……まさかここまで来て、ルティアス卿に婚約破棄されるとはなっ!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいお父様‼!」

「うるさいっ‼お前の謝罪など聞きたくもない!!」

 心底不愉快気に顔を歪めて私を睨むお父様に、私は必死に縋り付く。

「次は……次は、上手くやるわ!! ちゃんと、フーリエ家の役に立つ様な立派な地位の男性と結婚して見せます…!! だから…だから…」

「次? 次なぞある筈がないだろっ‼」

 お父様はそんな私を容赦なく引き離して、床に向かって突き倒した。
 したたか全身を叩きつけられた痛みに、丸まって喘ぐ私を、お父様は塵屑でも見るような冷たい眼差しで見下ろした。

「お前のような卑しい髪の色の娘を、妻にしようとする物好きがルティアス卿の他にどこにいるというのだ!! そんなこと、期待するだけ無駄だ!!」

「お父様……」

「……今すぐこの家を出て行け。育ててやった分の金を返せと言わないだけ、感謝して貰いたいところだな。お前を育てた時間は、実に無駄な時間だった」



 項垂れて父の部屋を出ると、廊下を歩いて来るお義母様と、妹のシャルロッテの姿が見えた。
 お義母様は私の姿を見るなり、眉間に皺を寄せた。

「まだここにいたの?……さっさと荷物を纏めて出てお行き」

「お義母様…」

「お義母様なんて、呼ぶんじゃない!! 卑しい娼婦の娘風情が‼ ルティアス卿の寵愛が無ければ、お前なんてもっと昔に放り出してやったのに」

 そう吐き捨てて、お義母様はさっさと先に行ってしまった。
 一人残されたシャルロッテは、美しい金色の髪を揺らしながら、打ちひしがれる私に向かって嘲笑いかけた。

「お姉様。ルティアス様に捨てられたんですって? ……いい気味だわ。賤しい女の血を引いて、そんな醜い赤い髪をしたお姉様が、ルティアス様に愛されていたこと自体そもそも間違いだったのよ」

「………」

「お父様に頼んで、今度は私をルティアス様の婚約者にしてくれるようにお願いしてもらうの! 私の方が、お姉様より、ずっとずっとルティアス様に相応しいのだもの!!」



 私の母は、娼婦だった。
 お義母様と永く連れ添いながら、なかなか子どもに恵まれなかったお父様は、気まぐれで買った娼婦から、フーリエ家特有の橙色の瞳を持って生まれた私を、母の言値で引き取った。けれど不妊治療のかいがあり、数年後にお義母様からシャルロッテが生まれたことで、私はお払い箱になった。
 本来なら、その時点で捨てられる筈だった私がフーリエ家に籍を置いたまま今日まで生きられたのは、名門貴族レドアルド家の跡取りであるルティアス様が、たまたまフーリエ家を訪問された際に、私を気に入って下さったからだった。

『しんぱいするな。おまえは、おれがまもってやるから』

 幼いルティアス様は、そう言って、小さな手で私の手を握り締めてくれた。
 そして、娼婦交じりの血に難色を示す両親を説得して、私を婚約者に選んでくれたのだった。
 格上の貴族からの縁談に逆らえなかったお義父様は、しぶしぶながら私をフーリエ家にとどめ置き、レドアルド家に嫁ぐにふさわしい教育を施してくれた。私をフーリエ家のものとして認めてくれた。
 だけど、それも昨日までのこと。
 脈絡もなく、突然ルティアス様の口から切り出された婚約破棄は、私の全てを奪い去った。
 何が起こっているのか分からないままに、私は全てを失ったのだった。



「……これから、どうやって生きればいいのかしら……」

 着のみ着ままで家を追い出された私は、宛てもなく街を彷徨い歩いていた。
 お父様からつけられた家庭教師は、貴族令嬢に相応しい礼儀作法や舞踏は教えてくれても、たった一人で世界を生き抜く方法は教えてくれなかった。
 胸に広がる激しい絶望に、ぽろりと目から大粒の涙が頬を流れ落ちる。

 どうして、こんなことになったのだろう。

 どうして、ルティアス様は私を捨てたのだろう。

 私は、何もしていないのに。

 ルティアス様は、私を愛していると、確かにそう言ってくれていたのに。

 どうして

 どうして

 ようやく幸せになれるはずだったのに、どうして……!!

「……お。随分綺麗な格好をした別嬪さんがいるじゃねぇか」

 酒臭い息をした酔っ払いが、いつの間にか私の傍に近づいていた。
 酔っ払いは私の顔を覗きこむと、冷やかすように口笛を吹く。

「赤い髪ってことは、姉ちゃん。お前、高級娼婦か!! ちょうどいいや。俺は今日思わぬ大金が手に入って懐が温っけぇんだ。いくらだ? 今晩一晩、お前を買ってやるよ」

 真っ赤な髪は、卑しい娼婦の象徴。それはこの国では共通の認識で、そう思われたくない赤毛の女は、金を貯めて髪を染める。
 生まれたままの髪の色の私は、男が娼婦と間違っても、何の不思議もない。

 ……ああ、ならば、いっそ。

「……愛して、くれますか?」

「…へ?」

「私を一晩中、ずっと愛してくれますか?」

 ならばいっそ、娼婦として生きて行くのも悪くないのかもしれない。
 どうせ、体を売りでもしない限り、何もできない、何も持っていない私が生きられる術なんかないのだから。
 例え一晩だけでも、愛される幻想に包まれることができて、そのうえでお金が貰えるというのなら、それが一番の選択肢のように思えた。

「――ああ。愛してやるよ」

 男が下卑た笑みを浮かべて、私の肩に手を回す。
 厭らしく這うその手を、私は受け入れて、男に促されるままに歩き出そうとした。
 次の、瞬間。

「……っ‼」

 背後から伸びてきた手から、薬が染みた布のようなものを口に当てられ、私は気を失った。



「……ここは」

 目が覚めるとそこは、見知らぬ部屋の中だった。窓がないその部屋は灯りがあってもなお暗く、少し湿っぽい。

「――目を醒ましたか。リリア」

  起きた私を暗い瞳で見下ろしていたのは、背の高い男の人だった。
  黒髪で、まるで物語の英雄のように偉丈夫のこの人を、私は知っている。
  ……誰よりも、知っている。

「……ルティアス様」

 かつての婚約者だったルティアス・レドアルド様が、眉間に深い皺を寄せてそこに立っていた。

「どうして、ここに…」

「どうして? 俺がお前をここに連れて来たからに決まっているだろう」

 ルティアス様は不機嫌そうに吐き捨てると、私が寝ているベッドに乗り上げてきた。
 そのまま距離を詰められ、思わず後ずさりするが、狭いベッドの上に逃げ場などない。すぐに壁際まで追いつめられてしまった。

「どうしてと聞きたいのは俺の方だ。どうしてすぐに俺を訪ねて来なかった? なかなか来ないから迎えに来たら、あんな下賤な男に肩を抱かれて……リリア。お前は自分が一体誰のものなのか、分かっているのか!?」

 意味が、理解できなかった。
 言われた言葉の意味も、明らかにルティアス様が明らかに怒っている、その訳も。

「……貴方が、私を、捨てたのではないですか…」

 漏れた声は、どうしようもなく震えていた。
 視界が涙で滲む。

「貴方が婚約破棄を言い渡して、私の全てを奪ったのでしょう!! ……ようやく、幸せになれると思っていたのに!! ルティアス様と結婚すれば、全てが上手く行くと…愛してもらえると、そう信じていたのに!!」

 幸せになれるはずだった。愛してもらえるはずだった。
 ルティアス様と結婚さえすれば、私の望みは全て叶うはずだった。

 愛してくれる優しい旦那様を手に入れて。フーリエ家の役に立って、娘としてちゃんと認められて。
 お父様から、蔑まれることもなく。
 お義母さまから、罵倒されることもなく。
 シャルロッテから、馬鹿にされることもなく。
 私は、必要な存在だと。レドアルド家との結びつきを作った、誇らしい存在だと。そうやって思って貰えるはずだったのに。

 ああ、それなのに、何故!!

 泣き叫ぶ私を、ルティアス様は冷ややかな目で見つめていた。

「……お前は、本当に何も分かってないな」

 ルティアス様は、そう言って私のすぐ後ろの壁を殴った。
 その音の強さに、ルティアス様の声のあまりの冷たさに、思わず小さく悲鳴をあげて肩を跳ねさせる。
 だけど、壁を殴った拳の強さ以上に、続いて告げられたルティアス様の言葉が、私の体を竦ませた。

「リリア、お前は俺が全てを奪ったと言ったが、お前が何を失ったと言うんだ!? ――お前は最初から、何も持っていなかった!! 家族からの愛も、フーリエ家の一員としての確固たる立場も、お前が持っていた物なぞ何一つない……俺を除いては、他に何も!!」

 やめて

「…だけど…だけど、ルティアス様と結婚さえできれば」

「俺と結婚? したところで何も変わらないだろう!! 表面的な扱いは多少変わったとしても」

 お願いだから、言わないで

「いい加減、受け入れろ。リリア……お前は何があっても、お前の家族に愛されることはない。永遠に、な‼!」

 私に、現実を突きつけないで…!!



 知って、いた。
 本当は、知っていた。
 ルティアス様と結婚したところで、お父様も、お義母様も、シャルロッテも、けしてけして私を愛してなんてくれないことを、本当は分かっていた。
 だけど、それでも信じていたかった。
 結婚さえすれば、全ての苦しみから、解放されると。
 私をけして愛さない、あの人達も、私のことを愛してくれると。そう、信じていたかった。

 信じていたかった、のに…!!

「……なぁ、リリア。これで分かっただろう? 家族に捨てられて、ようやく理解できただろう? お前が一体、誰の愛を求めるべきか、今なら分かるだろう?」

 溢れる涙を堪える私に、ルティアス様は先程とは打って変わった優しい声色で尋ねてきた。
 いつもと同じ、私を安心させてくれるような、優しいルティアス様の声。
 だけど、その眼は少しも笑ってはいなかった。

「リリア。さぁ、俺に教えてくれ……お前は、一体誰に愛されたいんだ?」

 誰に?
 誰に愛されたいかなんて決まっている。

「――ルティアス、様」

 そう口にした瞬間、ルティアス様の目が、いつもの優しいそれに戻った。
 その事実に、安堵を覚えながら、私は言葉を続ける。

「…と、お父様、お義母様に、シャルロッテに……」

 次の瞬間悪鬼のように歪んだルティアス様の顔に、私は答えに失敗したことを悟った。

「何故リリア、お前はそうなんだ!! 何故、少しも俺の気持ちが分からないんだ……!! お前を棄てた家族が、けしてお前を愛さない家族が、それほど大切なのか!!」

「っごめんなさい!! ごめんなさい、ルティアス様!!」

「……分かった。もう、いい」

 肩を落として告げられた低い言葉に、どうしようもない不安に襲われた。
 私がルティアス様の望む回答ができなかったから、もしかして私は再びルティアス様に愛される機会を失ってしまったのだろうか。
 ルティアス様は、このまま私を置いて行ってしまうのだろうか。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいいやだいやだいやだ

 ひとりぼっちは、もう、いやだ。

「選ばせてやる。リリア」

 だけど、ルティアス様は、私を捨てなかった。
 ルティアス様の望む回答を答えられなかった馬鹿な私に、選択肢をくれた。

「誰にも愛されずに、このままここに閉じ込められて、一人ぼっちで死ぬのか。それともここで、俺だけを愛して、俺だけに愛されるのか。選ぶといい」

 二つに一つの選択肢。ならば、答えは決まっている。

 だけど、それでも私は尋ねずにはいられなかった。

「ルティアス様は…私がルティアス様を選んだら、一生私を愛し続けてくれますか?」

 約束が、欲しかった。確かな、約束が。

「私を置いてどこかへ行ってしまいませんか? 誰か他の人に心を移したりされませんか? 本当のお母様みたいに、私を誰か他の人に売り渡したりしませんか? お父様みたいに、私を役立たずだと罵ったりしませんか? お義母様みたいに、憎悪が篭った冷たい目で私を見ませんか? シャルロッテみたいに、私のことを要らない子だと、そう言って嘲笑ったりしませんか? …いつか、いつか。もし私に飽きる日が来たら。私がそれに気が付く前に、私を殺してくれますか? そして私が死んだら、少しだけでもいいから、涙を流してくれますか?」

 私の言葉に、ルティアス様は心底嬉しそうに微笑んだ。

「ああ約束してやる。……もし約束を違うことがあれば、俺の命をくれてやってもいい」
 
「でしたら、もう、何も要りません。ルティアス様以外は他に何も、いりません」

 私はそう言って、自分からルティアス様に体に抱きついた。
 ルティアス様が確かに幻でないのを確かめるように、その体を精一杯の力でぎゅうぎゅうに抱きしめる。

「愛してください。私が、死ぬまでずっと、愛して下さい。そうして頂ければずっと、私はルティアス様だけを愛し続けます。ただルティアス様だけのものとして生きていきます」

「ああ勿論だ。……約束を違う筈がない。俺はずっと、初めて出会ったその時から、ただ一人お前だけを愛し続けていたのだから」

 ルティアス様もまた、そんな私を優しく抱きしめ返してくれた。

「愛しい、リリア。……これでお前は、俺だけのものだ。お前は一生、ただ俺だけのことを思っていればいいんだ」

 その日、私は全てを失った代わりに、ただ一つの永遠を得た。



「お父様、お父様」

「……どうしたんだ。坊や」

「どうして、ぼくの髪はあかいの?」

「それはお父様が心から愛した人が……いや、今でも心から愛し続ける人が赤い髪をしているからだ。お前はその色を受け継いだことを誇るといい。もしその髪を馬鹿にした奴がいれば、お父様が消してやるから」

「お父様。お父様。もう一つ聞いてもいい?」

「なんだ。坊や」

「この屋敷の地下室には、一体何があるの?」

 

「ーーお父様の、ただ一つの宝物だ」

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